唐揚げの話
はじめまして!
良かったら最後まで読んでください!
遂にこの時がやってきた。
科学書を読む時だ!
午前十時。
ランニングがてら図書室までやってきて、借りた本を読み始める。
つまり今は、昨日図書室で借りた本を、今日図書室で読むという奇妙な行動をしている。
まぁ、それは一旦置いておいて、俺はワクワクしていた。
武者震いをするほどに。
何故かと言うと、これさえ読み終われば俺はダンジョンへ行くことが出来るのだ。
震える体で、とりあえず開いた頁には『物質を構成する基本成分を元素という。』と書いてあった。
「……。」
俺はそっと本を閉じた。
「……。」
後ろでそれを見ていたカノンが視線を逸らしたのを感じた。
言われてみれば先々週あたりに絵本がようやく読めるようになったのだ。
そんな俺が飛躍的に読解力が身について、科学書が読める様になるわけもない。
それに関しては自負しているつもりではあった。
「でも……こんなに、読めないだなんて……!」
俺は誰もいない図書室で頭を抱えて叫んでみる。
「ああー!もう!とりあえず読め!一つ身につくものがあれば上々だ!またいつかリベンジした時に、また一つ身につけられるようになっていれば良い!」
「うぅぅ、ありがとう……」
俺のダンジョン進出を阻む本人に慰められた。
とりあえず読み進める。
この専門書の読みにくさを、なんと形容しよう。
例えるならば、名前のたくさんある主人公の物語を読んでいるような。
元素かと思えば化合物で、化合物と単体は兄弟で、酵素の正体が触媒かと思いきやタンパク質で、タンパク質はアミノ酸で、ホール・エルーがアルミニウム人間で……。
とりあえずわけも分からないまま読み進めたが、結局訳は分からなかった。
夜八時。
呼んでもないのにまた夜がやってきた。
俺は一応、一通り読み終えたため、一度本を閉じる。
「ライト……。なにか身についたことはあったか……?」
「鶏肉の脂は、他の肉より溶けやすいから唐揚げにして油を閉じ込めてる。ってのは分かった。」
「え?そんなこと書いてるのか……?え、まぁいいや」
俺としてももっと冒険に役立つことを勉強しているつもりだった。
けれど意外とこの世の中には冒険以外にも面白いことはあるらしい。
唐揚げの成り立ちとか。
「あとアダマンタイトの構造式……いや化学式すらまだ分からないんだな。」
「急に知能指数の上がった話をし始めたな!?さっきの唐揚げのアホさはどうしたんだ!?」
カノンの反応を見る限り、意外と想定よりは学べていたみたいだ。
「それじゃ、一応読み終わったわけだし、ダンジョンにはもう行ってもいいよな!」
「……ああ、まぁ、約束だ。とやかく言ったりはしない」
カノンはバツの悪そうにそう言った。きっと本当に読み切るとは思っていなかったのだろう。
「よし!」
俺は『誰でもできる魔法適正』と『ポケット版モンスター図鑑』の二冊を借り、持ってきていたリュックに詰め込んで図書館を出た。
走る際にリュックが跳ねないように、肩から垂れるひもをキュっと握る。
誰よりも星に近い屋根の上を伝って、自宅へ帰る。
俺はこれからこの街で、誰よりも空から遠い場所を目指すのだ。
またワクワクして寝れなかったらどうしよう。
ばん!と扉をひらいてリビングにいる二人へ宣言した。
「父さん!母さん!俺!明日からダンジョン行く!」
二人の反応を見る。
父は目を見開いて驚いていた。
母はズンズンとこちらへ近寄ってくる。
その雰囲気は明らかに不機嫌そうだ。
両手で俺の両肩を掴み、涙目で母は言った。
「ライト、アンタ、自分勝手すぎるよ!戻ってきてすぐまた行くのかと思ったら、ここに残ってくれたから……、図書館で勉強するようになってくれたから……、もうダンジョンに行かない道を選んだのかと安心したのに……!今になって心の準備もさせないで!『明日行く!』なんて言い出して!」
距離が近くて顔を見れなかった。
言われてみれば図星すぎて顔が見れない。
けれど声音でどんな顔をしているのかは想像できた。
もう少し他人の事を考えられたら簡単に想定できた事なのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「それでも俺は早く行かなきゃいけないんだ……!自分勝手で自己中かもだけど……、俺は行かなきゃいけないんだ!」
「なんでよ!」
なんで、ダンジョンに行かなければいけないのか?そんなこと聞かれても分からない。男の浪漫だから?
確かに浪漫は止められないが、責任を感じている部分もあるのだろう。
結局の所なんでかと言われれば、
兄の死を泣けるように……、
両親へ遺品を持ち帰って喜んで貰えるように……、
そしてなにより
「生き残った俺への責任だと思うから……。」
頑張って読んだ短編小説の中に「復讐は何も生まない」という言葉があったが、それは違う。
復讐や報復は生き残ったものが負う責任だ。
「ライト……それは君の背負う責任じゃない……。誰かが負う責任なんかじゃない……。むしろ生き残って幸せになることこそ……」
父がそう説得し始めたのを俺は遮った。
「違うよ!俺がそうしたいんだ!」
きっと父の言うことは間違っていない。きっとカイトもヘンリも、プランは知らないけど、皆生き残って幸せになって欲しいと思うはずだ。
俺だって兄であるカイトや、ヘンリだけが生き残った未来があるなら、幸せになって欲しいと願う。
だけれど生き残ったのは俺だったんだ。
「だから俺は負い目も責任も宿命もなく、ただしたい事と浪漫だけで生きていきたいから!気持ちから逃げたくない!」
二人は何も言ってこなかった。
あきれてものも言えないのだろうか。
普段なら母が理論を超越した私的理論を繰り広げるが、今回は何も言ってこず、それでも真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「いつか話してたんだ。大人になってダンジョンが攻略出来たら旅に出ようって……。何にも追われず、ただ楽しく。思い出ばかりが出来るような旅……。俺一人になっちまったけど、旅に出ても気持ちからは逃げきれないと思うから……。俺は行くことにしたんだ。」
「……ライト。明日の午前中くらいは父さんたちに時間をくれないかい?」
俺は首を横に振ることが出来るはずもなく頷いた。
その日の夕飯はまたシチューだった。
翌日の朝。
起床したのは午前八時だった。
天気は晴れていて、父と母と一緒に俺は商店街を歩いている。
俺はリュックに冒険の準備を詰め込んで、カノンを腰に巻いて、午後からそのままダンジョンへ向かう予定だった。
思春期の自分には両親が一緒というのはなんだか恥ずかしかったが、見つかって恥ずかしく思う理由も相手もいない為、何にも考えないようにした。
そんな俺が両親に連れられてやってきたのは魔道具屋だった。
「やぁリンベル。今日はこの間用意してもらった魔道具を取りに来たんだ。」
「ああ、お前か、この間は子供にわたすからって急がせておいて、取りに来るのは今更かい。」
見せの中にいたのは見かけから年齢の推定が出来ないほどに年老いた女性だった。
父はまるで常連かのように話しており、なにか商品を受け取っていた。
あっという間に店を出ると、父はその商品を俺にそのまま渡す。
「父さん……何?コレ」
「それは魔法具で永遠に水が出る水筒みたいなものさ、ヘンリちゃんがいない今、水不足は深刻じゃないかい?」
俺はそれを受け取る。
「うん……ありがとう」
「それは私たちからのプレゼントだ。ちゃんと帰ってくるんだよ?」
「うん。」
母と父が近寄ってきて、俺を強く抱き寄せた。
ほんの一分もしないほど抱いて、
「さ、また帰ってくるのなら、仰々しいお別れは要らないね!気を付けていってらっしゃい!」
終始父はそう爽やかに話していた。
母はずっとしゃべってくれなかった。
「父さん……母さん!行ってくるね!」
俺はリュックにもらった魔道具をつけてダンジョンへと走って向かうことにした。
すると、後ろから母の俺を呼ぶ大きな声が聞こえた。
「ライト~~~~!歯磨きはちゃんとするのよ……ッ!」
「はっはっはっ!」
なんともツンデレ気質な母らしい。
「わかってるよ!うるさいな~!」
俺は走る足を止めず、それでも後ろを振り返りながら手を振って別れを告げた。
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