太陽の巫女、しかし彼女は人間だった
『一話・少女の涙、走り出す少年』
太陽の祝福なき地、台の国は民に希望を与える為、鏡光の儀式を執り行う。僅かな光が雲の狭間から零れ落ちた時、現人神は台に呼ばれた。
雨も無く、日の光も無い。曇り空のどうにもならない日々に打ちのめされ、それでも懸命に日々を生きる彼らの姿が映る。彼等は神の降臨に熱狂した。少女は辺りを見回す度に知る事となる――人の間に、私の居場所は、無い。
逃げてしまえば、楽になれるだろうか――服の重みが責務を果たせと囁いた。
私はこんな立場を望んではいない、と叫びたくなる――それでも少女が頑張る民を見捨てる事は出来無かった。
「太陽を背負う巫女よ。この国の滅びに付き合え」
「……はい。我が光、台の為に照らしましょう」
少女は覚悟を滲ませて見据えた、声は不思議と澄んでいる。
器を口にした時、その選択と運命を少女は飲み込んだ。
だけど、裏の廊下が姿を隠した時、――私は震えた。
――私は神様なんかじゃない。
彼我に隔たる距離は断絶していて。
――誰も、私を見てくれない。
恐ろしい運命に涙を溢す――彼女の小さい身体を苛んでいて。
苦しい程の孤独に嗚咽する。――覚悟を吐き戻さぬよう勤め上げた。
……誰か、私を、助けてよ。
*
国を外れて風に草木が揺れる所、一人の少年が剣を構えた。
認められなくとも良い。ただ、捧げる相手が居ないことには、一抹の寂しさを感じる。
俺に守りたい人は出来るのかな。
今は居なくとも、いつか、誰かに伝わると信じ。
俺は虚空に構え、踏み込み、打ち込んだ。
俺は国の中心に向かう。太陽の巫女が降りるという話を聞き、一目見ようと歩いて行く。
――そして光が落ちた。それは一瞬の出会いだが、少年はその時を掴む為に剣を磨いて来た。彼は光を見つけたのだ。
――あの儚い祈りに呼ばれた気がしたんだ。
光を目掛け、まだ何者でもない少年は駆け出した。
*
少女はその時、自分の声が届いたことを知った。
運命を視る瞳は少年の走る姿を映している。
応えてくれる人がいる――私はもっと我儘になって良いんだ。
重い衣をしゅるりと脱ぎ捨て、少女は神殿を抜け出した。
『二話・君は咲いた様に、笑った』
現人神として招かれた巫女に、剣の在り方すら定かでない少年が会いに行く。
――誰か、私を、助けてよ。
それは小さな願いだった。
話がしたい。たったそれだけの願い。
少年は駆ける――風に押されて、丘を越える。
少年は進む――草むら掻き分け、光が差した。
彼は祈りに応え――そして彼女が降りてきた。
少年の草むらの匂い、少女の香の薫り。
彼女の雰囲気は柔らかい仕草と、侵し難い程に清らかな服装が織りなしている。
高貴な者の象徴の輝ける金の耳飾り。
素朴な人柄の少女は明るい陽だまりを歩くように。
彼女の腕にミサンガが揺れる。
運命を見る綺麗な瞳――その瞳は俺を惹きつけていた。
誰かを優しく包み込む、儚い光。
彼女の眼に炎が揺らいだ。
「君は(太陽か)」
だけど、彼女は人間だと主張していた。
泣くこともあり、笑うこともあり。
少女は確かに息づいている。
――走ってきたのだ、彼女も。
俺が彼女を人間として見た時――彼女は咲いた様に笑った。
「私、ユズリハ。ユズリハって呼んでくれる?」
「頑張ってる人を見ると……私ね、応援したくなっちゃうよ」
人から元気を貰い、健気に生きる。
ただ、その在り方が、尊い。
彼女の応援する声に――思わず心臓が高鳴った。
「ユズリハ、君の腕に付けてるそれ、可愛いな……」
彼はその言葉を投げ掛けた後、目を逸らす。
彼女への想いを心に秘めたくて。
「これはミサンガ、願いを叶えた時に切れるんだ」
夕日の差す時、少年は尋ねる――彼女の深みに踏み込んだ。
「君の願いって?」
ユズリハは手首の編み紐に想いを籠める様、撫でる――その姿が影と重なった。
「……人として、誰かを好きになって、誰かを信じて――"ありがとう"で死ねたらいいな、って」
「そんなこと言わないで……」
彼女の死期を悟る綺麗な眼が、怖い。
彼女を止めてくれ――思わず、自分の手を見た。
「私、ちゃんと生きて、誰かに看取られたいの」
俺は期待してた、君が笑ってくれると、君の笑う姿を守りたいと――その想いが砕けていく。
彼女は後ろ手に組み、沈黙する彼に微笑みかける。
「君の名前も教えてよ」
「……シリウス。守りたい物を守りたくて、俺は剣を掴んだ」
その時、彼女は憂慮に沈む――沈みゆく夕日に想いを馳せる。
――剣を置いて、私の隣に居て。
(そんな事は言えないよ。この人はきっと強くなる)
ユズリハはぽつりと呟く。締め付けられる様な選択の片方を、漏らさずにはいられなかった。
「ヒトとして、生きたいよ……」
彼女は思いを断ち切り、彼を振り返らずに告げる。
「さようなら、臆病な君。私はその剣、続けて欲しいな」
「……また、会いに行くよ、俺は」
夕日に消える寂しげな背中。彼女を笑わせる事が出来ない、不器用な自分。後には涙だけを残していった。
『三話・彼女の覚悟』
曇の隙間に、陽の光が差し込む中、巫女達の白い衣が翻る。水に濡れることなく、泥に汚れることなく。彼女達が進む度に水溜りに波紋が広がっていく。
鈴の音が鳴り響き、皆、祈る様に跪く。
黄金色に輝き、地上に降りる――美しき、神が。
アマネ様、と輝きを讃える声。
ユズリハ――彼女は、人間だ。
少女は太陽の代わりを求められていた。
それでも、その背中は余りに細く――光を背負うには儚すぎた。
なのに少女は。
運命を映す瞳に炎が揺れて、己の燃え尽きる未来が視えても、その道を進む覚悟を抱いていた。
彼女の腕の中でミサンガが悲しそうに揺れる。
(ユズリハ)
呼び掛けたかった。だが、呼べなかった。
彼女は巫女の顔をしていた。
たった一度の一瞥。
その短い視線の交錯に、俺は痛感する――俺達の遠さを。
俺が彼女に声を掛けていたら、何か変わっただろうか。
遣り場も無く、声がぽとりと落ちた。
彼女は人間だ。なのに、俺はただ跪いて見ていることしか、しない、出来ない。
泥を握りしめる。怒りと屈辱とが綯い交ぜになって、身体が震える。
否応にも、思い知る。身分の違い。俺は何を伝えれば良い?
小さく無垢な子供だけが、身分の壁を越えていく。
その子はトテトテと歩いて来て――水溜りで転んだ。
ユズリハは前に進み出て、小さな子供に手を差し伸べる。
彼女の差し出した手が泥に濡れても。
小さな子のキャッキャと笑い――ざわめきが起こる。
――もしや、彼女は人間なのか。そのように言葉が広がっていく。
彼女はふ、と微笑んだ気がした。
きっと彼女はこの先、少しずつ人間として受け入れられて行くのだろう。
君が我儘になっていいって教えてくれたからだよ――そんな声が聞こえた。
彼女達は太陽に向かって進んでいく。
その横顔には巫女としての覚悟に、人の生き様が乗る。
――君は掴めたんだな、少しだけでも、自分の居場所を。
――そして、行くんだな。その道を。
シリウスはその光景を眼に焼き付ける。