◆一章 監視システム(14)
アルバイトの作業は退屈なのでノートパソコンを持ち込もうとしていた。暇つぶしに設計とは行かないが、大野主任の期待には応えてから辞めたいと考えた。又、真奈美にどういう仕事をしているのかを教えるのに都合が良い。
勢い良くモニタ室のドアを開ける、部屋の中で真奈美は携帯を見つめていた。表情は暗かった。酷く思いつめているようだった。僕は声を掛けるべきか考えていると、
「サボっているわけじゃないよ」
「うん、僕はサボろうとしていたんだけど」
持参したノートパソコンを見せた。ずっと画面だけを見つめていたら気が狂うからねと優しく言ったつもりだったが、真奈美の反応は無かった。
「何かあったの?」
「妹がね。妹の加奈がね……写っていたの」
「えーと、どういう風に写っていたのかな?」
モニタには有名な二四時間営業のディスカウントストアが写っていた。ショルダーバック売り場に店員らしき男が通った。加奈はこの場所で写っていたらしかった。
「そうなんだ。かなりの偶然だね。写って都合悪いの?」
外見ですべてを判断する男に思われていたら謝りたかった。褒めるべきところがなくとも気の利いた言葉が言える性格ではないことは認める。
「物を盗んでいる映像が」
「ふーん、そうだんだ」
僕は突然の事態を認識せず、当たり前のように捉えていた。
「本当なんだからね、万引きしていたのよ。犯罪なんだから!」
「まじで?」
加奈は今写っている場所で盗難を行っていた。少し前にアパートで寛いでいるという連絡があったから、掴まっている様子はない。しかし、九時頃何していたのかを聞いてみると、たちまち返事がなくなった。
行動を見ている限り心あたりはあったらしい。加奈は働いてもいないのに所有物が増えていた。援助している人間は思い当たらない。真奈美の貯金を使いこんでいる形跡もなく、不思議に思っていたという。
「見間違いじゃないよね?」
「だったらいいんだけど、絶対あれは加奈だったの」
高性能モニタは限りなくリアルに近い映像を映し出す。疑いようがなかった。
「どうしよう、加奈が捕まっちゃう。両親になんて言えばいいの?」
「まずは考えよう」
目から涙がこぼれていた。全身が震えだし、止まる様子はなかった。自然と真奈美の近くに体が動いていた。明日香が頭に浮かんでくる。流れに任せ抱きしめ、慰めるわけにはいかない。
「大丈夫、録画はされていないはずだから、ばれる心配はないよ」
「で、も」
僕がそう聞こえた気がしただけで言葉になっていなかった。聞き返すわけにはいかない。ハンカチを取り出して渡す。落ち着くまでそばにいるしかなかった。
「驚かせて、ごめんね」
首を横に振った。
「とにかく、妹に確かめてみるんだ。それからどうするかを考えよう」
店員に見つかっていない保証はどこにもない。録画も宛のない励ましに過ぎなかった。
「う、うん」
連絡先を教え、僕は出口まで真奈美を送った。後姿が深夜の街に溶け込んでいくと、突然不安になった。
エレベータで四階へ、足音を押し殺して非常階段から五階に入った。好奇心だと言えばそれまでだ。とにかくどれほどのシステムが確立されているのかを確かめたくなった。
進んでいくと仮眠室と書かれた部屋があった。電気は付いている。入口ドアがわずかに開いていて、近付くと話声がした。泊まりで仕事なんて忙しい会社なんだなと考えながら、悪いと思いつつ、耳を傾けた。
「今日、マジでムカついたんだけど」
どこかで聞いたような若い声だった。
「どうしたん?」
「振り込んだとか言いやがって、逃げやがったんだ」
相談相手は笑いの壺だったのか、しばらく笑いが止まなかった。
「架空請求して、俺達がだまされた~」
「ふざけんなよ」
その言葉で笑いが収まった。
「たまにいるんだ。騙されたふりして俺達を誘うタイプだな」
明らかに納得していない様子だった。冷静な説得に応じないだだを捏ねる子供そのものである。
「居るわけないだろ。ぜってぇ許さねぇ」
「止めておけって。疲れるだけだぞ」
「なめられっぱなしじゃ気が済まない」
話が盛り上がっている内にその場を離れた。僕は非通知で松本に電話をかけた。仮眠室から着信音が流れてくる。
「もしもし」
無言、
「誰なんだよ、悪戯か?」
思ったよりも声が響いた。忍び足でさらに離れた。
「おい、なんとか言えよ!」
荒げた声が仮眠室と電話口から聞こえてくる。無言で切った。仮眠室にいる一人は松本に間違いなかった。エレベータの建物案内には五階も【オブサべーションベンチャー】の所有となっていた。もう一度確認する、見間違いではなかった。