◆終章 友との決別(最後に残したもの)
直人が自殺した。
知らせを聞いたのは、東京駅に着いてからだった。携帯電話の充電を完了し、真奈美に連絡を入れ、真人の容体を確認した。
「橋からの飛び降りだった」
「直人が、自殺……」
少なくとも泣き崩れた後のようだった。口調は理路整然としている。一度目に聞いた内容は耳を素通りしていった。真奈美でさえも信用したくなくなっている。僕の立っている場所は時間が止まっていた。
真奈美は母親が退院して実家まで送り届け、病院に戻ったころにはもう直人の姿は無かった。病室や自殺現場には遺書が残されていないらしい。自殺までに追い込まれていた直人はどうしても想像できない。自殺直前に立ち会っていれば遺伝だからなんて冗談をかますだけかもしれない。警察が僕を親友として事情徴収に来るかもしれないが、今はどうでも良くなっていた。
僕はここで止まるわけにはいかなかった。福島に吸い寄せられる引力がないわけでもない。
「お骨にするにはもう少し待ってもらえるように出来ないかな?」
「うん、まだ直人君の母親に連絡が取れていないから」
「頼んだよ」
一緒に過ごした思い出は浮かんでこなかった。だた笑っている直人の顔だけがいつまでも焼きついていた。さらに、離れていった、失った人達の記憶が少しずつ蘇ってくる。
事が済んだら僕も直人のもとに行く。
それまでは僕の原動力でいてくれ。
思い悩んでいた時期に笑いを組み込んでくれて、馬鹿らしくしてくれたように。
ビル受付のお姉さんはすんなり通してはくれなかった。
「神田さんと松本さんに用があるんですよ」
「入れないように言われていますので」
二人はまだ帰ってきていないようだった。
「逃げも隠れもしませんから!」
受付の台を思いっきり叩くと、その場を後にした。お姉さんを黙らせる効力はあった。背後から誰かを読んでいる声が聞こえてきた。僕は構わずモニタ室に向かった。
基板には最後の仕上げを施した。FPGAへの書き込み回路を遮断させる。精密パターンなので、直人の手先でも修復不可能である。
モニタに基板を組み込んだ。表示確認をする時間もなく神田、松本は揃って現れた。
「待っていましたよ」
僕は落ち着いた声で向かい入れた。ここで倉庫と同じく殴られようとも、覚悟だけは出来ていた。
「まずはこれを見てください」
すんなりと言うことを聞き入れてくる。スタンガンの衝撃が彼らの人格を変えてしまったのではないかと思い始めた。
電源をONにし、監視カメラを取り出す。解析の結果、監視カメラを操ればモニタに映し出すポイントが捜査できることに辿りついていた。モニタ動作としては画質に問題はなかった。歓喜の声をあげられないのが残念である。
「ご覧のとおり、この部屋が映し出されています」
何も言葉を発してこない。不気味がっている時間はない。
「次に僕の個人情報を映し出してみます」
カーソルが僕の体に合った。想体通り、出たらめな情報が映し出された。
「これだけではありません。あたらな機能を追加しています」
ここからは僕の思い付きだった。リアルタイムで映し出された映像ではなく、監視カメラで記録した映像をリピートした場合、モニタ内のFPGAが自動発信し、白画面を映し出すといった機能だった。つまりは録画再生ができない状態である。
「このように、このモニタはただ写すだけの代物以下になっているわけです」
拍手がくればスタンガン更生成功だったのだが、そう上手くはいかない。
「そんなことはどうでもいいんだよ」
「はぁい?」
憤怒はどこに行ってしまったのだろうか。僕は腰が抜けそうになっていた。
「新しい基板は明日に届く。金を掛ければ装置は戻ってくるんだ」
神田は疲れ切っている声を発した。言われてしまえばその通りだった。僕の限界はここまでだった。
「調子に乗っても無駄なんだよ。わかったか?」
「僕は何て言われようと、払いませんよ」
まだこんなことで争う自分が悲しくなっていた。
「ふざけんじゃねえ、お前な」
松本が歩み寄ろうとして神田が手で制した。
「あんたの友達も変わった奴がいるもんだな」
「もう居ませんよ。親友と呼べる唯一の人でしたから」
僕は意味深な皮肉を言ったつもりだったが、二人は直人が自殺した事実を知っていた。
自力で脱出した二人はすぐに東京へ戻らず、直人は病院を抜け出し、神田と松本を呼び出していた。場所は自殺の名所と言っていた橋である。
「俺のパフォーマンスを見てみろ、って叫んでたよ。何をやらかすのかと思えば……橋から飛び降りる直前、お前たちに一生忘れない笑いを見せてやると言って飛び込んだ」
直人が自殺して発見がこれほどまでに早かったのは二人が通報したからだった。橋の上には遺書が置かれていたらしい。僕の前に封筒を投げてよこした。
「何で止めなかったんだよ!」
出た大声は掠れ気味だった。僕は神田の胸に突っかかった。力が入らない。
「知っていて見過ごしたんだろ?」
止めどもない涙が流れてきた。
「なあ? あんたたちならやりそうだよな……」
僕は力なく神田の胸元を叩く、膝から力が抜けて行った。
「遺体から財布でも抜き取ったとかいうオチなんだろ。二人でニヤニヤ金勘定していたんだろ?」
「いいかげんにしろ!」
神田の一括と共に僕は突き飛ばされた。笑ってやりたかった。欲望にまみれ、人から生きる力を奪いとっていく二人を。【オブサべーションベンチャー】を。【西日本債権回収サービス】を。嘘のメールを書き込むキーボード音アルバイターを。監視カメラを、高性能モニタを、直人が作成したDVD映像を。直人達を巻き込んでしまった僕を。地面に仰向けとなり気が狂ったように笑った。
「どうしますか」
「気が済むまで放っておけ。こっちも暇じゃないんだ」
二人は冷たい目をしながら部屋を後にした。僕の泣き笑いは止まらなかった。
どれぐらい天井を見上げていたのだろうか。時間という概念さえどうでも良くなっていた。置かれていた封筒を見た。直人が最後に残した文面だった。
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俺達を追ってくる人たちへ
あんまり気張っているとろくなことないよ。
たまには笑える映像でも見てみない?
君たちが、これから体をつかってやることに笑えれば嬉しいんだけどな。
最近笑ってくれる連中が少ないんだよ。
スベッたらシャレにならないけど、まいいか。
てか、俺の右足使いものにならなくなったみたい。
スタントマンに憧れていた時期もあったから、受身には自信があったんだけどさ。
不意打ちは結構効いたね。俺のDVD第二弾の次ぐらいにつらかったかな。
それにしても脳なんて難しそうだよね。
治んないかもしれないってちらっと聞いたんだけど、ちょっと怖くなったな。
栄養、睡眠じゃ治らないかな。
痛々しいお笑いなんてのも微妙だからね。
置きみあげってわけじゃないけどおみあげとして、通報しておいたよん。
加奈達も自首してんたから当然でしょ?
では、感想は仲間へお願いします。
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僕は何度も読み返した。最後の直人の言葉を。
部屋を後にすると、キーボード部屋から音が聞こえてこないことに気が付いた。ドアも開けっぱなしであり、入って見ると、パソコンを含めたすべての機材が撤去されていた。
神田がゆっくりと近付いてきた。
「もう連絡しないでくださいね」
「この場所は四月から別の会社が入るんだ」
「じゃあ、また違うところで同じ仕事するんですか?」
「さあ、普通の就職活動でもするかもな」
神田がそう言うと、エレベーター内で開ボタンを押して待っていた松本と落ち合った。
「二度と迷惑かけんじゃねえぞ」
松本の捨て台詞である。
「僕のセリフですよ」
エレベータが閉まる直前に二人が苦笑いしているように見えた。
出社最終日、僕はお世話になった人たちに挨拶まわりで忙しかった。大半は僕の進路を心配し、決定していないと知ると、持て余すであろう時間を羨やんでいた。大野主任はいつもの調子で、久保木君のおかげで忙しいんだと言い、僕がお世話になりましたと言うと、照れ隠ししていた。
「本当に最終日だけ来るとは思ってなかったよ」
「相模課長命令ですので」
「参ったな~そんな話したかい」
「とぼけないでくださいよ」
軽口を叩ける間柄だけは築いていて報われた気がした。松本の言うとおり、僕は上司に恵まれていたのだ。
社内で特別なのは僕達退職者だけではなかった。
新入社員らしき三人の男が通路を通った。一人に見覚えのある若者がいた。考える必要もなく、僕のせいで彼女にガラス細工をプレゼントし損ねた男だった。髪の毛をバッサリ切って、とてもさわやかな青年に変化していた。
「ちょっといいかな?」
振り返った若者はあっと声を上げた。
「知り合い?」
別の新入社員が聞いている。
「うん、ちょっと先に行ってて」
彼を除く二人は、新入社員説明会会場である会議室の方へ向かった。
「ここの社員だったのか、否、社員だったんですね?」
決まり悪そうに言った。僕は謝罪した。彼は殴ってしまったことを僕以上に謝罪してきた。会社では製品開発意欲を隠し、ガラス細工的な人間関係にはならないようにとアドバイスしたくなっていた。彼女とは旨くいっているようである。少なくとも僕の二の舞にはなっていない。
堂本忍と自己紹介した彼は、IC設計部門に配属されるらしかった。一日だけの後輩である。上司の名前を聞く、僕と入れ替わりだった。
「じゃあ、四月から一緒に働くんですね。偶然ですね!」
軽い口調のお調子である。握手を交わすと、必要以上に振り上げられた。
「予定ないなら詳しい話は後で聞かせてあげるよ」
「喜んで」
赤外線通信での連絡先交換をし、堂本は駆け足で二人の後を追っていった。
駅周辺の居酒屋は予約席二十人席を残し、満員だった。後三十分もすれば送別会が始まる。僕達は端っこに座って向き合った。
「予約していたんですね?」
「飲み会なんだ」
会社がどういうところで、IC設計の上司がどういう人なのかを掻い摘んで説明した。
「僕からのプレゼント」
USBメモリを取り出した。倉庫で仲間と過ごした軌跡でもある、八K解像度に対応したICの設計データを詰め込んである。
「何ですかこれ?」
「プレゼントを壊してしまったお礼だよ。他の人には内緒だからな。今はわかる必要がないよ。中身を見て、わかるようになったら検証してみて」
「はあ」
使い古しの工具をもらって戸惑った後輩そのものだった。
「でもいつまでもわからないようだと僕と同じ運命になるから気をつけないと」
「ちょっと意味がわからないのですが」
馴染み深いメンバーが集まった。堂本はようやく僕がいなくなることを理解していた。浴びる程飲んだお酒の後に花束を受け取った。
これで事は済んだ、が勘違いしないでほしい。直人のもとに行くと決めたのは後追いするわけではない。彼の分まで生き、面白味のある技術者を目指していく。そのために彼の眠った姿を拝みにいくだけだ。ついでに真奈美の顔を拝みにも。
了
久々に読み返してみたのですけど、ジャンルは『冒険』って感じじゃありませんね(^^;
もっとスンゴイ小説を!
書けるよう修行します。
長らくお付き合い頂きありがとうございました。