◆三章 基板解析の旅(6)
「外敵に追われていなければいいな」
真人は言った。思い返せば、神田と松本に追われるべき人物は僕だけで済んだはずだった。
「そうだね。きっとうまくやっているよ」
真奈美はその場を後にすると、立ち止まっていた僕は尻を叩かれた。
「めっちゃテンション低いけど、廃墟が怖いのか?」
「別に、怖くない」
「そっか。俺達がいれば怖くないよな。外敵に追われていたとしても」
真検な顔をして言ってきた。尻を思いっきり叩き返した。真人はアォウと言って海老ぞった。
「遊んでないで、早く来てよ」
「待ってよ~」
呆れた真奈美ははしゃいだ子供を見ているような顔をしていた。
学校内は暗くなったら絶対に見たくもない場所だった。肝試しの範疇を超えたロケーションである。霊能者がそこに霊がいますと発言すれば、何の疑いもなく信じるだろう。玄関口には立ち入り禁止の看板が雑に転がっていた。
「ちょっと入ってみようよ」
「えっ、行くの?」
「大丈夫だと思うから」
真奈美がそう言って、躊躇しながら校内を調べると、下駄箱は荒れ放題でカビ臭かった。掲示板の紙は禿落ちていた。廊下には窪みがあり、小さな水たまりができている。部屋には生徒用の机が残っていた。どれをとっても使えそうにない机と椅子だった。構造は一学年三組で、一組は三十名で三建てとなっている。
「これはひどいな」
「マナピーの母校にひどいはないだろう?」
「ごめん」
真奈美はやりとりを我関せず学校内を観察していた。
「真奈美ちゃんはだめで、マナピーだったら呼んでいいの?」
「なんの話?」
「こっちの話」
どんな悪いヤンキーが校内で暴れたとしても、これほどの廃墟にするやつはいないだろう。満遍なく、絶望的な破壊だった。この学校を建築した人たちは、この様子を見てどう思うのだろうか。古い学校だからなと割り切れるのだろうか。
真奈美は黒板のほこりを指でふき取ることで何かを思い出しているようだった。最上階へ続く階段を昇り、ドアが欠損した部位から光が立ち込めている。
屋上は予想通りの廃墟だった。地面は長年の雨が運んできた汚れをすべて吸収していた。それでも校内にいるよりはマシだった。深呼吸をして、屋上から見下ろすと大した発見ないようにみえたが、直人が指したのはゴミ貯め場に似た場所だった。
「車のスクラップ場だったの」
「え、そうなの?」
そう言った真人は僕の方を向いた。卒業創作時に、創作アイデアを求め、近くの車解体工場に出向いていた。やさしい工場長だったので、見るだけではなく、必要なものがあれば無料で持ち返っても許された。同じ学校では車に夢中だった人達が集まる場所で、タイヤやエンジン等のパーツに興味を示していたが、僕達は車に内蔵されているプリント基板を探していた。
「友情だね」
真奈美は微笑みながら僕達を見てきた。
「あそこに行ってみようぜ」
「よし、行こう」
車のスクラップ場に着いてみると、ペシャンコにプレスされていた車が積み重なっていた。一台分が畳程度の面積になっている。タイヤは内側の空洞に水が溜まって藪蚊を発生させてしまうために除去されたらしいが、鉄の塊と化した車体達は行く宛てもなく取り残されていた。
「ここまで来ると役に立ちそうな部品はなさげだな?」
直人は問いかけてきた。
「あきらめるのは早いよ」
強がっているのは分かっていた。鉄の塊の束が三メートルはあるであろうタワーと化しているのにプレス機が存在しない。放り出されているエンジンは錆びついている。ボンネットは芸術品といっても通用しそうな程、歪な捻りが加わっている。使えそうなものは回収しているしたたかさが漂っていた。
最後の望みはトラック三台分が収まる程度の建物内だった。作りを見る限り事務所は別にある。シャッターが閉まっていて、押し上げるだけではビクともしない。
「入るのは無理っぽいな」
僕が言うと、鉄の棒を取り出した直人は窓ガラスを割ろうとしていた。
「それはやばいって」
振り被る前に間に合った。駆け寄って中の状態を確認する。ちょっとした物が置いてあり、暗闇と同化していて判別までは出来ない。
「割れかけているんだから、別にいいじゃん、な?」
真奈美に同意を求めていた。
「うん」
「真奈美もかい!」
残ったガラスが鋭利な刃物と化し、結局窓の外枠を外した。やっとの思いで入りこんだ建物はガラクタが散乱していた。部品と呼べる代物が生きているのかさえ怪しい。
「どんよりしてくるな」
「空気を読めって。会社の飲み会でKYって言われないか?」
「僕はこう見えても上司の扱いは旨いんだよ」
「怪しいな」
「二人共、早く出ない?」
僕達のやり取りは止まった。真奈美は気味悪がっていた。
「これも味わいがあって面白いと思うんだけどな」
雲はやがて雨となった。トタン板に規則正しい雨音が打ち付ける。
「だんだん強くなってねえか?」
「直人が変なこと言うからだよ」
水圧に耐えきれなくなった屋根の隙間から雨漏りである。その場所は土で出来た床に窪みができていた。
「ちょっと休もうか」
僕は言うと尻を付かない体制で座った。ヤンキー座り、足の甲からしびれが発生する。引きずった両足を移動させ、壁に寄り掛かった。
「やむかな?」
真奈美は窓の外を見ながら言った。
「当分は降るんじゃないか。雲が濃かったし」
「僕、こういうの好きだな」
横殴りとなった雨を呆然と見つめていた。割れた窓から入ってくる雨粒が形を保つことなく乾燥した地面に吸収されていく。地表に溜まった水は水蒸気として空に向かっていき、また雨となる。決められた経路を辿る電流を具現化していると思わせた。
「真菜美さ、車のキー貸してくれないか?」
「えっ、あうん、いいけど、どうするの?」
「ちょっと取ってくる」
「取ってくるって、かなり降ってるぞ。待っていればいいだろ」
「時間ないんだろ?」
「ないけど」
言われるまでもなく、基板の解析は遅れていた。仲間と過ごしている時間が神田と松本の執念を忘れさせてゆく。もし、僕の立案した計画に結果が出たとしても彼らが許す要素はどこにもない。出来事のリセットが可能であれば、基板解析を投げだしてしまいそうだった。真奈美は獣道ルートから遠周りになる道を教えていた。