身分差、恋心の中で
『四話・雨上がりの森で彼女は踊った』
一年後、シリウスが手にした役。彼は護衛剣士の一人として巫女に仕えていた。
それでも、彼女の隣に立てない。
彼は巫女の巡行の列に控えて、後ろに侍るのみ。
太陽と雨と森に感謝を捧げる為に――今日は巫女が森に行く。
しかし、今日は雨だった。
本当に晴れるのか。
「晴れるよ、きっと」
ユズリハは侍女に窘められ――彼女はごめんと侍女に返す。
――彼女が立つ時、手紙がそっと置かれていた。
俺は彼女を、アマネ様、とは呼ばない様にした。
だって彼女はユズリハとして、今は居たいだろうから。
雨上がりの森で彼女は踊った。
踊れて楽しそうに、一人寂しそうに。
手紙に書かれていた言葉は――
「また、会いたいです――今夜、会えますか」
共に話し合えなくなった彼女。
握り締めた手紙に皺が寄った。
森は煌めき、木の葉は揺れて、鳥は囀る。
彼女が来ると自然が喜ぶ。
彼女は輝きの中で生きていた。
もう隠せない。
俺は君が好きなんだ。
そして。
彼女の輝きが増す度に。
話す機会を失っていく。
「五話」
また、会いたいです――今夜、会えますか。
彼女の手紙を懐に納め、シリウスは宵の口、三日月を眺めながら呟いた。
(君が応援してくれたから、ここまで俺は来れた)
(でも、それで本当に良かったのか)
「俺は、君の隣に居たかった」
「君は、俺が居なくとも良かったのか?」
シリウスの背後に影が立つ。着物を着たユズリハだ。
「なんでそんなこと言うの?」
「私だって、君の隣に居たかったんだよ?」
悲しそうに目を伏せる彼女に、俺はごめんとしか言えなかった。
ユズリハの眼は真剣に、貫く言葉を俺に放つ。
「君なら何処へだって行けるよ、その剣で」
――ちゃんと生きて、誰かに看取られたい。
――君なら何処へだって行けるよ。
二つの矢が胸に突き立つ。彼女の苦悩を今更知った――胸が張り裂ける様な選択だ。
「俺は君に何もあげられなかった――何も、出来なかった……」
無力な自分に崩れる。それでも涙は彼女に見せたくない。
彼女が背後から背を慰めてくれた。
「ねえ、シリウス」
「私ね、君の頑張り、見てたんだ」
「大丈夫、君はしっかり、進めていたよ」
――俺は君が居ないと駄目なんだ。
君の笑う顔が見たい、その筈だったのに――
――本音は君と居たいと囁いている。
言わなきゃいけない。でも、言葉が出ない。
それでも――君に背中を押されたから。君だって辛いのに。
強くなる為に――俺は、進むよ、この剣で。
最後に俺は彼女に向き合えた。彼女は安堵した様に微笑んだ。
『六話』
シリウスは護衛剣士の任を離れ、台の国から旅立った。
太陽は灼熱の様で、茹だる熱気に包まれている。
ふと、焼ける匂いがした。
廃墟の匂い。滅びの匂いだ。
嫌な予感がする。そうでないことを切に祈る。
祈りは裏切られた。
そんな、嘘だろ……
国は滅びていた。生きてる者など居なかった……。
――彼女に逃されたんだ。
その事実を胸に、涙を流すまいとユズリハを探す。
「戻って来ちゃったんだ……、危ないのに」
彼女は呆れたように――しかし、声には安堵が混じる。
「戻って来たよ。俺は」
「君を、見放す事など、出来やしなかった」
彼が来てくれた――同時に失いゆく時間への心残り。
「(――遺しちゃ駄目だよ)」
認めると期待してしまうから。
それでも私は――彼女は頑として跡を遺すまいとするも、次第に顔は緩んでいった。
「君への想いは振り切れなかったか……」
ユズリハは苦笑して二つ目のミサンガを懐から取り出す。
俺は色違いのミサンガを彼女から受け取る。
「これでお揃いだね」
二つのミサンガと重ね合わせた二人の手。
その時、彼女のミサンガが想いを遂げてぱちんと切れた。
彼女は切れたミサンガを握り締め――
「また、会えるといいね」
最後の笑顔で誇り高く生を彩った。
「七話」
彼女は逝った。俺は何処へ進めば良いのだろう。
強くなる。何の為に?――俺はまた進めるだろうか。
背で剣が悲しく揺れた――教えてくれよ、ユズリハ。
もう君は戻って来ないのかい――君に次の人生があるなら、どこかで、きっと。
彼女は光に溶けて行く。太陽に迎えられ、昇天する。
「私を追って来る気はある?――道は険しいよ?」
俺はその言葉に何と応えたか――彼女は諦めた様に微笑んだ。
「君には鍵が必要だ。天に辿り着く為に」
「だから、太陽を君に遺すね」
彼女は俺の手を握る。切れたミサンガが炎に溶けた。俺の左手には光と脈動を伴い太陽が宿る。
「君の幸せを願っているけど、それでも私は君に来て欲しい」
眩しさに目を瞑ると、もうそこに彼女は居なかった。
この手には太陽が輝いている。
道を進む為の剣が背に揺れた。
俺はミサンガにどんな願いを託す?
今は只、彼女に会いたい。それだけを胸に旅立った。