アラサー無職おっさんがJKと弾き語りしたら人生変わった。
「小林くん!昨日お願いした修正終わってる!?」
「すみません!今別の対応してます!今日徹夜で対応します!」
「杉本さん!こっちの作業完了しました!確認お願いします!」
「あー!これ間違ってるよ、明日までに修正して!」
慌ただしく、現場に声が上がる。
これがこの会社の日常風景だ、はっきり言って潰れるのも時間の問題のように感じる。
だが、今は仕事中だ。文句は山ほどあるが、何とかやるしかない。
「今から仕様変更!?さすがに無理ですって!」
「伊藤くん、申し訳ないんだけどこれ対応できるかな!?」
「無理ですよぉー、まだ今の作業も終わってないですー」
伊藤くんは今にも泣きそうな顔で俺に告げる。
俺も泣きたいくらいなのだ。まだ経験の浅い子たちにとって、この状況は地獄にも思えるだろう。
これが俺、杉本孝明、システムエンジニア中間管理職の日常……。
いわゆるブラック企業というやつなのだろう。
終電で帰れればまだいい方、一徹二徹は当たり前だ。
働いて、働いて、気づいた時にはもうアラサーになっていた。
「おい!杉本ー!来週の納期、間に合うんだろうなー!?」
「すみません、なんとかみんな頑張っているんですが、かなり厳しい状況で……」
「それをなんとするのがお前の仕事だろうが!」
あなたがもっと早く調整をしてくれていたら、こんな状況にはなっていなかったはずなのに。
上司に問い詰められる俺だったが、強く言い返せるはずもなく。
同期はみんなさっさと見切りをつけて会社を辞めてしまった。
結婚なんて出来るわけもない、幸せな家庭を夢見ていたのが遠い昔のように感じられる。
もう無理だ、今日こそ倒れる、毎日そう思っているのだが、体は意外にも丈夫だった。
「これ、もう無理だろ、……もう辞めたい。」
ずっとそう思ってはいるのだが、辞めたところでお金も無い。
もう俺もアラサーだ、両親の世話になる訳にもいかない。結局のところ働くしかないのだ。
「お疲れさんっと……」
俺は3日ぶりに自分の家へと帰る。なんとか明日は休みを確保した。
何日ぶりの休みだろうか、まあ休みといっても疲れて一日中寝ることになるだろう。
案の定、明日は休みだというのに、もう体が疲れすぎて何もする気にはならない。……寝よう。
このまま異世界にでも行けないだろうか、などと考えながら俺は夢の世界に旅立つのであった。
そして休み明け、いきなりの二徹を行い、俺は更に過酷な状況に追いやられていた。
次は小林くんの成果物チェックして、……次は打ち合わせ資料作って。次は…次は…なんだっけ……。
……そこで俺の意識は途切れた。
過労ですね、心当たりがあるのではないですか?
病院の先生にそう診断された。だからといって、俺が休むと現場は間違いなく回らない。
「はやく、復帰しないと……」
案の定クライアントの納期には間に合わなかったらしい。
俺の着信履歴には会社からの電話が100件以上あった。
今頃、上司はクレームの嵐に対応しているのだろう。
「……もう死んでしまいたい」
このまま死んでしまえたら、俺は楽になれるのだろうか?
俺の好きなラノベのように、チート能力を持って異世界に行けたりしないだろうか?
こんなことを考えられるうちは、まだ余裕があるということだろうか?
……これ以上は無理だ。
そして俺は、……仕事を辞めた。
次の仕事を探す気力もおきず、ただ家で寝るだけの日々。
それでも税金は払え?収入はないのにどうやって?これはもう国に死ねと言われている気持ちだった。
お望み通り死んでやろうか?おそらくニュースにもならず、ひっそりと処理されるんだろう。
何もする気が起きない。
あんなに好きで徹夜してやっていたゲームも全く楽しくない。
ラノベならどうだろうか、活字が全く頭に入ってこない。マンガは?何も楽しくない。
……そもそも楽しいってどんな気持ちだっけ?
昔は楽しかった。楽しかった頃の記憶がよみがえる。
バンド活動もやっていたし、路上で弾き語りなんかもやっていた。
あの頃の俺は毎日が楽しくて輝いていたと思う。いつから道を間違ってしまったのか。
貯金はまだ残ってる、失業保険も貰えれば何とか持ちこたえることは出来るだろう。あと少しは何とかなる。
そして家で寝るだけの日々が始まった。
暇だ。かといって働く気にはなれない、またあんな生活にもどるのか、と思うと勇気が出ない。
「食いもん、もうなんもないな……、買いに行かないと」
ただ家で寝ているだけなのに、お腹は減る。なんなんだこの体は、何もしていないのだからお腹も空かなければいいのに。
そんな理不尽なことを考えながら、仕方なく俺は駅前のスーパーへと向かうのであった。
駅前、何か聞こえてきたきたと思って、音のほうへ向かう。
すると、駅前の広場で女の子がギターを持ち、弾き語りをしているようだった。
高校生くらいだろうか?ギターはまだ拙い、初心者なのかもしれない。
観客は2~3人、会社からの帰りだろうか、みんなスーツを着ている。
それでも女の子は、とても楽しそうにギターを鳴らし歌っている。
女の子の足元にはついったぁのQRコードが書かれたボードがあった。
弾き語りか、懐かしい。俺もあの年くらいの頃、弾き語りをしていた。
別にプロになろうなんて考えていた訳じゃない、ただ楽しいから。それだけの理由でやっていたんだ。
思えば、仕事を始めるようになってから、何をするにもこの時間は自分にとってプラスになるのか否か。
そんなことを考えて行動するようになっていたように思う。
ゲームや、ラノベを楽しめなくなったのはそういったことも原因の一つなのであろう。
ゲームをしたからといって、自分に利益があるわけではない。ラノベもそうだ。
昔は何も考えずに楽しめていたものが、純粋に楽しめなくなった。これが大人になるということなのか、最悪だ。
人生が楽しくなければ、なぜ生きているのだ?そんなもの生きているとは言えないのではないか?
それはただ死んでいないだけ、それだけだ。
気がつけば俺も足をとめ、女の子の歌を聴いていた。
「ありがとうございました!今日は終わりです、またやりますので、良かったら聴きにきてください!」
女の子は丁寧に挨拶をして、その弾き語りは終わった。
他の人たちは拍手をした後、そのままその場を立ち去る。
俺はなぜかその場を動けないでいた。すると、不審に思ったのか女の子が俺に話しかけてくる。
「……なんですか?」
「いや、その、弾き語り、すごい良かった。ありがとう、なんか少し元気でた」
「本当ですか!?それなら良かったです!」
女の子はしっかりと俺の顔を見つめ、とびっきりの笑顔でそう答えた。
「一応、定期的にやってますので、良かったらまた聴きにきてください!」
そう言って、女の子は片付けを終え、電車乗り場のほうへ行ってしまった。
なぜかその女の子が気になった俺は、女の子のついったぁを登録して、そのままスーパーに向かった。
そして家に帰った俺は、買ってきたカップ麺を食べる。
料理なんて全くしたことがない、いつもお弁当やカップ麺を食べる生活、作ってくれる人なんていない。
これが俺の日常だ、別に不便を感じたことはない。今はコンビニのお弁当もおいしい。
というよりも食に興味を感じない。栄養食品のようなもので、空腹が満たされ、必要な栄養がとれるならそれが一番いいのだが。
食べることも面倒くさい、そんな時間があるならその時間で仕事を……。
ああ、だめだ。こんな状況になっても仕事のことを考えている。なんなんだ、仕事はそんなに大事なのか、お金はもちろん必要だ。
仕事しかしてこなかった俺には、仕事をする以外のことが思い浮かばない。
(また、あの子の弾き語り、聴きたいな。)
そう思いながら、今日も何もせず時間だけが過ぎていくのだった。
また食料が尽きそうだ。スーパーに行かないと。
ふと女の子のついったぁを確認する。今日はやってないみたいだな。
仕方ない、女の子にもいろいろあるだろう。弾き語りばかりやっている訳ではないだろう。
年頃の女の子なら、勉強もあるだろうし、友達と遊んだり、楽しいことがいろいろある。
俺も、高校生、大学生の頃はなんでも楽しかった。
お金はなくても、公園でみんなで話している、それだけでも楽しかったのを覚えている。
一応、次の予定を確認してみようか。
どうやら今度は来週にやるようだ。見に行こう、自分でもわからないが、来週がとても楽しみになっていた。
今日も女の子は駅前の広場で、弾き語りをしていた。
しかし、なにか様子がおかしい。
どうも女の子は、酔っ払いたちに絡まれているようだった。
「おうおう、ねえちゃんかわいいな。かぼすの曲やってくれや!」
「え?かぼす知らんのかいな!?こういうのは、リクエストに応えてやってくれるんちゃうんかい!」
かぼすとは、俺たち世代で爆発的にヒットした二人組のシンガーソングライターだ。
若い女の子世代が知っているかは微妙なところだ。
女の子はどうしようかと、とまどっているようだった。
「あ、あの、わたしその曲知らなくて、すみません……」
「なんやねん、ほな、なんやったらできるねん!39とかも知らんのかいな!」
俺はその状況を見ていられなかった。
「やめてもらえませんか?」
「なんやねん、にいちゃん。お前には関係ないやろが!」
まあ正直酔っ払いの言うとおりだ。俺には何の関係もないだろう。
でもこれで女の子の歌が聞けなくなるのは嫌だ。
このまま放っておいても、その酔っ払いたちはすぐにいなくなるかもしれない。
でも……。
俺は女の子にそっと声をかける。
「少しだけでいいから、ギター貸してもらってもいいかな?」
かぼす、39の歌は学生の頃、嫌っていうほど聞いていた。
それに俺が弾き語りをやっていた時にもやっていた曲だ。
女の子はおろおろしていたが、ギターを俺に貸してくれた。
……もう10年くらい弾いていないため、指が動くかもわからない。
でも、これで女の子が弾き語りに対して嫌な思いをしてしまったら、弾き語り自体をやめてしまうかもしれない。
やるしかない。できる、できるはずだ。
そして、俺は女の子から受け取ったギターで弾き語りを始める。
指が思うように動かない、だが簡単なコード弾きくらいならなんとか……。
歌もこれまではカラオケで歌うくらいしか機会がなかった、うまく歌えているとは思えない。
何とか1曲弾き切った……。
だが、酔っ払いの男性は、「よっしゃ次いこ次!」と別の曲もリクエストしてくる。
俺はもうやけになって、他の曲もどんどんやっていく。
4曲ほど終わっただろうか、酔っ払いの男性は満足したようで俺に声をかけてくる。
「なんや!できるやんけ!にいちゃん、ええ声しとるのー、いやーなんか青春時代を思い出したわ!」
「これはほんの気持ちや、とっとけや!」
「遠慮はすんなや!?これはわしがええと思ったから渡すんや、正当な対価ってやつや!ほなな!」
そういって、酔っ払いの男性は一万円札を俺に無理やり渡してきた。
少し歌ったくらいで、こんなにもらうわけにはいかない。すぐにお金を返そうとしたのだが。
酔っ払いの男性はそういうと、「次行くぞー!」と部下らしき人と飲み屋街のほうへ消えていった。
すると、観客が10人ほど集まっていた。
この時間はみんな仕事帰りの中年、俺と同い年くらいの人たちが多い。
懐かしい曲に惹かれて集まってきたのだろうか?
だが、これは女の子の弾き語りだ。俺がでしゃばる訳にはいかない。
そう思い、俺は女の子にギターを返す。
「ここからはこの女の子が弾き語りします!良かったら聴いていってください!」
「あ、あの、わたし……」
「大丈夫、いつも通りにやればいいから。前に聴かせてくれたの、楽しみにしてる」
そういって声をかけると、女の子は覚悟を決めたようにギターを弾いて歌い始めた。
透き通る声、ギターはまだまだ拙いが、人を楽しい気持ちにさせる歌。以前に見た、俺が惹かれた姿だ。
そして女の子が弾き終わると、多くはないが拍手が起こる。
女の子は観客にお礼を言いながら次の曲を始めていく。
もう大丈夫だろう、と思いスーパーに行こうかと思ったのだが、やはりなぜか女の子から目が離せない。
結局、弾き語りが終わるまで俺は女の子の歌を聴いているのであった。
「あ、あのっ!今日はありがとうございました!」
「ごめんね、勝手なことをしてしまって」
結果上手くいったとはいえ、女の子の場を奪う形になってしまった。
「勝手だなんて!わたし、あんなの初めてで怖くて……、本当に助かりました!」
なんとか女の子を助けることは出来たようだ。
今日は嫌な思いをしてしまったかもしれないが、それでもまた弾き語りを続けてほしい。
俺とは違い、この子には未来がある。それも輝かしい未来、俺とは違う。
「そうだ、これ」
俺は酔っ払いにもらった1万円を差し出す。
確かに俺が歌っていただいたお金だが、ここは女の子の弾き語りの場だ。
でしゃばった俺がもらうわけにはいかない。
そう思ったのだが、
「……こ、こんなに!?いえ、わたし何もしてないので!」
うーん、どうしよう。俺が一人でもらってしまうのも悪い気がした。
考えたが結論はでず、一旦俺が預かることになった。
そして、また寝ているだけの日々。
そろそろ働かないと、とは思うのだが行動ができない。
怖い、それが一番の感情だった。またあんな生活に戻るのだろうか?
楽しくもない仕事、生きがいなど何もない。ただ、死なないように働くだけの日々。
分かってる、みんな辛い思いをして働いているのだ。そこから逃げている俺は臆病者の社会のくずなのかもしれない。
ネガティブにもほどがある、なぜそこまで考えてしまうのか。
本当に申し訳ない。もう少しすれば前向きになれるはず、そう思いながら今日も眠りについた。
そして、食べ物が尽きそうで駅前に向かう。
そこで俺は突然女の子に引き留められた。
「あのっ!この間はありがとうございました!」
「わたし、かぼすと39!曲覚えてきました!どっちも二人組なんですね」
「……良かったらなんですが、一緒に弾き語りやってくれませんか!?」
……と言われても、俺なんてどこの馬の骨ともしれない、ただのアラサーだ。
気持ちは嬉しいが、一緒にやることがこの子にも、俺にもプラスになるとは思えない。
一緒にやってどうなる?お金が稼げるのか?プロにでもなれるのか?そんなわけない。
ここでも行動を損得で考えてしまう自分が心底嫌になった。
「気持ちは嬉しいけど、俺とやっても君のためにはならないよ」
「私のためってどういうことですか?」
女の子はぽかんとして顔で、俺にそう問いかける。
この子には輝かしい未来があるが、俺にはもう未来はない。
新しく仕事を探して、また馬車馬のように働くだけの日々。
「あ、わたしと弾き語りしても楽しくないですか……?」
いや、そうじゃない。
ゲームやラノベは楽しめなかったが、弾き語りをしている時は楽しいと感じた。
なぜかは分からない、でも、少し昔を思い出せた。
「いや、そうじゃなくて。一緒にやるのは楽しそうなんだけど」
「……俺、無職なんだよ。社会のお荷物、生きている価値もないような人間なんだ」
言ってしまった。
この子は俺を軽蔑するだろうか、まあ、俺にはもう関わろうとはしないだろう。
それでいい、この子のように若くて輝いている人の傍に、俺みたいな人間がいてはいけない。
などとネガティブ全開で考え込んでいると。
「……無職の人が、楽しいことをやるのは、いけないことなんですか?」
そう言われて、俺はびっくりしてしまった。
無職が楽しんではいけない、確かにそんなこと誰が決めたのだろう。
俺が勝手にそう思っていただけだ。
「あのっ、ちょっとお話しませんか?」
女の子はそう言って、公園のベンチに向かって歩き出した。
俺はコーヒー、女の子にはミルクティーを渡す。
二人でベンチに座り、何を話そうかと考えていると、女の子が話し始めた。
「……わたしのお父さん、うつ病らしいです。働いて働いて、気づいたらなってたみたいです」
うつ病……、もちろん聞いたことはあるし、ネットで調べれば症状だってすぐに出てくる。
病院に行ったわけじゃないから分からないが、俺の今の状況とも似ている。
俺もそうなのだろうか?よくわからない。
「あのっ、なんで大人の人はあんなに辛そうなんですか……?」
「毎朝、眠そうな顔で電車に乗って、とても疲れた顔で電車に乗って帰る」
それは……。
俺は答えに詰まる。高校生に話をしてどれだけ伝わるのだろうか?
俺の中にも明確な答えがある訳でもない。
「生きていくのにはお金がいるんだよ」
「働かなくても税金を納めないといけない」
「家庭を持っている人たちはもちろん、家庭を守るため」
「俺みたいに独り身でもお金がいる、生きるためにはどんなに辛くても働くしかない」
俺も初めから仕事が辛かったわけじゃない。
居酒屋でバイトしていたころなんか、みんな仲もよくて楽しく働いていた。
ちゃんと就職して仕事を始めたときもそうだ。
土曜日も研修で潰れるときも多かったが、早く仕事ができるようになりたいと希望を持っていた。
……いつからだろう、仕事が苦痛に変わっていったのは。
期待が重圧に代わり、責任も生まれる。そして出来て当然、褒められることもなくなり、何か少しでもミスがあれば怒られ責められ。
上の立場になればなるほどに、それが顕著にでてくる。
頭のいい人たちは、そんな自分の環境を変えることが出来るのかもしれない。
でも、俺は出来なかった。周りに流されるまま、上司に相談したところで何も変わらない。
またもやネガティブの思考に陥っていると、
「わたし思うんですけど……、辛いなら逃げてもいいと思うんですよ」
「誰かに助けてもらうのも、いけないことじゃないと思うんです」
「無職だって、少しでも楽しいって思えるのなら、やればいいと思うんです」
……俺は何に罪悪感を感じていたのだろうか。
見えない誰かにおびえ、一般論というもので自分を縛り。
この子の言葉が、俺のこころの鎖を一つ一つほどいてくれているような気がした。
……ここまで言われて、やらない理由はない。
無職?知ったことか、楽しいことをして何が悪い。
「……やるよ、やりたい、君との弾き語り」
昔使っていたギターは実家に置いたままで、もう処分されていた。
まあ、学生の頃に使っていたので、そこまで高いギターというわけではない。
以前、酔っ払いにもらった1万円を思い出して、エントリーモデルのアコースティックギターを買うことにした。
音にこだわるならもっと高いものを買うべきなのだろうが、趣味程度で弾く分には充分だろう。
今日も駅前の広場で、女の子と二人で弾き語りをすると決めて。
よしっ、今日もやりますかーと思っていると。また前回の酔っ払いたちがいた。
「おお!今日もやっとるんか!今日は、『青春時代』やってくれへんか!?」
またもや無茶ぶりのリクエストだ。
多分、俺より年は少し上くらいなんだと思う、だが俺世代のドンピシャを突いてくる。
その曲なら俺は知っている。だが、女の子は知らないだろう、と思ったのだが。
「あの、この曲、お父さんが好きな曲です。わたし歌なら分かります!」
この子のお父さん、多分俺と近いか、少し上の年くらいなんだろうな。
少し悲しくなってくる現実だが、曲がわかるのならちょうどいい。
じゃあ、リクエストにお応えして弾き語り、やってやろうじゃないか!
女の子は曲は知っているが、ギターは分からない。
じゃあ、と思って俺は女の子にタンバリンを渡す。この前、楽器屋に行ったときに一緒に買っておいたのだ。
「じゃあ、これ使ってやってみようか」
「はいっ!」
そして、ギターを弾き始める。
女の子もタンバリンを叩きながら歌い始める。
うん、いい感じ。透き通った声、原曲とはイメージが違うが、これはこれで全然ありだ。
そして曲が終わる。
そして酔っ払いはというと、……なんか泣いていた。
「これ、思い出の曲やねん。昔、仕事がうまくいってない時に、ずっと聴いてたやつやねん……」
「いやー!ええもん聴かせてもろた!なんか元気出てきたで、よっしゃあ頑張ったろうやないかい!」
ありがとな!というと、酔っ払いたちはまたもや飲み屋街のほうへ消えていった。
俺と女の子は驚いて顔を見合わせる。
……すると、あははっ!と笑いだす女の子。つられて俺も笑っていた。
「わたし、嬉しいです!自分の歌で元気になってくれる人がいて!」
「そのために、私は弾き語りしようと思ったんです!」
そう言って笑う女の子は本当に輝いて見えた。
それからは何度も二人で弾き語りを行った。
平日は女の子が学校のため、基本的にやるのは土日だ。
女の子は、最近の曲だけではなく、俺の世代の曲なんかもよく聞くようになり、
ある程度、お客さんのリクエストなんかにも応えられるようになっていった。
俺もなぜか家で寝ていた頃に比べて、どんどん元気になっていった。
やはり楽しいことをするというのは、落ち込んでいる時の一番の薬なのだろう。
そんな日々を過ごしている時に、女の子が決意を決めたような様子で言った。
「あ、あの、連絡先交換しませんか?」
……あ、そういえば何度も弾き語りをしていたにも関わらず、この子の連絡先を知らなかった。
俺は女の子に応じて、ケータイを取り出し連絡先を読み取った。
そこには……、女の子の名前らしき文字があった。
明音
あはははっ、俺は思わず笑ってしまった。
女の子は俺がなんで笑っているのか、全く分かっていない。
え?わたし何かおかしなことしましたか?という感じで俺をのぞき込んでくる。
「笑っちゃってごめん、あまりにもぴったりだなって思って」
まさにこの子にぴったりな名前ではないか。
周りを照らし、元気を与える、明るい音……。
「これからもよろしく!」
俺は改めて目の前の女の子、明音にそう声をかけた。
それから俺たちはよく連絡を取るようになった。
学校のこと、ギターのこと、明音はいろいろなことを話してくれた。
明音は、電車で4駅ほどのところにある高校2年生だったようだ。
おっさんがJKと話すと捕まるのでは?なんて我ながらあほな考えに、内心ビクビクしたりもしたのだが。
そして、俺がカップ麺ばかり食べていることを話すと、
「わ、わたし、ご飯作りに行きますっ!」
なんてことを言い出した。
男の家に女の子が一人で来るなんて、よくないに決まってる。
俺は丁重にお断りしたのだが、弾き語りの帰りに無理やり俺の家まで着いてきてしまった。
家に入ることだけはダメだと納得してくれたのだが、
それ以降、家で作ったおかずを俺の家まで、持ってきてくれるようになった。
そのおかずはかなり美味しく、俺の食生活もどんどん改善していった。
そうして、俺は徐々にやる気や元気が出てくるようになっていた。
次の就職先も探し、面接まで行い。それは、なかなか良い結果が出なかったが。
そうして活動している内に、俺はリモートワークというものを知った。
自宅にいながら、かなり自由に働けるというものだ。
時間もフレックスで、通勤もない。
そうして、リモートワークに絞って就職活動を続けていると、運よく働ける会社が見つかった。
リモートワークで働けるということもあり、時間の融通もつけることが可能になった。
そうして、俺たちの弾き語りは続くことになる。
平日は仕事をして、週末には明音と駅前の広場で弾き語りを行うように決めた。
弾き語りに意味なんてないのかもしれない。
だが、俺たちが楽しいからやるのだ。
そして、俺たちの歌を聴いてくれた誰かが元気を出してくれれば、こんなに嬉しいことはない。
俺と明音の関係が気になる方もいるだろう。
だが、残念?なことに、そう言った関係にはなっていない。
まず年の差がありすぎる。
ただ、俺がこの女の子に助けられたのは確かな事実だ。
そして俺は、感謝以外の気持ちも少なからず抱いているのだと思う。
気持ち悪いだろうか、でも周りがどう思うのかなんて、関係ないのではないだろうか。
……それは、まあこれからの話になるのだろう。
さあ、今日からは新しい仕事だ、気合を入れて。
……いや、肩の力をぬこう、自分のできる範囲でいい。
これからは気楽に、楽しんで生きていけばいい……、そう心に誓った。




