表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリアスボード  作者: 京理義高
38/39

◆三章 基板解析の旅(これから真奈美とはじめられるはず)

「な、直人!」


 体が凍り付いたように動かなかった。直人が頭を垂れるまでの瞬間、黒目が失われてゆくのが見えた。本当の恐怖に耐性がなかった。松本は両手で弛緩しきった体を抱えると、段ボールの束に突き飛ばした。直人は放物線を描いていた。


「な、にするんだ……よ」


 相当な腕力である。以前に出くわした若者とは別物であり、目が完全にイっている。殺意とは彼の放つ雰囲気を言うのだろうか。


 人懐っこい笑顔になった。


「俺のセリフだろ。相手が誰だと思ってやっているんだ。お前たちはやりすぎなんだよ」


 直人に駆け寄ることは出来なかった。松本が小型ナイフを取り出した瞬間、恐怖で全身が引きつった。脇に冷たい汗が噴き出してきて、額、背中に及んだ。ゆっくりと、着実に歩み寄ってくる。


「や、やめろ」


「あれ~電話口での威勢はどこにいったのかな?」


 小型ナイフが僕の方に向いた。


「ち、ちょっと」


「怖いのか。そうかそうか。可哀そうにな」


 僕は後ずさった。松本は背後をチラッと見て、微笑んだ。行動が読まれているようだったが関係なかった。後にある出口から逃げようとした矢先、羽交い締めにされた。首を後ろに向け、背後の男が神田であることがわかった。鼓動が全身を揺れ動かしていく。いくら力を加えてもびくともしかなった。


「安心しなよ。これでブスって指しても面白くないだろ?」


 神田は機械のように音を立てなかった。松本が小型ナイフを仕舞った瞬間に拳が下腹部を捉えた。


「うっ」


 呼吸困難に陥りそうだった。目一杯の酸素を吸い込んでも喉に引っ掛かる感覚があった。打点を手で抑えたくても神田がそうさせてくれない。離せ、神田には届かない。彼の息遣いさえも感じなくなってきた。松本の蹴りがふとももを捉えた。直接的な痛みが走る。自分の力では立っていられなかった。


「サンドバックみたいだな。それも腐りかけているやつ」


 声がまともに聞こえてこなかった。彼の発音が悪いのではなく、僕の聴覚がいかれてきたのだ。頬に拳が叩き込まれ、後髪が神田の鼻に触れると、手を離された。どさっと地面に膝をついた。痛みは別の場所に集中している。息つく暇もなく背中を蹴ってきた。再度襲ってくる呼吸の乱れ、胸を押えて必死に酸素を取り入れた。


「神田さんも乱暴なんですね?」


「やってみると気持ちいいもんだな」


 どう調理しようか打ち合わせをしているコックだった。僕はお客に出す料理のための素材に過ぎない。決して逃げられない。神田は僕達の作業場を物珍しそうに見ていた。


「これはモニタの基板だな?」


 神田は見てくる。僕は力なく頷いた。


「オタクの遊びって感じっすね。暗さが写りそう」


「言うね。技術者にそのまま話そうか?」


「止めてくださいよ~神田さんの知り合いは危ない感じがするんで」


「どんなイメージなんだよ」


 二人で笑い合っている。松本は直人が使っていた半田ごてを持ちだし、僕に近寄る。


「これ、熱そうだな」


 自分の手を近付けて温度を確認していた。


「おっと」


 わざと転んだふりをして半田ごてを手放した。手の甲に直撃した。急いで引きはがすときれいに一本の線が走り、皮膚の焼けた匂いと控え目な煙が立ち込めた。今度は、瞼と頬に拳が飛んできた。歯が口の粘膜に刺さり、鉄の味がした暖かい液体が毀れてきた。


「や、め……」


 しゃべれなくなっていることに愕然とした。これだけの痛みがあるというのに、目の前は霞んでいく倉庫と松本が写っていた。


「はあ? なんて?」


 黙っていたみに耐えるしかなかった。


「何て言っているか聞いてんだよ!」


 肩に蹴りが飛んできた。当たった場所よりも頭痛と吐き気が襲ってきた。神田はいたぶりに飽きたようで、大人しく出口付近に寄り掛かっていた。立とうとしても無理だった。


「手応えねえな~」


 松本は煙草に火を付けると、直人が倒れている段ボール付近に腰を下ろした。


「あう」


 松本の体はきれいに反り返った。火の付いた煙草は地面に落ちても消えなかった。直人はスタンガンを松本の背中に付きつけていた。神田が駆け寄った瞬間真奈美が見えた。彼らが車で掛けていた爆音楽が幸いしていた。しかし、真奈美が近付いた瞬間に神田は気が付いた。僕は立ち上がる事が出来た。真奈美があっさりと取り押さえられたかと思うと、スタンガンだけが僕の方に飛んできた。


 ブンという音と共に、声を上げずに神田が倒れ込んだ。僕も力尽きた。しばらくの間、動けずにいた。


「ナイスタイミング」


 救急車が到着するまでの間、真奈美は頼りない縄で神田と松本の体を縛りつけ、口を塞いた。倉庫の中で一番大きい段ボールから古くなったものをだし、詰め込んだ。その姿があまりにも淡々としていたので、


「手慣れている感じがするんだけど」


「農業もやっていたから力はあるの」


 そういうことじゃなくてと言う元気はなかった。


 倒れていた直人を置き上がらせると、頭からドミグラスソースのような粘り気の出血があった。頭痛が激しいようだが歩けない状態ではない。


「悪い、もう少し休ませてくれ」


「ああ、すまん」


 直人はへたり込んだ。


「お前あんだけどつかれて、良く平気だな」


 運がいいのかもしれない。前にもやられたけどたいした怪我じゃなかったしと言おうとしたが、旨く舌が回らなかった。



 真人は病院送りになった。真奈美の母親と同じ病院である。次の日になって医師の診断では、頭蓋骨の骨折であり脳の損傷具合をみる限りだと半身不随になる可能性も考えておく必要があった。


 僕は簡単な手当てを受け、病院のベットで横になっていた。睡眠薬投与の手助けがあり、十時間眠っていたことになる。目立った外傷は瞼の腫れだけだった。かばっていると歩きずらくて、しやべる度に痛みが走るあばらのレントゲン検査は後回しになった。


 規則違反であると認識しつつも、地下にある霊安室へ向かっていた。病院は一階が総合受付、各科診察室、二階は手術室、病院の職員室、三階から五階が入院患者の部屋になっていて、地下が霊安室となっていた。エレベータに備え付けの看板には、それぞれの階数に合わせて案内が記載されていた。地下だけが曖昧な表現で記載されていた。それでも、地下になにがあるか皆わかっている。


 エレベータはゆっくりと下って行った。僕に立ち入っては行けないと暗示しているかのようだった。B1のLEDが光り、ドアがゆっくりと開いた。人気はなく、一回の開かれた雰囲気とは正反対の閉ざされた雰囲気だった。僕のような人間が来ても無力なんだという体制が整った構造だった。関係者以外立ち入り禁止の標識があって、僕の好奇心はそがれた。立ち止まって何もできないでいた。


 立っている場所からまっすぐに廊下が伸びて、行き止まりがT字となっている通路に担架を引いた医師一名と看護婦二名が通り過ぎた。小人のように小さく映った。担架に乗っていたのは紛れもなくこの世を去った者だった。数十分後に家族と思われる一般客が続いた。事故で緊急に運び込まれた者が死亡し、運びこまれたのだろう。僕は居たたまれなくなった。なぜこの場所に踏み込んでしまったのかと後悔した。


 その場を後にした。エレベータを待っていると、僕は恐らく先ほどの場面は夢に出てこないだろうと思った。年齢を重ねていくことで得たのは、ある種の冷静さと豪胆さだった。それらは仕事に役立つものではなく、感じやすい感情がすり減っただけなのだと思う。


 休憩所は入院患者と関係者で賑わっていた。見舞に来た真奈美と歩いて行きついた場所は屋上である。鉄柵は錆びついている箇所もあり、中央に佇んでいる監視塔の外壁は汚れが目立っていた。清潔感のあった病棟に比べ、別の場所にいる感じが漂う。


「傷はもう平気なの?」


 真奈美は僕の腫れあがった顔を見ながら聞いてきた。


「うん、若いから回復も早いんだ」


 おどけて見せたが、真奈美は笑ってくれなかった。むしろ何かを言おうとして迷っている様子である。


「私達も逃げているばかりじゃいけないよ」


「そうだね。彼らが襲ってきたことで戻りやすくなったよ」 


 真奈美は直人の看病をすることになった。


「勇気をくれないかな?」


「どうすれば昌哉の勇気になれる?」


 倒れ込むように抱きしめ、キスを交わした。真奈美に抵抗はなかった。


――これから真奈美と始められるはず。


 そう願って。


 倉庫に戻って見ると二人の姿は無かった。身支度を済ませ東京に戻ることにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ