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ミステリアスボード  作者: 京理義高
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◆三章 基板解析の旅(12)

 加奈はどこか遠くへ行くつもりは無かったようだ。深呼吸を繰り返し近くの山を呆然と見ている。放置しておけば、自然と誤りに来るように見える。


「ドライブでも行かないか?」


 加奈は力なく頷いた。普段は同性であってもドライブに誘うことは滅多にない、相手が弱っているという事実をエサに、遠慮という垣根を簡単に越えられる自分を卑下してもしょうがなかった。


「行く宛てはないけどさ」


「いいよ」


 山道は優雅におしゃべりをしている余裕を与えてはくれなかった。ハンドルさばきを誤れば谷底に落ちてしまう。怯えた運転で無口になった僕と精神的ショックで無口になった加奈、さんざんな空気が漂っている社内にはラジオさえも上手く機能してくれなかった。


「ここら辺で止めて」


 加奈は唐突に言った。道の途中に車が止められるスペースがある。停車してみると高台だった。緑のなかに民家が点在していた。


「運よく穴場についた感じだね?」


 夜になればナイトスポットになるのではないかと考えていた。


「元彼に良くバイクで連れてってもらった」


 意気消沈した。僕は切ない思いでの地に関しては縁があるようだ。嫉妬しているわけではないが、せめてもっとマシな場所を選ぶべきだった。


「思い出したくない、って場所ではないよね?」


「もう忘れちゃった」


「安心したよ」


「引きずらないから」


 聞こえない程度の溜息をついた。


「偉ぶっていた父があれじゃ、色んな思い出だって忘れるよ」


「そういうことか」


 妙に納得した。加奈は髪の毛を耳に掛けると、


「犯罪なんでしょ? 懲役はどれぐらいなのかな?」


「わからない」


 即答しないで考えてよと言った加奈は座りこんだ。地に尻を付けないで膝を抱える体制が様になっていた。


「盗聴しているのを聞いている限り、認めないつもりっぽいね」


「【オブサべーションベンチャー】がどんな組織であるか知っているのであれば、別かもしれないよ」


「知っているでしょ。知らないふりをしているだけ」


「僕だって色々調べて見るまでは分からなかった。どんなに頭が良くても気が付かなかったり、詮索しないようにする人だっているからさ」


「それで?」


「信じてみようとしている段階かもしれない、ってこと」


「なんかどうても良くなってきた」


 加奈は立ち上がると大きな伸びをした。実際思い悩んでいないことを願ったが、


「父さんが戻ってくる日に戻ってみようかな」


「喜ぶと思うよ」


「お母さんのためだから」


 両親の呼び名に微妙なニュアンスの違いは加奈の愛情度を示していた。母親とは友達に近い関係であり、理解者であることを語っている。聞いていく内に気持ちが解れ、違う場所に連れていってくれと指示してきた。 


 車内に戻り、車をバックする時、助手席に顔を寄せ、加奈は見事に遠ざかっていた。僕は口臭を意識したが、不快にさせるまではいかないという結論を得た。


「私って田舎っぽいかな?」


 手櫛で髪の毛を整えながら言った。スカートが捲れ気味であり、ふとももが半分以上露わになっている。


「そうでもないよ」


「じゃあ、可愛い?」


 膝に手を付いて顔だけ寄せてきた。


「……もちろん」


「本当かな~ てか聞きたいんだけどさ。直人ってどんな人が好きなの?」


「そうだな、気が強くて、しっかりしている人だな」


 僕は元カノの話を事細かに説明した。ここにいるのが僕ではなく、直人であればとれだけ上手くいっていたのかをシュミレーションし、どっと疲れが出てきた。


「高校ってどこにあるの?」


「この道をまっすぐ」


 帰は寄り道していった。加奈の通っていた高校は小学校程度の広さしかない。サッカー部員が浅黒い肌でボールを必死に追いかけている。木陰に車を止めた。


「卒業式は終わったころかな」


 懐かしいものを見るかのように言った。


「戻りたくなったんじゃないの?」


「いつ戻れるかはわらないけどさ」


 その時僕は加奈が言った言葉が何を意味しているのか分かっていなかった。友達とも上手くやっているみたいだし、クラスで浮いた生徒だとも思わない。


 鉄網の向こうに、ものすごいジャンプ力を誇る男がヘディングでゴールを決めた。同じチームの仲間が寄ってたかって抱き合っている。


「サッカー部に好きな先輩がいたの」


「カッコイイ感じの人?」


「当たり前でしょ」 


 僕は恋の話が得意ではない。経験が少ないというより、明日香との付き合いもまぐれで成就したものだったし、学生時代もまともに女の子と話せなかったからだ。


「その先輩とは付き合えたの?」


 首を横に振った。


「可愛くて純粋な彼女がいたから、見ているだけ」


「なに気にいがいだね」


「人を外見で判断しないで」


 割と真剣な表情であったので、性格を含めた印象なんだけどなという言葉は飲み込んだ。


「コクっちゃえば良かったのに」


 人事であれば何とでも言えるのだ。


「さわやかで無理だって思ったから。私ね、自分からコクれないの」


「おっと、自慢、じゃなかった、えっと」 


「わけわからないんだけど」


「変な意味じゃないんだ」


 呆れている加奈に歩み寄ってくる人がいた。赤いジャージを着たマネージャーらしき女の子だった。鉄網の向こうから手を振ってきくる。加奈が知らんぷりをし、大周りして校舎を出てきた。類は友を呼ぶがどこでも通用する明言なのであれば、明らかに違ったグループに在籍している女の子だった。僕は何となく助手席のドアを開けた。


「加奈、だよね?」


 声をかけられた加奈はきまり悪そうだった。友達と聞いて見ても下を向いたままである。軽く会釈をして、 


「戻ってきたんだね?」


「まあね、部活はクビになっていると思うけど」


 女の子と目を合わそうとしなかった。


「そんなことないよ。皆待っているんだから」


 にっこりと笑っていた。僕はそうした方が得策だと思い、車を出て鉄網に寄り掛かっていた。ちらっと加奈の顔を伺ってみると、かなり不機嫌な顔になっていた。サッカー部の気合を入れた声で二人のしゃべっている内容がかき消される。盗聴癖だけは直そうと思い、さらに離れてサッカーの練習試合を見ていた。


 気長に待っている必要はなかった。背後から声がかかってきた。


「加奈をよろしくお願いします」


「あ、はい」


 彼氏と勘違いされたらどうしようかという不安と期待が入り混じった状態で頷いた。屈託のない笑顔を向け、校舎に戻っていった。


「友達なの?」


 顔を背けたままだった。サイドミラーで僕と目が合った。


「同じだったサッカー部のマネージャー」


「そう」


 僕は車を発進させた。道を進んでいると、正直どこから生徒が通っているのかわからなかった。民家が点在していたのは最寄駅とされる駅周辺ぐらいだからだ。


「あの子が先輩の彼女」


「へえ~」


「お似合いでしょ?」


「……たぶん」


 加奈には直人がお似合いだ。僕は役に立たないキューピットだと思っていた。


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