◆三章 基板解析の旅(5)
調査は滞るようになっていた。高性能、高解像度だけあって、僕の持ち得た知識だけでは歯が立たない。動作検証も設計データの全貌を採取するまでには至らず、考えていた案の実現は夢物語になりつつあった。神秘的な基板を相手にしているといっても過言ではない。そうなると自然と無口になり、生活の潤いがなくなっていった。
午前四時過ぎ、ノートパソコンで直人の出演しているDVDを見た。これで二度目である。皆で見た時はちっとも面白くなかった。映像はパソコンによって編集されていて、初期の勢いがなくなっていたからだ。真奈美と加奈は都会のお笑いだと思い込んでいた。今度は笑った。傍らに二人が寝ているので声を押し殺してだ。笑ってはいけない状況だと、余計に込み上げてくるものがある。
眠っている最中、加奈は飛び起きた。時間の圧縮が美徳だと考えているのか、急いで物音をまき散らした身支度が始まる。朝から元気なのは良いのだが、巻き込みぐせがあるのは頂けなかった。遊びに行って来ると言い、さり気なく直人のDVDを拝借し友達の家に向かった。直人はDVDが気にいられたと思い込んでしつこく話しかけてくる。僕は眠れないまま諦めて作業に取り掛かった。午前八時半に真奈美は顔を出した。
「ちょっと探検しに行こうよ」
真奈美が悪戯っ子のような顔で言って来た。
「探検?」
「ずっとこの中にいたらきついでしょ?」
と言って二か所の入口を目一杯開けた。湿っぽい春風に吹かれた僕の頭は靄がかかっている状態である。
「賛成だね」
気になってしまい、二人で楽しんできてとは言えない。
どっちに行ってもマラソンコースになりそうな道から獣道に入った。曇り空、昼間でも辺りは夕方と認識できそうな程に暗い。鬱蒼とした杉の木が天井変わりである。真人はふざけて草の茂みの中に身体を突っ込んだ。枯れ葉まみれになりながらオーマイガーとふざけると、先頭を歩いていた真奈美は踵を返し、
「冬眠から目覚めた熊さんがたまに出るからね」
枯れ葉を背中に付着させながら慌てて戻ってきた。
「早く教えておいてくれぇ」
真人は本気で怯えていた。
滑らかな斜面が何かによって削られて段差になっていて、飛び降りる。さらに下方に存在していた土の窪みには夜露で出来た水たまりがあり、土が柔らかくて足跡が残る。
「見えてきた」
木々の隙間から学校が見えてきた。山を切り開いて、即席で建てたような作りである。窓ガラスは割れまくりで、校庭から伸びた雑草の蔓が建物を侵食していた。
本来は白い外壁もたばこの油で黄色くなったような色をベースとして、茶色の斑点が加わっていた。サッカーのゴールネットは朽ち果てていて、骨組みがすべて錆びていた。時計のガラスは割れていて、何十年も前より針が三時二十分から進んでいない。
「三年生の時に廃校になった場所なんだ」
真奈美が立ち止まって言った。直人は声を掛けていた。
「えらい歴史を感じるんだけどな」
「手入れがされていないからだと思うな。戦後すぐに建てられたと聞いているし、入学したときもかなり老朽化していたしね」
なつかしさの感覚を超え、時代をタイムマシーンで遡ったようである。
「取り壊されないんだな」
「思い出すには残っててもらった方がいいの」
「真奈美ちゃんの思い出が詰まった学校か~」
「ちゃんは止めてよ」
「変じゃないでしょ? なあ昌哉」
「ああ」
校庭を横切って足を進めた。行く先には細かい網目状の飼育小屋があった。木目の入口は猫がやっと通れるぐらいの大きさである。空っぽの小屋内には枯れていないわらが敷き詰められていた。廃校らしからぬ綺麗さとまではいかないが、ここだけどことなく年を取っていないように思える。
「うさぎを飼育していたんだけどね。引き取ってもらうのが嫌で山に帰しちゃったの」
自然に囲まれた山々、野生のウサギになるにはもってこいの場所である。真奈美は飼育を担当していて、まだ生まれたての赤ん坊から育て、成長記録を報告したりしていた。夏休みになってもウサギのために通いつめたという。
「両親に引き取れないか頼んだけど断られたんだ。学級会でも引き取り出来る家はないかの話合いになっても結局離してあげた方がいいってなって、ワンワン泣いたのを覚えてる。今になってもね、時々ちゃんとご飯食べているのかなとか、仲良くやっているのかなとか考えるんだ」
僕は真奈美がウサギを抱いている姿を想像した。きっと大切に育てられたと思う。かなり前の話だが、動物の寿命に関しては誰も触れなかった。