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ミステリアスボード  作者: 京理義高
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◆一章 監視システム(1)

『小説すばる』に投稿し、見事落選した作品です。

一応、比喩を電気則にしてみたりと、ひねってますので、

興味がある方は最後まで読んで頂けると幸いです。

『ポンポロピン、ポォンピィン』


 精神がつらくなったら口ずさむようにしている。


 なるべく唇と頬の筋肉全体を使うのが好ましい。僕が初めて作った機器、トランジスタラジオから聞こえてきたイントロである。二度と再現できない音源でもある。正確にはざらついたノイズ音も混じっているわけだが、口ずさむだけで馬鹿らしくなってくる。


 会社の飲み会、気遣いによる悪酔い、人目を盗んで大袈裟に口ずさんでみて、気分はマシになった気がした。


 駅前、人の波をかき分けたつもりだったが、肩から衝撃が走った。一回転して留まると、背の高い若者と睨み合う羽目になった。知り合いではない。


「痛いんだけど」


 小さい音量でも良く通る声だった。中性的で声変わりの途上を持続している声帯は不老を思わせた。これで痛がっていたら、この先苦痛しか待っていないぞ、親身になって心の中でつぶやいた。若しくは微小電流の定格値を持っているICなのか、お前は。裏腹に出た言葉は、


「気を付けます」


 自分の気弱さが情けなくなるとはいかなかった。


「ちょー最悪」


 肩を抑えた若者は誰かに言い放っていた。目線からして少なくとも僕ではないと思いたかった。細い顎の線と、茶髪で前髪が目元まで伸びきっている優男姿は威圧から掛け離れていた。駅前の通行人は立ち止まる二人を次々と避けて行く。


「どうしてくれるのかな?」

 

 どうもこうもない。気が緩んでいたのはお前も同じだろう。僕達は新人の技術者が組んだ不完全な回路に佇んだコイルとフィルタなんだ。ショートしてどうこう言う権利はない。


「当たり屋ですか?」


 若者は地面に落ちたビニール製の袋を顎で指していた。僕は穏やかな目を向けて、無言だった。対面している若者が拾い上げると、ガラスの摩擦音がした。僕の横を通り過ぎる寸前にちょっと来いよと呟いた。


 案内されたのは工場地帯である。二二時だというのに、人気は少ない。人々が着飾っているのは駅前メインストリームのみだ。


 立ち止まったのは、看板に閉鎖された場所であると書かれた小さい工場の敷地内だった。


 若者は自分の部屋であるかのようにポケットからカギの束を取り出し、門を開いた。続けて建物のドアをあっさり開いた。暗い室内に大きな部品や溶接用のヘルメットが転がっている。品々がくすんで見えるのはほこりの効果だった。足を進めて行くと鼻がムズムズしてくる。汚れたガラス戸から指し込める月明かりでは置くまで見渡せなかった。


 目が暗闇に慣れるまで待っていると、若者は配電盤にあるブレーカをONにしていた。天井灯の一つだけに光が灯る。


 若者は僕の前にビニール袋を投げだしてきた。いくつかの破片が飛び出し、光を反射させていた。顔を顰めた彼は腕を組んで見ていた。


 開いてみると、ガラス細工が入っていた。原型を留めていなかったが、不格好な男女が車でドライブしている瞬間を象っているものであると想像は付いた。液体もこぼれている。


「俺の自作なんだよ」


「この液体はなに?」


 受け答えてくれた。車内に水と蛍光物質の粉末を加えることで幻想性を表現したかったらしい。二人が溺れ死ぬんじゃないかなとの提案は避けた。


「ふぅん」


 気のない返事が彼の心を逆なでしたようだった。眉間に皺を寄せていた。ナルシストと判断するにはあまりにも切実である。僕は首から上の男女を拾い上げた。ビー玉大の顔が笑っていた。


「ここで彼女のプレゼントを作っていた。明日が誕生日なのにどうしてくれる?」

 

「わざとじゃないんだ」


 情けない言い訳である自覚はあった。彼は会社の倒産、プレゼントの溶接、苦労して作り上げた物、を軽快リズムに乗っているかのように説明し、落ちを強調するためにゆっくちとあんたに壊されたと言う。食いしばって顎の筋肉が盛り上がっている。


「悪かったよ」


 心からの言葉だった。工場の元社員だった若者は、誰にも内緒で捜索に没頭していたと語った。手には数ヵ所の火傷の後があり、どれだけ苦労したのかをアピールしている。しつこく念入りな態度が僕には重圧だった。再度の謝罪、謝って済むものじゃねえんだよ、当然だった。


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