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ミステリアスボード  作者: 京理義高
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◆二章 逃走(7)

 親友だと思っている榊原直人から何度も連絡があったことに気が付いたのは部屋に戻ってからだった。相変わらず架空請求からの連絡は途絶えない。しかも番号を変えてくる。不在着信履歴七件、八件目になる前、僕は電話に出た。


「すまん、忙しくて出れなかった」


 彼はそんなこと気にしていなかった。感覚がずれているからこそ長付き合いしている所以でもある。


「なんで同窓会来なかったんだよ?」


 直人とは高校、専門学校と一緒だった。ホワイトデーに専門学校の同窓会を開催するのは彼らしいところだが、僕は断ったはずだった。


「ノリが悪いな~」


「無理だって。それより最近はDVD撮っていないの?」


「さすがに最近はな」


 彼はお笑いの映像を自作自演していた。お笑いと言っても、漫才やコントではない。自分が傷付いて笑いを取る手法である。高校卒業間際になって、橋から川に飛び込み、両足を骨折した経験もあった。そんな調子だから、専門学校に入っても成績は下から片手で数えられた。半田付けが異常に上手く、僕が製図、彼が基板作成し、本来共作は許容されていない、卒業創作の難関を突破させてもらった。


「たまには遊ぼうぜ」


「ああ、僕の部屋はいつでも大丈夫だから」


「何でだっけ? 女は?」


 とぼけたふりで聞いてきた。溢れんばかりの期待を添えて。直人は明日香の存在を知っていた。それなのに探ってくる。


「別れた」


 驚いたのではなく、笑いを堪えるがための間があった。まったくいつになってもたちが悪い奴だ。玄関口から叩きつける音がしてきた。暴風によるものではない。ドアのノックが鳴り止まなかった。


「す、すまん、掛け直す」


 小さな声で言って電話を切った。忍び足でドア越しに外を確認する。一人は神田、もう一人のオールバックにノーネクタイ、見るからがらの悪い男は背後にいて見えずらい。開けろという声から、松本であると判断できた。オートロックのない建物を呪った。


 居留守は通用しなかった。通報を待っている時間はないと考えざる負えなかったのは、ドアノブから金属が聞こえ、内鍵が施錠されていく様を見た時だった。なぜ合鍵を持っているのか、考えている余裕はなかった。とっさにバックを抱えバルコニーに走る。


 会社の運命を抱えた基板を取り戻そうとしている神田、こけにされた松本の憤怒、組み合わされば僕を消すのは事務的な作業にすぎないのだろう。


 部屋は二階にである。サンダルを履いてバルコニーから飛び降りた。足全体が麻痺した衝撃に耐えるため、しばらく動けずにいると、僕の部屋から罵声が聞こえてきた。家具を破壊する音、見上げたバルコニーに鬼神ではなく松本の顔があった。引きさがった松本を確認し、神田が出てきた。見下げて僕と目が合った。冷たい視線は、初めて僕の部屋を訪れたきさくなおじさんの面影はない。


 まだ安心はできない。外に仲間が控えている可能性もあった。放屁が遠くまで響いてしまう閑静な住宅街、小さな足音がすべて敵に見えてくる。


 行く宛てもなく走った。神田が松本に居たぞという知らせが遠ざかっていく。前のめりになりながらも、足を前に進めることで体制を整えた。対面する他人が近付くと距離をたっぷり取って避けて行く。捕まったら最後だと言い聞かせ、少しでも遠くへ、洪水の状況に陥ったら少しでも高い場所を目指すように、只走った。


 しばらくすると体力の限界に至った。否、限界を超えていた。呼吸が喉に引っ掛かる、嘔吐の兆しを堪え、着いたのは横浜駅周辺だった。サンダルの摩擦で右足の皮がはがれ出血している。


 交番まで辿りついて、地面に尻を付いた。息を切らせ、寒空の下に汗だくの僕を白い目で見てくる通行人、実際酷い顔をしているのだろうか、校番前で待ち合わせをしていた女性はその場を離れて行く。

真奈美へ連絡しようとポケットに手を入れた途端、携帯を部屋に置いてきたことに気が付いた。メモリに入っていた連絡先の数々、一番知られてはいけない集団の手に渡ってしまったと想像するだけで絶望した。


 ネットカフェでホテルの連絡先を調べ、公衆電話から掛けた。フロントマンの声、旨く声が出せない。咳ばらいして唾を飲み込んだ。


「予約した久保田です。XX号室の長野真奈美さんに取り着いてください」


 聞いた事がないクラシック音楽が流れっぱなして、時間だけが過ぎて行った。血が凝固した足から痛みが脈動に沿ってリズムカルに襲ってきた。


「もしもし」


 僕はへたり込んだ。


「ねえ、いったいどうしたの?」


 全身に震えが襲ってきた。手に力を入れるほど受話器を離してしまいそうになる。両手でバランスを取り、深呼吸した。


「神田達が部屋に来たんだ。部屋を開け、僕を捕まえるために」


 携帯電話を持って逃げる余裕がなかったと言うと、真奈美も信じるようになっていた。それよりも、僕のあり様が何よりの証拠だった。タフな男を演じ切る器量はない。


「明日、部屋に戻ったら荷作りするんだ」


「私達も、狙われているってことね」


「真奈美にも飛び火する。彼らなら必ずやってくるよ」


「約束して」


「どんな?」


「死なないでね」


 溜息をついた。そんなにひどい状態だったのか。大袈裟だよと言って、待ち合わせ場所を指定した。


「朝食付きだから、そのプランは」


「呑気なこと言ってないで、自分の心配しなさい!」


 唇が痙攣し、鼻水と涙が流れる兆しがあった。悟られまいと電話を急いで切った。液体がダムを超えてきた。真奈美から母親を感じた。落付いたら両親に旅行をプレゼントしようと思った。  


 僕は明け方までネットカフェの個室に身を潜めた。借りシャワー室で汗を流し、鏡で顔を見た。落ちくぼんだ目が生気を失っている。話声がない中、機械音だけが聞こえてくる空間はどことなくキーボード部屋に似ている。


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