炎の英雄
『8話:彼女と似た君、もう一度』
男は旅装で旅をしていた。
太陽を目指す。その為に神都に向かっている。
旅の途中で剣術を練る。
刃が煌めく、型を熟す。
何もしなければ、相手は攻め込むだろう。
どこを抑え、如何に通すか。
少しだけ、機を掴みつつある。
「剣士さん、格好良いね」
「私、頑張る姿を見ると、応援したくなってしまいます」
不意に声をかけられる。
二度目だ、その言葉は。
その言葉を掛けてくれた彼女を俺は追っている。
「ありがとう。君は?」
少女はハキハキと答える。
「私はヒバナと言います。旅の方、宜しければ村に寄って行きませんか?」
シリウスは頷いた。
「招いて頂き、感謝します。是非、立寄らせて欲しい」
ヒバナはクスリと笑う。
「私達、火の民は今宵、お祭りを行います。是非、参加して行って下さい」
ヒバナは薪を持ち運んでいた。
こちらです。
ヒバナに先導されて二人は村へと向かう。
村に向かうと一人の翁が迎えてくれた。
「旅のお方、火の神の導きをお祈りします」
「お言葉、感謝致します」
「この地には火の温もりがあるのですね」
「ええ、神は我等に火を与えて下さりました」
「火は勇気の証なれば」
そうして翁と言葉を交わして、村の中心に進む。
「一緒に踊ろうよ」
満面の笑みでヒバナは言った。
彼女はシリウスの手を取り、二人は駆け出した。
火が写した二人の影は踊り、交わる。
彼女の胸元で飾りが揺れる。
楽しかった。暖かな熱が伝わって来て。
火は燃え上がり、シリウスは客舎で微睡む。
「お前、太陽を継いだな?」
心奥にてシリウスを誰何する声が聞こえた。
『9話:夜に炎は踊る』
微睡むシリウス。
そこに鎖に縛られた強靱な身体の男が居た。
「小僧、お前が太陽を継いだのか」
火口の様な熱さを男は纏う。
「火の扱いすらなっちゃいないとは、嘆かわしい」
男はシリウスに告げる。
「どけ、俺が出る」
男の炎はシリウスの意識を飲み込んでいく。
辺りは夜闇に包まれ、太鼓の音が鳴り響く。
祭りはここから本番を迎える。
夜は恐ろしい鬼がやって来る。
松明に炎を灯した人々が鬼に抗う。
今宵は導かれる様にして夜の軍勢が現われる。
夜の女王だ。夜の女王がいる。
「我が仇、夜の女王よ。待っていろ、必ずお前の元に向かう」
イフリートは軍勢に向かって進み出る。
「火を恐れよ」
鬼は退く。
「炎は揺らめく」
影の刃を潜り抜ける。
イフリートも無傷では無い。
傷を負いつつ、それでも彼は進む。
火の粉を纏いて、女王の元に辿り着いたイフリート。
夜の女王はイフリートに擦り寄った。
彼女の冷たい手がイフリートの頬に触れる。
彼女は命に触れていた。
「そうよ。私が夜を駆け、人を恐怖に陥れる者」
「人を死に連れて行き、永遠の眠りに誘う者よ」
「ああ、来たのね。イフリート」
「また、一緒に踊りましょう」
恐ろしい鬼だ。恐ろしい夜だ。
しかし火もまた、人が携えし自然の猛威なり。
イフリートはかつて人に火を与えた。
夜に立ち向かう為。寒さを凌ぐ為。人を笑顔にする為。
太陽に見捨てられた者達をイフリートは救った。
だが、それは神々の調和を乱す行為だった。
代償としてイフリートは鎖に縛られる様になる。
夜は滅びぬ。
だが、その度に火を掲げて人は立ち上がる。
イフリートは唱えた。
「よく見ていろ、シリウス」
「これが、俺だ」
「我、炎也」
現れたのは火霊王。それは炎と一体化した英雄。
火と化した神の身体は激しく、熱く、際限なく燃え盛る。
「うふふ、あはは、あっはっはっ!」
対するは夜霊王。それは滅びぬ夜と化した一体の鬼。
闇を剥ぎ取られて尚、夜の神は毅然と立ち塞がる。
「良いわ。夜よ、牙を向け」
炎の爪と影の刃がぶつかり合う。
辺り一帯を焼き、最後は地面に爪痕を残すかの様に、炎の傷跡が付いた。
「もう戦うことでしか共に踊れない」
「俺はそれでもお前を愛していた」
何度、夜に別れを告げたか。
煤に塗れた女王を抱えてイフリートは丘を降りて行く。
「お前の事は忘れない。安らかに逝け」
悲しそうに、優しそうに。
「あれが、炎……」
その姿を火の民は見ていた。
その背中はシリウスの眼に焼き付いた。
に焼き付いた。