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ミステリアスボード  作者: 京理義高
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◆三章 基板解析の旅(10)

 生活で出たごみをどう処理するのか、真奈美の答は焚き火にして焼却するだった。有毒ガスが発生する物質だったとしても、ここは当たり一面自然である。四人で薪を集め、火を囲んで座る。街灯がなくとも皆の顔は見渡すことが出来た。


「地球にやさしいキャンプファイヤァあああ」


 直人は叫びながら体で火の文字を作り出した。それだけに留まらず、ロングピースを二本口に加え、炎に向かっていく。前髪が焼ける匂いがあり、鼻から煙を吐き出す。彼は煙草を吸わない。証拠に酔っ払いのように足元がふらついている。


「面白くないから」


 加奈は突っかかった。或る種接した経験のない馬鹿さ加減に杭を打つ鋭い感覚が露わになっている。戸惑いではなく物珍しい人物を見て危うさを制御していると映る。


「ごめんな、盛り上がるかと思ってつい、調子に乗って」


「だから謝まんなって」


 冷めた視線を向けている加奈は落ち葉を炎の中に投げた。着地した落ち葉は灰となっていた。


「どうしたらええねん?」


「もう、調子くるうな」


 真奈美は微笑ましく見守っていた。僕も同じように見守っているはずである。旨く表情が作れているかは別問題として。二人のやりとりは見ていて楽しかった。フォローしなくても世界が回っていく感覚である。丁度僕が退職しても、有休休暇をいくら使ったとしても会社の経営に支障はない事実を物語っているかのようだった。


「直人を相手にすると疲れるんだけど」


 加奈は真奈美に助けを求めた。


「そうは見えなかったよ。お似合いじゃないの。ねえ?」


 僕に同意を求めてきた。迷いなくお似合いだよと言った。


「チョー最悪なんだけど。お似合いなわけないでしょ」


 満更でもないと思うのは、時折、直人の運転で加奈を連れだしている光景があるからだ。友達の誘いを断り、直人からの誘いを待っている感じもある。


「加奈はそう思っていたの?」


 切迫した態度で直人は聞いた。手本にあるロングピースは最後の灰を地面に落とし、フィルター直前で火を消していた。


「なによ」


「俺は加奈に気に居られようと、思っていたんだけど。俺は結局、最悪なんだね」


 直人はガッツリと頭を垂れた。受け口が下に伸びで、目が虚ろである。見たことがない落ち込み様だった。


「ちょっと、へこまないでよ」


 特大の丸太が爆ぜた。バチンという音が身を震わせる勢いだった。直人の体は微動だにしない。


「加奈ちゃん素直になろうよ」


 僕は言った。自分に言い聞かせるべく言葉だった。さらにからかう。


「二人とも設定じゃなくて、付き合っちゃいなよ」


「なんかいいかも」


 真奈美も乗ってきた。素直な気持ちだった。雰囲気からの発想ではあるが、勢いで発した言葉では決してない。


「はぁ? 皆して大丈夫?」


 引き金に怒涛のクレームが襲ってきた。日頃の鬱憤が加わり、実にストレートな表現なので心が折れそうである。頼むから納まってくれ、思い続けた。


 それから家庭事情の話になった。


「僕の父が酔っ払った時に冗談を言っていたんだ。出世して課長になり、部下に十万もする食事代を奢った。十年後、昨日の夕食は十円の食事代だった」


 びっくりする位の失笑だった。僕にとって父親の冗談は貴重であるのだが、弁明する気力がなかった。


 加奈の言い分は真奈美の言っていた話と遜色なく、両親からの離脱という意味で家出を繰り返していた。僕は真奈美達の父親に関しては殆ど知らないし、心理学にも興味がないから、ほとぼりが冷めるまで距離を取るのか、面と向かって話し合うのが得策なのかがわからない。現に親の有難味という単純な感謝も一人暮らししてやっとわかったようなものだ。人の精神はもっと複雑に絡み合っているはずだ。


「人形じゃないんだから、何でも思い通りになるんだって勘違いしてるし」


「思い通り、まではいかないと思うけどな。どうしようもない娘にはなってほしくないんだ。きっと、俺だってわかるもん」 


「変わらないって」


 作用、反作用の法則だった。反作用は作用した父親にエネルギーが返っていくのではなく外に向けられているのだが、結果的には父親の精神的ダメージとして返ってくる。特に加奈の鋭敏な感性は向けられた作用以上の反作用を発生させていると推測する。


「学校行かないとダブるぞ」


 直人は真面目な顔だった。彼は高校時代に二年間同じ学年で過ごした経験があった。


「別にいいでしょ。父さんみたいな説教しないでよ」


「俺は勉強しないとやばい的な話をしたいわけではないんだ」


「一緒だよ。つまんないんだけど」


 僕は言い合いになると妙に中立を保ちたくなる。喧嘩するほど仲が良いというジレンマも信じてはいない。戻る力が備わっていなければ互いの気持ちは離れる。


「分からなくてもいいや」


 投げやりになると加奈は心配していた。


「はっきりしてよ」


「ちょっとした気の緩みかもしれないげどさ。テストを受けないで遊んでいる時間は楽しいよ。皆とは違う時間を過ごしている自分に酔って、俺は特別な人間だからなんて思っちゃったりする」


「思ってないよ。それじゃあお父さんと変わらないし」


「でもそれって一瞬なんだ。一つ下の同級生と修学旅行なんて行っても楽しくはない。二つ下の同級生に腫れもの扱いされたとしても特別なのではなく自分を見失うだけだ。失った時間の重さは倍以上になって帰って来る」


「倍以上ってなに?」


「父親は自殺したんだ。俺はそのせいにして勉強も学校も軽視した」


 僕は直人の父に一度だけ会っていた。高校生になりたての頃、気の優しいおじさんという印象だった。


「そう、なんだ」


 加奈は唾を飲み込んでいた。


「真面目過ぎたんだろうな。気が弱くて慎重で。優しい感じだった。死んでからの後付けだけどな」


「うん」


「仕事で重度のプレッシャーを抱えていたことを知ったのは帰りが遅くなり、アルコールに溺れるようになってからだった。家族を支える手段として選んだと思えば、酔った勢いで殴られたとしてもしょうがないって思えるようにはなったけどね」


「誰だって弱い部分もあるってことだよね?」


 真奈美は悲しそうな顔で問うていた。僕は手相を見ながら黙っていた。


「だな。その頃は感じ取ることが出来ず反発を繰り返していた。親父ぐらいになれば、悩みもなく社会的に認められて、俺の言動に説教を入れるぐらい偉ぶって、なんてものは幻像なんだと思ったよ」


「ちがったんだね」


「ああ、毎晩真っ赤な顔をして帰ってくる親父は次第に黄色くなって、異様な顔色になった。無休で働いてきたのが調子に乗った時の自慢だったんだけど、どうしても仕事にいけない日が続ようになった」


「アルコール中毒ではないのかな?」


 溺れていく気持ちはわからないでもなかった。気分が乗らない時はお酒に頼る方法は間違っているとは思わない。


「診断は肝臓癌、ずっと前から総合失調症と言われていたらしく、神系だけではなく、内臓の機能を低下される作用があるらしいんだ。精神治療剤を投与したら余計に悪化するんだと決め込んでいた親父は、アルコールで誤魔化していたのだと思う。俺にとってはちょっとした気の緩みだけれども、親父が死んでダブった後は今でも夢に出てくるんだ」


 直人は皆の顔を見てから話しを止めた。僕にも父親の自殺理由に関しては話をしていなかった。場の空気を病的なまでに気にする彼は、悩みさえもお笑いネタとしてくる。父の自殺はお笑いネタとして昇格させるには不可能だったのだろう。


「考えてみるよ」


「ああ、ちょっと重い話になっちゃったけど」


 炎の力は弱まってきていた。誰も加熱材料をつぎ足そうとはしない。


 加奈の反発エネルギーが電圧、父親のしつけがトランジスタで電圧増幅されたのだとすれば、直人が抵抗となり、旨く電圧降下させている。逆に加奈の反発エネルギーが電流でないことを祈るばかりだった。


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