熱の在り処
『第10話:彼は温められることなく』
イフリートは夜中、甘露を嗜んでいる。
そこにシリウスを気にしてやって来たヒバナの姿もあった。
イフリートはヒバナに声を掛ける。
「焔の者よ、語らえぬか」
誘われたヒバナは可憐に微笑み断った。
「ごめんなさい。私には好きな人がいます、……彼を温めたいの。だからお誘いには応えられません」
強い意志を持つヒバナにイフリートは気付く。
「そうか、なるほど、想い人を灯す、温かい火だ……」
「悪かったな、引き止めて……」
甘露を傾け、イフリートは一人口遊む。
「人は自分の熱だけでは生きてはいけぬ。炎も誰かに熱を貰わねば燃えられぬ」
「俺は誰に熱を貰えば良い?」
夜中、イフリートは一人、震える。
「寒い、誰か温もりをくれ。炎が、足りないんだ……」
シリウスが告げる。
「俺の熱を見せてやる」
「なら、この火を持っていけ」
『11話:ヒバナに温められて』
朝の息が白くなるほど寒い時。
焚き火の前で二人の男女がしゃがんでいた。
「戻って来たんだ」
女が言う。
男はシリウス。今までイフリートに身体を乗っ取られていた。
女は顔を火に照らされて、微笑みながら、シリウスに告げる。
「村を助けてくれて、ありがとう」
「俺じゃない。俺は何も出来なかったしな」
「君が来てくれたから、村は昨日を越せたんだよ」
二人して焚き火をじっと見詰める。
焚き火で勇気を、そして想いを灯すように火花が弾けた。
「私ね、君が好きなんだ」
「イフリートじゃなくて、俺なんだ」
「うん、君の頑張っている姿が好き」
「例え、それが私じゃない。誰かの為だとしても」
「ずるいな、そんな懸命な顔を見せる」
「君を好きになっちゃったんだ」
俺はヒバナの姿を眼に映す。
人一人を照らす程に輝く小さな火。ヒバナは俺の傍に寄り添ってくれる。
――それでも、ユズリハの笑顔と悲しい背中が忘れられない。
「俺には会いたい人がいる。彼女に追いつきたい」
「だから、ごめん。君の想いには応えられない」
ヒバナは寂しそうに微笑んだ。
シリウスに想い、届かない。
だけど、ヒバナは静かに焚き木を入れる。
「――それでも」
「それでも、何か君に残したかったんだ」
「君が私と出会えて、良かったと思えるように」
「私を忘れないように」
――火は熱い。
彼女の祈りと想いに心が動く。
『12話:君に会うまで、死ねないんだよ』
ヒバナが小さな子供を逃がす為、鬼に連れ去られた。
俺はヒバナとこんな形で別れたくないと、丘を駆け上がる。
「お前は巫女を追うのではなかったのか」
「分かっている。でも助けたいんだ」
だが、俺の剣だけでは足りない。
ここにヒバナの命が掛かっている。
攻める為に、影の刃を押し込む為に。
後、一手が必要だ。
「イフリート、お願いだ!」
「手助けしてやる。前に進め!」
影の刃を炎の爪が迎え撃つ。
鬼はヒバナを人質に取ろうとする。
俺は止められないが、イフリートが炎の壁で遮った。
鬼が敵意を見せる間、俺は進む。
俺が一歩踏み込むと鬼が襲い掛かって来る。
凄まじい速さだ、だが動きは荒い。
流れる動作で、機先を制す、足を運ぶ、鬼を断つ。
最後、鬼が影の刃で穿って来た。
走馬灯が流れ、不意に、ユズリハの笑顔を思い出す。
「こんな所で、死ねないんだよ!」
炎の嵐が影を掻き消した。俺の意志が炎となった。
「ヒバナ、無事か!」
今度は間に合った。
震えるヒバナを包み込み、ヒバナを連れて村に戻る。
ヒバナが落ち着いてから、翁に告げる。
「翁、俺はまた、旅に出ます」
翁は穏やかに告げる。
「貴方に確かな火が灯ったご様子」
「もはやお止めする事は出来ませんな」
翁に礼を言い、ヒバナに向かう。
「私、思ったんだ。君に何か残せる物は無いかな」
「俺は君とは居られない、それでもか」
「君は確かに、私を救ってくれたよ。――最後に私を見て」
ヒバナを見て、はっと気づく。
俺が守りたいと願ったのはヒバナやユズリハのような人だ。
心が動かされる、この村でヒバナと過ごしたいと心が囁く。
でも君はもう俺が居なくとも――
自分の道を歩むと決めた顔だった。
「君が傷ついたのなら、私はそれを癒せるようになる。いつか、きっとまた会う日が来る」
「私も旅立つよ、君が足してくれた火で。自分の意志で」
ヒバナに成長した所を見せつけられちゃったか……
「ああ、俺も君に負けない様に強くなる」
ヒバナとシリウスは握手を交わした。