◆三章 基板解析の旅(2)
直人は真奈美達の実家に着いたら恋人同士の設定で親にあいさつをしたらどうかと提案をしていた。加奈と一緒に席に戻って却下された。
「実際つきあうという話じゃないんだからさ」
「殺されるから」
「結婚を前提になんてつもりもないし」
「マジで、殺されるから」
冷たくあしらわれた直人は大人しくなった。こうしている間、直人はキャラを発揮できないかもしれない。加奈を殺すだけの父親とはどんな人なのだろう。怖いもの見たさになってきた。
「行政機関とか言っているけど、実際仕事の話はあまりしない人だから」
加奈も同意見らしい。僕も父とまともに業務内容の話をしたのは最近である。機械設計技師、課長という立場が父親の業務である。
「偉い人っぽいね」
直人はなんとなくの感想を述べた。
「興味無いんだけど」
被せてきた加奈はある種育った環境を憎んでいた。選べれば良かったのにとさり気なく言い、僕達を静かにさせる。
僕も含めた四人は行政機関について理解していないようだった。直人は昔から家族の話をしたがらない。深く追求せずに話をシフトする。
「誰も使っていない倉庫があるから、とりあえずはそこを使おうと思って」
「うそん」
直人は額に手を置いた。がっかりだったのは僕も同じだった。
新幹線から乗り換え、電車は山を進んでいった。乗り換えを除き、話声も関係なく、僕は爆睡していた。
「鼾かいていたぞ」
「嘘付くな」
「本当だよな?」
直人は女性陣にふった。
「寝顔までは可愛かったんだけどな」
本当に残念そうである。僕は満更でもなかったが。
「疲れているんでしょ?」
心配しているとは思えない真奈美の問いかけは胸に刺さる。元気な三人組みを相手にすると余計な圧力もある。
自然の景色に慣れてきた頃、神田、松本の顔が浮かんでくる。距離からすると相当離れた。都会に住みついた金の亡者がここまでくるとは考えられない。彼らも安心していた。最寄駅への到着、看板には会津若松市観光スポットのポスターが立ち並んでいる。
恐らく一帯の買い物客が集まるであろうスーパーが開いていない。年寄りの女性二人組みが足湯で寛いでいて、離れたところにある旅館客がゆっくりとした電車が来る時間をゆっくりと時間を潰しながら待っていた。
「歩いてみよう」
真奈美がそう言うと、加奈は反対しなかった。確かにタクシーの姿がない。理由はそれにあると思い込んでいた。僕たちが進むにつれて民家が少なくなっていく。車の通りは少なく、四人で並んで歩いても避ける必要がなかった。
「私たちの地元はどう?」
真奈美の唐突な質問は言葉に詰まった。考えていなかったわけではない。直人を見やった。
「空気が旨いよね?」
僕は直人に優しく問いかけた。
「分かるわ~」
「完全に田舎を馬鹿にしている」
加奈が一掃した。同じような風景であっても真奈美が思い出を楽しそうに語れば臨場感が増していく。例えば草木に紛れて申し訳なさそうに存在している切り株がまだ残っていて、子供の頃、そこで遊んでいたエピソードである。潰れかけた店、家族でめでたい出来事の度に訪れていた店でも血の通ったものに見えてくる。物に塗れて忘れかけていた感覚を取り戻すと言っても過言ではなかった。
「やっと着いた」
「案外近かったね」
女性陣二人は一時間の道のりが当たり前のようだった。山の手線沿いであれば四、五駅分ではなかろうか。ある程度舗装されている道とは言え、ちょっと遠すぎる。足の怪我が悲鳴をあげていた。直人はふとももを揉みほぐしていた。
意外だったのは彼女たちの実家がお金持ちということだった。土地に似つかわしくない洋風の建物が、広い国土に堂々と構えている。車を四台所有していて、真奈美はその内トヨタの中型車を使っていた。
「加奈は本当に行かないの?」
「行かない、絶対に」
真奈美はため息をついた。