◆三章 基板解析の旅(3)
家から一キロ程度離れたところに倉庫があった。木造でちょっと頼りない。建て物内は段ボールの山を除いても十二畳程度の作業スペースは確保できる。入口は向いにもあって二か所、手入れを加えれば不潔感は取り除ける。
「家では使っていない倉庫だから好き勝手やってね」
気のないふりをするのが彼女なりの気遣いであることが分かってきた。思っているとどこに隠していたのか、クッションが後頭部に飛んできた。
「シカトしないでよ」
慌てて謝った。これでは作業中も気が抜けない。
「加奈もここで暮らすの?」
「別にいいじゃん」
そう言うと、僕達の顔を交互に覗いてきた。
「襲わないでよ!」
曖昧に頷く。絶対にないからとは言えない、私に魅力がないから? と問われ余計に拗れるからである。微妙な気遣いが功を奏しているのかは不明だった。
掃除を済ませて作業道具をセッティングしている時、
「この倉庫って何に使われていたの?」
「家で持っていたんだけど、農家の人に貸していたんだけどさ」
僕は稲刈り後、コメ粒だけを袋分け出来る機器を思い浮かべた。
「じゃあ、相当量の電力を使わない限りはブレーカが落ちたりしないな」
「よくわからないけど」
ケーブルタップをコードに差し込んだところで、真奈美は布団と最低限の食料を運んできた。
「信じられないぐらい怒られたんだからね」
加奈に向けて言った。両親との久しぶりの再会とはいかなかったらしい。加奈の捜索が大事にならずに済み、父親が単身赴任中だったのが救いだった。
「知らない。当分帰らないんだから」
「あまりワガママだと居場所言っちゃうんだから」
「ならお姉ちゃんの秘密教えちゃおうかな?」
「ちょっとぉ」
ものすごいスピードで加奈の口を抑え、体が仰け反っていた。顔色がみるみる赤く染まっていく。必死で引きはがそうとしていた。
「死ぬって、手加減してよ」
加奈の呼吸が荒い。僕達は別世界に居た。
住めば都という言葉が頭をよぎる。僕は今後の方針について説明する。
メモリと映像処理を行うメインのFPGA集約基板があった。単純にメモリ全体を消去できないのはメモリがCPUとして組み込まれていて、専用のツールにケーブルが必要となる。それだけなら出来る可能性もあるのだが、恐らく僕のスキルではわからないプログラム言語も必要となる。構造をみる限りだと、メモリ消去だけではバックアップがあれば何度でも修復可能だった。
又、CPU自体をそのまま取り外す方法も、CPUが違う機能を果たしているので無理だった。到達点はモニタを使い物に出来無くするわけではない。
そうなると、FPGAのプログラム書き換えが得策となってくる。別のテスト基板を組めば、動作解析ソフトを使って動きはわかる。そこから読み取って再設計すれば済む。
再設計の目標としては、信号受信部の入口にノイズキャンセルブロックを追加すれば、メモリ消去するだけではなく、新たにメモリを追加しても誤信号を受け取り、個人情報特定装置としてはまったく役に立たないものとなる。水平方向に一画素分だけの信号が来た場合、無効とするブロックだ。もし改造が成功すると、一はそのまま表示されるが、十と言う字も一になる。
もちろん皆が分かっているわけではなかった。
「分かりやすく説明してくれよ」
目を瞑って眠そうに聞いていた直人が口を開いた。
「これ以上簡単な説明はないって」
「まあ、それで上手くいくのであれば任せようよ」
「役割分断が重要なんだよ」
「インテリっぽくて、きらい」
足を組んで聞いていた加奈は唐突に行って来た。
「言い過ぎなのでは……」
目が泳いでいる直人、妹を叱りつける真奈美、腹は立たなかった。反感を買うぐらいのリーダーシップを取っていくつもりだったからだ。
僕は紺色の作業着を着込んだ。肩の部分にボールペンを指し込めるポケットが付いていて、胸の部分に会社名が刻まれた、お世辞にもおシャレとはかけ離れているものである。会社内の実験でも使用している服であり、お客と打ち合わせの時にも着ている。
「その服ヤバいんだけど」
言われると思った。加奈は悪い方向の期待は裏切らない。直人と真奈美も同じ類の言葉を言い掛けているようだった。
「始めるぞ」