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ミステリアスボード  作者: 京理義高
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◆三章 基板解析の旅(8)

 直人が運転する車が到着した。雨は止みかけている。遅いぞと声を掛けようとしたが止めた。助手席に加奈が乗っていて、僕達そっちのけで会話している様子は微笑ましくなる。加奈の見たこともない表情が直人に向けられていた。


 帰路には溢れた川が存在した。コーヒー色をした大量の液体が僕達の進路と逆流している。一瞬車のライトが当たりミルクティー色に変わった。標高を増していく。ようやく車で渡れる橋が現れた。


「高いところに橋があるんだな」


 僕が言って、直人はブレーキを踏んだ。見降ろすとそこは谷だった。コーヒー色の川は谷底を蛇行して流れ、ちっぽけな存在になっていた。


「大丈夫かな、この橋?」


 橋の下に放物線状に鉄骨の支えがあるだけの橋。つり橋に似て心もとない。忍び足でも揺れが加わってきそうだった。僕は最下部の地面に支柱がない橋は嫌いだった。


「自殺の名所らしいぞ」


 直人は臆面もなく橋から覗きこんで言った。見ているだけで僕も引き込まれる感覚が襲ってきた。


「頼むから、それ以上身を乗り出すなよ」


「これは絶対助からないな」


 無視である。直人の危なかしさは自分の興味と紙一重だ。 


「見た人がいるの」


 神妙な面持ちで加奈が言う。


「幽霊とは言うんじゃないだろうな?」


 皆に表情がなかった。


「飛び下りた瞬間を」 


「早く帰ろうよ?」


 真奈美がいなければ、現場でリアルな話を聞かされるところだった。二人で打ち合わせしたんじゃないかと思わせるタイミングである。まったく達が悪い。


 市内まで出向いて銭湯に入り、食事を済ませてから倉庫に戻った。


 真人と加奈が異様にアイコンタクトを取っている姿は気になったが、両者とも心の垣根を容易に超えてくるタイプであることは間違いない。知らないうちに秘密を共有していても可笑しくはない、そう思うと落付いた。


 気分転換しても調査が滞っている事実からは逃れられない。これからどうアプローチしていくかが思い浮かばなかった。真奈美と加奈は車内に残って話し合いをしていた。とりあえず必要機器に電気を投入し、体裁だけは整える。


「あのさ、昌哉君」


 直人は問うてきた。僕は腕を組んで考えていた。


「これからどうするかな? アイデアないかな?」


「たぶんどうするかは決まっていると思うよ」


「どうして?」 


 最後に基板の電源を入れた。実は電源を入れっぱなしで出かけたのではと思っていたので安心していた。しかし、動作検知するLEDが光らない。


「あれ、電気コード壊れたかな?」


 基板からケーブルを辿っても破損しているようには見えなかった。試しに差し込み口を変えてみたものの、状態に変わりがなかった。


「違う、と思う。それはだな」


 直人の独白が始まった。友達と遊んでから戻った加奈は誰も居ない倉庫で持て余し、雨で濡れた手で基板を触った。電源が入っていることを知らなかった加奈はメインのFPGA表面にも触れており、仲指の内側が真っ赤に腫れあがっていた。過電流による高熱が火傷させていた。恐らく電源、グランド間のショートが原因なのだろう。要は基板をこわしてしまったらしい。


「マジ、かよ……」


「ごめんなさい。わざとじゃないんだよ」


「知っているよ」


 棘があった。優しく慰める心もショートしてしまったようだ。戻ってきた加奈と真奈美は何度も誤った。一つのデバイスが故障することで被害が全体に及ぶケースは少なくない。とはいえ、電源を落とさずに外出した自分のせいでもある。動かなくなった監視システムを見下ろす神田の鬼神じみた顔がちらつく。僕は途方に暮れた。


「修理はできないのか?」


 直人は言った。切れてしまったヒューズを取りかえ、テスタで導通チェックを行う。当然のことながら電源、グランド間のショートは改善されていない。


「FPGA内部ショートが怪しいな」


「このFPGAを取り外しできないか?」


「厳しいんじゃないか」


 僕は倉庫を見渡してから言った。


 基板に付いているFPGAだけを取り外す作業は普通の技術者が人力でやる代物ではなかった。ICの裏面と基板底に半田の接続点があるBGAタイプである。ましてや自家創作に毛が生えたような機材しか揃っていないのだ。仮に取り外しが出来たとしても、新たなICを付けるのは神業がないと出来ない。さらに直人も経験がなかった。


「壊れてしまったのならやってみるしかないよな」


「まあ、そうだけど」


 直人はFPGA周辺回路部分に保護テープをグルグル巻きにし、二百五十度を越すドライヤー、ヒートガンとピンセットで取り外しにかかった。女性陣は縋る思いで見つめている。素手には相当な熱がかかっているはずだったが、顔を顰めるだけで作業は止まらなかった。わずかな可能性に掛けてみるしかなかった。


 FPGAがピンセットの圧力で飛んだ。基板の裏面は煙を放っている。不規則な状態で凝固した半田をならしていく。


「こんなところかな」


 直人の手は震えていた。僕に手渡し、ゆっくり水道の方へ歩んでいった。


「ショートは無くなったようだね」


 テスターは〇オームから五百キロオ―ムを指した。加奈は新たなFPGAを取りよせるためにメーカーへ連絡し、真奈美は不足している半田こてを探しに出かけた。


「直せるんじゃないか?」


 直人の額には玉状の汗がいくつも浮かんでいた。


「ただ、直せたとしても設計プログラムを一から作り出すのは時間的に厳しいな」


「そんなにないのか?」


 時間とは最終出勤日までにと設定した僕の都合だった。一年ぐらいかければ出来るかもしれない。


「頼むから、あきらめないでくれよ」


「わかっているよ」


「ノートパソコンにデータが残っているんじゃないのか? いつも弄っているんだろ」


「あれは動作シュミレーション結果で、あっ、ちょっと待てよ……」


 ふと【オブサべーションベンチャー】のパソコンから吸い上げたデータを思い出した。暗号かと思わせる意味不明なファイルネームを頭から引き剥がし、一語一句辿って行くしかなかった。恐ろしく膨大な分量にもかかわらず、試しに書き込み可能なデータなのか確認したが完成形でないと判明した。それでも僕は壊れたFPGAに使用された設計データではないという懸念は抱かなかった。もう頼るのはこれしかなかったからだ。


 朝までかかってようやく信じていたものであることを確認した。恐らく七割程度の設計は完了している。


「これなら間に合うかもしれない」


 一言で皆が安心してくれていた。しばらくしてからFPGAが届いた。直人が接続に成功した時になって、連日の徹夜になろうとも、がんばれる気になっていた。


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