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ミステリアスボード  作者: 京理義高
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◆二章 逃走(1)

 耳をヘッドホンで塞げば後は音だけで現実から離れる事が出来る。僕が移動中にこの行為を止めたのは社会人になってからだった。持て余した聴覚は人々の息遣いを求め、他人がどんな話をしているのかを知りたい欲求に変わっていった。


 盗聴器から受信する音源を聞くために、会社を休んだ。急遽、就職面接が入ったと言えば事は荒立てずに済む。大野主任の課題は順調であり、念のためメールで詳細を報告しておいた。


 気になっていたキーボード部屋からは足音が聞こえてくる。次第にキーボード打音が増幅されていく。話声どころか挨拶もない。恐らく黙礼さえもないのだろう。なんとなく宗教を思わせる。


『教祖は宙を浮いている様をトリックで見せ、


――決して言葉を発してはいけません。もし逆らえば天罰が下るでしょう。大丈夫です。私の教えを聞いていれば幸福の女神が下りてくるはずです――


 打ち続ける信者は一時手を休め、了手を組み合わせて拝んだ』


 キーボード教より、チャンチャン 


 十五時過ぎたあたりで、クリアな声が聞こえてきた。


『それにしてもほんと凄いっすね』


 松本の声だった。何かを見て関心しているようだ。


『まあな、それにしても来るもんだな』


 相手は神田だった。きさくなおじさんのイメージは崩れた。認めたくはなかったが、あの二人に繋がりがあるのだ。


『生活が壊されるのがこわいんすよ』


『来なければ心配ないのにな』


『後、俺のトークのお陰っす』


『黙ってろ』


 品のない笑い声が続いた。


『どうしたら、こうなるんすか?』


 僕は耳を凝らした。


『言ってもわからないだろ』


『教えてくださいよ~』


 松本がそう言うと、着信音が鳴った。


『ほら、また来たぞ、仕事しろ』


 話の内容から、実際足を運んだ客からだと予想が付いた。騙された人がまた一人増えて行く。盗聴の罪悪感はなくなっていた。


 真奈美がモニタ室に来たところで部屋を出た。彼女は物音を立てないように意識していた。


 架空請求からの招待状場所は新宿区にある、寂れたアパートだった。近くを拠点に蔓延しているのか定かではないが、余す場所もなくアパートが建っているというのに一帯に活気を感じない。東急東横線を下っていってもあまり見られる光景ではなかった。


 指定された時間の二時間遅れ、一七時である。アパートは片方に廊下、反対側にバルコニーという構造である。


 三階建の十六部屋はすべて電気が付いていない。夕暮れ時、人が住んでいる形跡がなかった。仮に料金未払いの話合いをする想定だったとしたら、力ずくで金を取られ、誰も助けにこないだろう。

 

 アパートの玄関口にハガキを持ったまま蹲っている女の子が居た。巻き髪が顔全体の輪郭を隠している。その姿は彼氏のアパートで浮気現場を見た、或いは別れを告げられた状況を思わせた。


 声を掛けて良いのか迷いながらも近付いた。ハガキがちらりと見えた。僕の持っているものと同じだった。


 女の子は僕の足音でピクッと体が動いたが、顔をふせたままだった。遠くには天まで届くぐらいのビル群が見える。身近に地と同化する勢いの女の子、どこから迷い込んだのかアパートの隙間から野良猫が現れ、こちらを見つめ、顔を背けて消えて行った。きつい香水の匂いが漂っている。


「どうしましたか?」


 恐る恐る聞いてみたが、無視である。体も全く動かず言葉が通じているのかさえ心配にさせる反応だった。


 他者を気にしない直情型、知り合いにいたのだが、ひどく落ち込んだ時に僕の手には負えなかった。世界の中心を信じているお嬢様は完璧な王子様がいないと動かない。


 しつこくすると逆切れされる可能性があった。そう見えたのは僕の主感である。年下の、自己主張が目立つ人というのは地雷が多様化しているイメージが拭い切れていない。


 真奈美からの連絡があった。その場を離れて出た。


「もしもし、どうしたの?」


 びっくりするぐらい小さな声だった。完全に女の子に対し億している。真奈美が聞きとれているか定かではない。


「今、加奈と一緒にいるでしょ?」


 彼女の方で見つかった、のではなく疑問を投げかけられていると判断するまでに時間がかかった。


「はぁい?」


 女の子に眼を向けた。気が強そうな目で僕を睨んでいる。それだけで飛び上がりそうになった。二度見してみると、少し印象が違うようだが、まぎれもなく真奈美が見せた写真の女の子だった。


「どうしてわかったの?」


 真奈美には【西日本債権回収サービス】の話はしていない。加奈がハガキを見せていたとしても、真奈美が近くにいる様子はなかった。二人にとって、このアパートは馴染み深い場所なのだろうか。


「今写っているから」


「写っている?」


 モニタ室の監視カメラからの映像に僕達は写っていた。加奈は随分前からこの場に居たらしいが、連絡がつかなくて諦めていたらしい。ならばどこかにカメラがあるはずである。黒いテープで埋め尽くされた郵便受けは機能していない。隙間から小型レンズが覗いていた。


「そういうことだったのか。僕の情報はそっちに流れてる?」


 真奈美はうんと言うと、読みあげた。


氏名:久保木昌哉くぼきまさや

住所:神奈川県横浜市XXX

年齢:二十三歳

職業:技術社員

経歴:電機工業専門学校卒業、株式会社【東電気】勤務、三月三十一日退職予定


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