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ミステリアスボード  作者: 京理義高
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◆一章 監視システム(9)

 真奈美は大学に入学すると同時に初台のアパートに住み、まだ二年目で近くの山の手線沿いには殆ど降りた経験がないという。僕は調子に乗って、原宿の店がどれだけお洒落であり、渋谷が日本の最先端に属する若者があふれ返っていることを説明した。


 話の途中で店内に導かれると、中華料理を選んだ僕達はおみくじクッキーで運勢を占った。二人揃って大凶、一人で行動すると失敗するのでパートナーを見つけるべし。最近の出来事を振り返る。少なくとも過去に関しては当たっているべし。占いを信じても悪くないような気がしてきた。オーダーはコースに紹興酒、食欲よりも退屈なバイトの仲間を作っておきたい気持ちが大きかった。


「普通の会社ってあのような雰囲気なんですか?」


 真顔になってそう言うと、真奈美はウーロン茶に手を付けた。普通の会社という定義に捕らわれた。ドラマに出てくるような誇張されている空気とオフィースラブのイメージはかなり前から切り捨てている。


「うーん、ちょっと違うかな。静かすぎると言うか……」


 煮え切らない感想だった。僕自身気持ちの整理は出来ていないのだ。


「やっぱりそうなんですか」


 安心したのか、表情が元に戻っていた。 


「社会人経験はないんですけど、バイトはしたことはあります。でも全然違っていたので」


「どんなバイトしていたの?」


「蕎麦屋でしていました」


「へえ」


「そば粉を練るところから接客までなんでもやっていましたよ」


「本格的なんだね」


「はい、店長さんには感謝しています」


「好きなんだね」


 そばの実はどこで取れて、石うすは代々受け継がれている代物で、という説明を嬉しそうに語っていた。どこかで置いてきてしまった純粋さ。熱を帯びた伝えるべき記憶の透明感は愛情が宿っていた。顔全体に宿った潤いが光で反射していた。僕は内容よりも真奈美の表情に夢中になった。


 デザートの杏仁豆腐が来た時、真奈美は紹興酒を頼んだ。小さな容器から半分なくなったあたりで頬に赤身が指していた。


「あまり強くないんですよ、お酒」


 恥ずかしそうに言った。手で頬を押さえ、熱を感じ取っていた。


「今日ぐらいは飲み過ぎてもいいんじゃないの」


「ですよね」


 笑いながら返してきた。僕はグラスの液体を一気した。


 しばらく笑顔をキープした真奈美は物珍しそうに辺りを見回していた。穴倉をイメージした個室、チャイナドレスの店員、食材を炒める音、僕の方に視線が戻って来ると、メガネの位置を正していた。


「敬語はやめてくれないかな。親密でないというか、仕事の延長みたいで、なんか嫌なんだ」


 僕の柄ではなかった。酔っ払っているせいにした。


「いいよ。じゃあ、昌哉って呼ぶね」


 鼓動が高鳴った。僕の願いが伝わっているかのようだった。彼女の方が一枚上手なのかもしれない。


「僕は、真奈美で」


「付き合っているみたい」


「周りはそう思っているかもよ」


 メガネを外して目を擦っていた。真奈美の素顔を見れたのはお湯を注いだカップラーメンが出来上がる時間程度だった。素顔は切れ長の目がさらに小さく見えた。『僕は素顔の方が好きだ』、言おうとして思い留まった。


 兄弟の話題に変更すると、真奈美の顔は曇った。理由は問わずに僕の話をした。一人っ子から家庭環境に広がっていき、両親の期待による人格形成には支障がなかったことを語った。確かに大学受験までは家庭内での規制はあったが、ごく一般的なものだった。比較を意識し始めると、上には上がいると知る。抑えつけ過ぎると従わない僕の資質を両親は良く知っていた。物心着く前に試みて失敗しらからという推測もできるものの、自身が同じような資質を持っている推測の方が正しいと思える。


 あくまで自分自身の話であり、真奈美は納得していないようだった。


「私には妹がいるんだけどね……」


 頷いた状態で待っていた。正確には期待して待っていた。最近人の不幸話が好きになっている。僕はどうかしている。


「家出して、今アパートに住んでいるの」


「どこの、アパートなの?」


「私と同じアパート」


 高校二年生になる真奈美の妹は最初友達の家を転々としていたが、その都度両親に連れ戻されるので、地元を出ていた。伝手はなく、必然的に真奈美を頼ったという。


 アルコールの減りが早まった。結局、紹興酒ボトル一本とチャイナカクテル二杯を開けていた。このまま飲み続けてもかまわない。


「今度、技術のこと教えてね」


 途切れた話題の後に言ってきた。残念さが反応を鈍らせる。 


「知っている限りだったらいくらでも」


「よかった。すごく興味があったの」


 帰り際に交わした会話だった。頭の中でいつまでも繰り返されるメロディーのようになっていた。


『ポンポロピン、ポォンピィン』


 口に出しても自分勝手な、色褪せた音源に過ぎなかった。


 他人から求められている快感、実際筋違いだったとしても、熱だけは冷ましたくはない、と思った。


 部屋に帰りパソコンを立ち上げた。自宅で仕事に使用しているソフトをクリックするのはインストールして以来初めてだった。勉強しているふりは良くしている。八Kの解像度をプログラミングIC(FPGA)としてシュミレーションしてみる。大雑把な検証に関わらず、出口はなかなか見つからなかった。朝方になって数万円単位もするICを八つ使ってなんとかできるという結論が出た。


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