◆三章 基板解析の旅(7)
突然真奈美と二人きりになって、何を話していいかわからなくなっていた僕は、それを誤魔化すかのように建物内を吟味するふりをしてヒューズとコイルを頂くことにした。直人であれば明るい冗談で和ませていたはずだ。
「平和だったらもっと楽しいんだろうな」
遠くを見ていた真奈美は言った。
「仲間と一緒に笑って過ごして、目的もなく、しばりもなく」
「きっかけがあったから過ごせるんでしょ」
「それもそうだね」
日が落ちる時間は早く、曇空と山がコンビを組み暗闇作成を促進させていた。懐中電灯ぐらいは持ってくるべきだった。散乱している部品だけでは光を作り出せそうにない。
「加奈の気持ち、わからなくもないんだ」
体の輪郭がぼやけてきた頃、真奈美は言った。
「家出の話?」
「うん。過保護な父だからさ。兄弟に男の子がいてくれれば楽だったのかもしれないけど、絵に描いたとうな厳格な父って感じでさ」
真奈美は乾いた土を靴で掘り起こしながら言った。僕も真似てみる。直に固い層が現れ、侵入を拒否してきた。
「門限とかは?」
「六時なんて部活も出来ないよね。髪の毛はショートカットで、スカートは膝下で、成績は中以上で。結婚相手は公務員で、あ、ごめんね」
「ううん。聞いているから続けて」
「きりがないんだけど、大学が東京で反対はされたの。親元を離れるなんて親不孝だって自分から怒鳴ってくるんだから誰だって出たくなるよね?」
僕はどう答えるべきか考えた。
「遠慮しないていいよ」
「僕でも出たくなるよ」
いくら粘着質であっても、可愛いと思う子供を持って親の気持ちもわからなくはない、言い留めた。
「すっきりした」
「あまりいい聞き役ではないかもしれないけど、気持ちが晴れるのであればいつでも相談乗るよ」
「お願いね」
関係者以外立ち入り禁止区域を進んでいる感覚だった。ぎこちない空気に新たな経路によって澄んだ風が流れてくる。
「なんで別れちゃったの?」
「あれは」
ホワイトデーの出来事、コインロッカーに収めた指輪、真奈美は何でもお見通しだった。僕の中ではまだ整理しきれていなかった。
「振られたんだ。当然だと思うよ……」
「私が聞いてすっきりするかな?」
僕は頷いた。
「僕は言葉に出さないんだ。好きな気持ちも、褒めてあげるにしても、欠点を言うにしてもね」
「まったくではないんでしょ?」
真奈美が怪訝な顔をしている。僕は曖昧に頷いた。
「相手の気持ちが離れた姿を見てから後悔する。言うタイミングがとっくの昔にあったにも関わらず、今さら言おうとするんだ。結局は言わないパターンの方が多いんだけどね」
「私にもそういうところはあるかな」
「蔑にされていると思わしちゃうんだろうね。妙なところで神経質だから、他愛のないことに取り組んでいると視野が固定されているんだよ」
「例えばどんなことなの?」
「仕事が几帳面かと思えば部屋は汚かったり、人の分析で鋭い箇所を指摘しているかと思えば、自分は伴わなかったり」
そこまで言い終えると、真奈美は考え込んだ。僕は着飾っていない自己分析を淡々としやべっていたことに対し、気恥かしさが芽生えていた。
「隠れ自分勝手ね」
屈託がない笑顔を向けられて戸惑った。機械を相手にする仕事なのだから関係ないと思った時期もあった。やることだけをやりスペシャリストになればそれでいい。しかしスペシャリストを目の当たりにして、彼が自分勝手の特権を好き勝手に駆使しているわけでもないと知ったのは最近である。つまり彼は突出した部分だけを表舞台に置いて、影ながらの苦労を隠蔽していのだ。
「直していこうとは思っているよ」
「誰にでも優しく接する努力はいらないと思うんだけどね」
「そうだね、無理でしょ」
「今はちゃんとやっている。私はそう思うよ」
「がんばれるのは巻きこんじゃった感じがあるからかな。皆と共同作業をしているとやる気が湧いてくるのかもしれないし」
「皆、自分の意思で動いているから気にしないで」
顔を歪めていた。涙の洪水を必死で堪えている。ここで雷が走れば真奈美と急接近し、さらに距離が縮まるのではないか考えている矢先、暗闇に光が灯った。