◆一章 監視システム(8)
「結果はどうでしたか?」
すぐに戻ってきた神田は、少し息が切れていた。
「特に問題ありません」
「うむ」
納得したのか、何を考えているのかわからない反応だった。次に勤務時間の話へと移った。
「二十四時間体制になります。ここにいる三人でシフトを組みますので」
僕たちの意見とは裏腹に、予めシフトは決められていた。八時から十六時までが神田、十六時から二十四時までが女の子、そこで名前が長野真奈美だと判明した。二十四時から翌朝八時までが僕である。
真奈美は問題ありませんと断言し、僕はきついなという言葉を飲み込んだ。フレックスを使えば出社時間には充分間に合うものの、会社から帰って速効寝なければ身が持たない。
「では明日からこのシフトで一週間お願いします」
神田の言葉で安堵した。短期間であればなんとかやり遂げられる。
「お手洗い以外は基本的にこの場所から離れないでください。食べ物は持参してかまいませんので」
「ちょっと聞いても良いですか?」
女の子の口調は強かった。真っ直ぐに神田を見つめている。相当なやる気があるのかもしれない。
「監視カメラはどのような場所に設置されるのでしょうか?」
「申し訳ありませんが、言えないんですよ」
「言えない……」
小さな声で呟いた女の子は引いていた。場合によってはプライベートの侵害になり得る。映像が録画されて検証に使われたりする可能性が出てくる。悪い方向に考えると、僕もあまり良い気分ではなかった。
「ただ、許可は取っていますので安心してください。それと住人がいるようなアパートやマンションには設置していません。盗難の多い店であったり、監視が必要な建物が主になりますので」
瞬きが多くなっていた。若い女性が苦手なのかもしれない。或いは別の理由があるのかもしれない。
監視カメラは数か所に設置されているらしいが、僕達には切り替えが出来ず、神田も同じだった。オペレータが遠隔操作し、場所を指定してくるのだ。
「わかりました」
真奈美は素直に引き下がった。
「質問等ないようでしたら、明日から働いてもらいます。契約書の記入してくるのだけは忘れないでください」
契約書は履歴書を記入するよりも簡単な項目しかなかった。故にその場で書いて渡しても問題はない。とりあえず、決められたレールに沿って部屋を後にした。エレベーターに女の子と乗り合わせた。同時に一階のボタンを押そうとして手が触れそうになる。
「来たのはいいんですけど、全然わかりませんでしたよ」
何で選ばれたんだろうねとは言わなかった。
八Kの解像度はそんなにすごいものなんですかと屈託のない顔で聞いてきた。僕は出口までの距離の間、勤めている会社の内情を掻い摘んで説明した。
「やっぱり、高性能なんですね」
「僕も驚きだったんだ」
思わず僕の顔に触れそうになると、慌てて一歩引いた。二人して俯き、受付を出るまで不自然な距離を置いていた。あまりにも真っ直ぐな反応であり、もう少し話をしていたいと感じていた。
「明日からよろしくお願いします」
真奈美は言いながら頭を深く下げてきた。
「こちらこそ」
反対方向を目指していた。気持ちが体を引っ張り足が重かった。『やるならいましかねぇ』古い歌詞が頭を駆け巡る。踵を返し、
「あの」
僕の声で女性の通行人まで振り向いた。
「予定なかったら、これからご飯でも食べない?」
真奈美は自分の顔に指差した。僕は二度頷いた。女性の通行人は冷めた視線で見守っている。
「近くにおしゃれな店があるんだ」
見栄を張ってみた。ノイズ除去のコンデンサを保険に追加した回路みたいなものである。もちろんコンデンサのように正確とまではいかないが。
「良いですよ」
僕の薬指に付けている指輪を見ながら真奈美は言った。明日香の顔が浮かんでくる。浮気でも何でもないんだと言い聞かせた。
コマ劇場近くにあるダイニングバーに向かった。料理は和、洋、中を選択できる場所である。モテない男のオアシス、その日によって気が変わるわがままな女の子にも対応できる店を選んだ。
「都会の人はいろんな店を知っているんですね」
「ちょっと違うと思うけど」
「私こんな店始めてきましたよ」
「喜んでもらえて嬉しい」
ネットで検索を掛ければ誰でもわかる余談はさておきとして、僕は客引きをしている黒服を警戒し、恋人同士の待客が並ぶ店前で真奈美と十分待った。
聞くと真奈美は福島の出身だった。合津若松は城と白虎隊が有名だよねと苦し紛れに聞いた。
「良く知っていますね。でも本当になにもないところなんですよ」
「前から行ってみたいとは思っているんだけどね」
笑いながら言った。嘘である。僕の行きたい場所は京都と北海道、明日香と行こうとしてもなかなか行けない地域だった。
真奈美によると、高校に通うのに自転車で一時間半かかった、町の人口が一万人に満たない、電車が一時間に一本あるかないかということを嬉しそうに話した。東京生まれ神奈川育ちの僕には新鮮だった。
「ありえないね」
「ありえるんですってば」
唇を尖らせて、吹きだしてしまうと二人で笑い合った。田舎育ちコンプレックスがなく、楽に接することができた。