第1話:主人公に転生なんて面倒すぎる!
熱い…、痛い…、苦しい…
「ハッ…?!…夢か…」
また、あの夢…
最近よく悪夢を見る。私が前世で死んだときの夢を。
そう、私は転生したのだ。私が好きだった伝説の乙女ゲーム、【光の聖女と闇夜の者たち】の世界に。
【光の聖女と闇夜の者たち】、略して【ブレスト】は『神ゲーでありクソゲー』と言われた伝説のゲームだ。伝説と言っても、発売から数年しか経っていないが。乙女ゲームでありながらアクションとRPGの要素を取り込んだ異例のゲームで、重厚なストーリーに広大なマップ、魅力的なキャラクター達で数多くのプレイヤーを虜にして来たこのゲームが何故『神ゲーでありクソゲー』と言われるのか。それは、やり込みガチ勢と考察ガチ勢にしかわからない要素にあるが、それは一旦置いておく。
私の大好きな【ブレスト】の世界に転生したのは嬉しいことだが、重大な問題がある。それは…
よりにもよって、【ブレスト】の主人公であるマーガレットに転生してしまったことだ!
マーガレットは乙女ゲームにしては珍しく、天真爛漫でもなければ聖女らしい心の持ち主でもなく、優秀なだけのただの平民の女の子だ。神殿で魔力検査を受けて、偶々光と神聖魔法の力を持つ聖女の適性があっただけの、本当に普通の子。ふわふわなクリーム色の髪に水色の目をした美少女ではあるが。
彼女は聖人でもなければ悪人でも偽善者でもない。今必要なことを成しとげるために理性を以って取捨選択をできる人間なのだ。お人好しの面はあるものの、ちゃんと冷静に判断できる聡い子なので気付きたくない所まで気付いてしまい、傷つくこともある。そんな優秀だけど普通な性格の彼女に自分を重ねたプレイヤーは多かったはずだ。だから皆親しみを込めて彼女を【メグちゃん】と呼んでいる。
彼女の周りも優秀な良い人だらけなので、彼女の傷を理解し寄り添ってくれる。その姿に自分を重ね、勇気をもらったプレイヤーも多い。
そこまではいい。しかしこの後が問題だ。
【ブレスト】のストーリーはよくある聖女と発覚した平民の主人公が、その魔法の希少さから特別に学園に入学し、学園のなかで成長したり攻略対象と愛を育んだりして、最終的に【魔王】を倒すというものだ。
しかし、聖女と一緒に魔王を倒した攻略対象が【勇者】や【賢者】と呼ばれることはない。その称号(主に勇者)は特別なものだからだ。【賢者】は魔法を極め、便利な魔道具や強力な結界などを創り、国に多大な貢献をした人間が国から得る称号だ。そして【勇者】は、世界に組み込まれた称号であり、【魔王】と対になる存在だ。【勇者】でないと【魔王】は倒せないし、【魔王】でないと【勇者】は倒せない。え?前文と矛盾するって?それは気のせいではないが、合っているわけでもない。
何故なら【ブレスト】は如何にして【勇者】を仲間にするかを考えるゲームだからだ。
【勇者】は【魔王】を倒すために必要不可欠な存在なのだが、最初から敵対してくるし、裏ルートを開くまでは攻略対象にならない。それでいて仲間になってもならなくても最強で最恐クラスの攻撃力を誇る、歩く人間兵器だ。仲間になると心強いことこの上ないが、仲間になるまでの過程がきつ過ぎるので、初心者向けのイージーモードでは【勇者】を割と簡単な条件を満たすことで仲間にできるようになっている。ちなみに私は一番難しいルナティックモードで三十回以上ゲームオーバーになってやっと仲間にできた。
【勇者】をルナティックモードで倒すには最低でもレベル300は必要だ。その他にも色々なアイテムや条件が必要だが。
そして、大体の乙女ゲームに共通するところだが、全ての攻略対象のルートをプレイしないと裏ルートが開かないという点は、ゲームが現実になったこの世界では非常にマズイ。特に裏ルートを開かなくても問題があるわけではない。しかし、裏ルートを開かないと裏設定や裏ダンジョンは出てこないし、何よりトゥルーエンドが開かず、多くのキャラが悲しいことになってしまう。それは避けたい。
この世界では裏ルートが開いているかわからないが、開いていると信じてストーリーを進めようと思う。ゲーム通りなら【勇者】と敵対する可能性が高いのでとりあえず最速でレベル上げと装備厳選をしないと世界が滅んでしまう。【魔王】にはなんの恨みもないが、世界を滅ぼさせないためにも倒れてもらおう。あと、あのイベントを【勇者】に引き起こされると攻略対象が減って裏ルートや大円団ルートに行けないので、阻止しないと。
ああ、面倒くさい。私は面倒なことは嫌いなのだ。ゆっくり休みたい。【魔王】を倒して世界が平和になったら思いっきりダラダラしよう。私だけのスローライフを送るのだ。