◆一章 監視システム(13)
製品開発会議は定例となっていた。前回のように開発に携わる部門全員が出席するのではなく、格部材で時間を区切り、みっちりと会議をする。相模課長はほぼ一日拘束され、指揮を取り、IC設計代表者の大野主任おまけの僕が参加し、進捗を報告する。
「まず、ICの選定になりますが」
大野主任はFPGAというプログラミングで書き換え可能なICを選定していた。不具合があったとしても、原因をつかんでいればツールを使ってその場で回路を変更できる。失敗すれば何千万の開発費が発生するASICを考慮すれば、新技術扱いの製品にはリスクが少ない。単価が高額になるデメリットもある。
考え込んでいた相模課長に対し、過去の失敗経験を痛烈に語っていた。視線を投げかけられると、僕も補足して説明した。
「過去に量産されていないICというのが引っかかるんだ」
相模課長は下を向くと、眼の下にくっきりとした隈が見えた。のっぺり顔なので、わりと疲れが顔に現れない、が故に余計目立つ。僕も人のことを言える状態ではないが。
「新しい挑戦も大事であると思いませんか?」
「思ってはいるよ」
「視野を広げるべきなんですよ」
FPGAをごり押しである。残念ながら僕は見ているだけに留まっていた。煮え切らない相模課長に対し、大野主任は必死の説得だった。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫です」
大野主任はきっぱりと言った。
「わかった。では後は任せよう」
「ありがとうございます」
午前中が終わろうとした時間だというのに、目のかすみが取れない。脳は停止し始めていて、やるべき仕事の内容が曖昧にさえなっていた。
「ぼぉっとしているぞ」
目の前で細い手が上下している。僕の肩を叩いた大野主任は僕の顔を覗き込んでいた。
「設計の一部を頼みたいんだ」
「どこまでやればいいでしょうか?」
僕の能力を信じてくれているのは明らかだった。三年も同じ仕事をしていれば、上司よりも優れた分野は一つぐらい開拓できる。
残務量は彼も理解していた。否定すればどうせ暇なんだからという言葉が飛んでくるのが落ちだった。概要書のコピーを渡された。ぶっちゃけ大野主任の書類は他部門が見たら、全部を理解した人を見たことがない。冗談で東京大学の入手問題じゃないかと表現した同僚もいた。
言葉ではなく、図と数式の羅列、完成度を図る限り、製品の動作については考えが固まっていた。大野主任が指した箇所は難解な設計ではない。
「遅くとも来週の会議までには報告してくれよ」
「わかりました」
昼休みは近くの銀行に居た。幸いATMの周りに人はいない。ただそれは食事時だけであり、時間は限られている。電話口の松本は上機嫌だった。
「口座番号を教えるぞ」
OO銀行新宿支点XXX、僕は物わかりの良い青年を演じていた。二十万円を架空振込した。電話口を近くに寄せる。お振込みありがとうございますというアナウンスが流れた。両親に宛てた二十万円、決して無駄ではない。
「確かに振込完了しました」
「明細書は取っておいてくださいね」
ATMのボタン音識別までは出来ないようだった。架空振込成功である。
「ちょっと時間がないので」
僕は後に並んでいる客を待たせているので急いでいますという嘘をついた。
「わかりました。退会処置をしておきますので、ご利用ありがとうございました」
「よろしくお願いします」
偽善者ぶりが不快にさせた。やはり松本は汚い言葉がお似合いである。銀行の窓口に架空請求業者の口座番号停止依頼をした。僕のやりとりは聞こえていたようである。対応した女性は手慣れた様子だった。
仕事にならない午後の間は調べもので時間を潰した。松本からの連絡は留まることを知らない。
『振り込まれていないじゃないか!』
『どうなっているんだ?!』
『明細書はどうした?!』
最初から出来レースである。僕と松本のベクトルは平行線を辿り、直線を描かず、どちらかが歩み寄ってくれば片方が起動修正する。人間関係は磁石のS極、S極と同じで、相当な力を加えなければ、交わることはない。
通話ボタンだけ押しっ放しでデスクの中に放り込んだ。