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(2)アルノーの長男ハインリヒの場合

前話のアルノーとラーラの息子のお話。

俺は王国騎士団でも少し特殊な部署に勤務している。


仲間たちが犯罪の証拠品として押収して来た薬物や魔道具の鑑定や分析が主な仕事で、若い女性達に人気の騎士団の中でも陰気だとか地味だとか言われる部署だ。


中でも俺は、少し長めの前髪と厚めのメガネのせいもありとにかく地味な存在だと言われている。


俺自身は自分の仕事に誇りも楽しみも見出しているので、外野から何か言われようと気にすることもなかった。


人と深く関わるつもりもなかったし、なにより目立つことは避けなければならないと、常に思っていた。


俺の実家は地方の男爵家の出身、ということになっているが、実際は違う。


先々代の元王太子、それが俺の祖父だった。


祖父は俺が生まれる前、父と母の結婚式の翌月に安心したかのように他界したらしい。


父の母、俺の祖母は……父が生まれて半年もせずに他の男と駆け落ちしたと聞いている。


今や国中で知らぬ者はないほどの事件のせいで王国中の貴族たちから忌まれる存在になってしまった祖父に、当然のように似た顔立ちの父は世間から姿を隠すようにして生きて来た。


祖父は事件が起きるまでは次期国王と言われていた為に、識字層であれば平民ですら顔を知る有名人だった訳だ。


俺の母は祖父の教育係だった女性の孫娘で父の乳兄妹でもあった。


その祖母は父が生まれた時に家族共々祖父母の元にやってきて、父を育て王族としても通用する程の教育を施してくれたらしい。


祖父のしでかしたことに、教育係だった者として何かしら責任を感じていたのかもしれない。


母もそんな祖母の背中を見ていたからか、父を支えながら苦しい中必死に俺たちを育ててくれたのだろう。


父も母も、その曾祖母から学んだやや時代遅れの王族教育を、忙しい中で時間を見つけては教えてくれていた。


何故か祖父は剥奪された王位継承権は、父や俺たち兄弟には残されたものの、正直何の為に残されたのか良く分からない。


離宮に隔離幽閉するのではなく、少しでも働かせようということだったのかもしれない。


とにかく我が家にはシェルターという仮の家名と対外的に男爵位を名乗る権利のみを与えられた。


一族の名前を名乗ることもできず、かといって新たな爵位を与えられることもない為、新たな家名や爵位もない。


王族として扱われない王族だ。


それでも流れる血は王族のものなのだと実感させられたのは、王族男子にのみ影響するという呪いが父や俺にも現れた時期があったから、ただそれだけだ。


犯罪奴隷が多く働く王家所有のシェルター鉱山の管理。


それが祖父以降の我が家の家業で、領地の大半が鉱山であり住民の大半は鉱山で働く者たちと、彼らの通う食堂や娼館を営む者たちという、王族どころか貴族らしい暮らしなど望むべくもなく、子育てには決して向かない場所で俺たち兄妹は育った。


夜になれば飲み屋と娼館以外は明かりも消える町では、見回りの警備兵のランタンですら明るく感じる。


碌な娯楽もない場所で、俺と妹の楽しみは夜の星空観察ぐらいだった。


俺も生憎外見は祖父に似てしまったけれど、父のように人生を諦めて、鉱山の片隅で生きているのか死んでいるのか分からないような、隠れ住む生き方をしたくなかった。


だから15歳で父に反対されながらも王立学園に進学した俺は、明るいブロンドとブルーグリーンの瞳を魔法で濃紺に染め、分厚い伊達メガネと長い前髪で目鼻立ちを隠し、人と深く関わらないように寮と学園を往復するだけの日々を過ごしながら、己の将来を模索していた。


魔力は人一倍多かったし、実は剣術も父や義父に教わってそこそこ使えるのだが、その型が王族の学ぶ正当な剣術であるために、学院でも職場でも剣は殆ど使わなかった。


学園では魔法や魔道具の研鑽に務め、教師の推薦で今の職場に勤めることができた。


結局あの鉱山都市を離れ、学園を卒業して就職しても、場所が変わっただけで俺も父同様、世間から隠れながら生きていた。


その3年後、3歳年下の妹が俺を追うように王都へ出てきた時から、少しずつ俺の生活は変わっていった。


妹は幸い母に似たこともあり、外見から祖父との血縁を知られる恐れはなかった。


快活な妹が、持って生まれた才能を生かして剣術も魔法も男顔負けに育ち、楽しそうに仕事に励んでいることは俺達家族にとって明るい光、希望のようなものだ。


一方の俺は仕事は誇りを持って取り組んでいるものの、仕事が終わって俺個人の日常はといえば色のない絵のようにくすんだ世界だった。


父には事情を知っている母がいつも傍にいてくれた。


だが俺は結婚も恋愛も、とうの昔に諦めていた。


いや、それどころか友人を作ることさえ避けていた。


家の事情を話せば家族が危険に晒されることは容易に想像できるし、話したところで相手をこちらの事情に巻き込んでしまうだけなのだ。


まして呪いは遺伝する。


家族なんて、俺が持てるはずもないではないか。


そんな風に、眼鏡と前髪で世間と薄い壁を作って穏やかな鈍色の日々を過ごして来たはずだった。


だけど……最近少し変なんだ。


何がって、時々急に周りの全てが鮮やかになる瞬間があったりすること。


自分でもなんとなく理由は分かってる。




「あ!ハインリヒさん、おはようございます」


「おはようございます、ペルレ嬢」




騎士団用の門から職場のある棟の入り口までの短い並木道を歩いていた俺に、後ろから声をかけてきたのは同じ騎士団に勤務する妹の友人、カトレア・ペルレ騎士爵令嬢だ。


女性近衛騎士団の団員である彼女は、その可憐な見た目からは想像できないぐらい剣を使う。


それ以上に乗馬の腕前は一流で、速駆けだけでなく馬場馬術もこなしてみせる技巧派だ。


美しく朗らかな彼女は貴族子息たちにも人気で、密かに麗しのカトレア姫と呼ばれている。


そんな彼女と親友だという俺の妹ヴィルマは、剣術だけでなく身体強化や攻撃魔法も得意なため、警備メインの近衛騎士団ではなく魔獣討伐にも活躍する王立騎士団の第一騎士団の紅一点で、小柄で顔は可愛いけど自分より強い脳筋はちょっと…なんて失礼なことを言われている洒落っ気もあまりない娘だ。


しかもやせの大食いで恐ろしいことに、僕の二倍は食べてもケロッとしている。


正反対に見える二人はとても気が合うようで、3年前に城下に引っ越した家がたまたま隣だったこともあり、急激に仲良くなった。


今では我が家でも良く二人の笑い声が聞こえてくる。


料理好きな彼女は、やせの大食いな妹の為に良く夕食を作りに来てくれるのだ。


おかげで俺も家では彼女とも良く話をするようになっていた。




「アハハ!カトレアでいいですよ?って、職場でそんなわけにもかないですね、ふふっ」




ほら。


急に空気がキラキラ光って、いつもの街路樹すらその色を鮮やかに変える。


彼女の声や笑顔には魅了の力でもあるのだろうか。




「ペルレ嬢はいつも元気がいいですね」


「そうでしょうか?ヴィルマのほうがずっと元気がいいと思いますけれど」


「僕の妹は規格外でしょう?」


「ああっ、確かに!そもそも胃袋が規格外ですもの!」


「ははっ、そうですね」




妹の友人のペルレ嬢。


同じ職場だけれどほとんど顔を合わせることはない。


俺の住処は騎士団棟の外れにある鑑定分析室。


彼女の居場所は王妃宮に近い女性近衛騎士団本部。


カトレア姫と呼ばれるほどに王宮の男たちをその笑顔で魅了する。




「ヴィルマは今日も泊りこみらしいですね?昨日の盗賊団の取調べがまだ終わっていないらしいです」


「優秀な仲間に負けないように精一杯頑張ってるみたいですよ、ヴィルマなりに」




俺は素顔を隠す厚いメガネの底に自分の感情も押し隠す。


そんな生活に慣れ過ぎて自分の心に鈍くなって来ていたけれど。




「んー、やっぱり凄いですねヴィルマは……ちょっと、羨ましいですわ」




隣で少し寂しげに言葉を零した君の横顔に見とれる。


屈託なく笑う君の笑顔に癒されていると気付いたのはいつ頃だろう。




「羨ましい?うちの妹もよくペルレ嬢のことを羨ましいって言ってますよ」


「ええ!?私なんてヴィルマに羨まれるとこなんて全然ないですわ」


「………そんなことはない、と思いますが」




君が妹と遊ぶ為に俺の家に来るようになった頃か?


妹を間に挟んでの何気ないやりとり。


ただ普通に会話をして。


ただ普通に笑顔を交わして。


ただ普通に食事をして。


ただ………同じ空間で同じ時間を過ごして。


それだけの積み重ね。


いつも前向きで明るい君の姿に、いつの間にか暗く閉じていた俺の心が溶かされていた。




「ここだけの話、私なんてメイクしてなきゃ地味な顔なんですよ。それに私、騎士団の仕事でいっぱいいっぱいですもの!うちは所詮一代限りの騎士爵ですから平民みたいなものですから………恋人も婚約者も、いないですし」




確かに騎士爵だから爵位は継承できないが、それでも気にしない下位貴族の者や平民出身の騎士や官僚も少なくない。


君に恋人ができないのは、単に周囲が互いに牽制しあっているからだろう。


そんな君にそんな淋しそうな顔は似合わない。


だって君がいるだけでこんなに世界が鮮やかになるのに。


綺麗な子も沢山知ってる。


可愛い子も沢山知ってる。


だけど、俺の世界を変えてくれたのは君だけだった。




「メイクが上手なのはペルレ嬢の努力の賜物です。自分を変えようと努力できる貴女は素晴らしい人です」




1年前、体調を崩していた俺を妹の代わりに看病してくれた彼女の前で、髪色を変えていた魔法が熱のせいで解けてしまった。


眼鏡を外して寝込んでいた俺の髪色が生来のものに戻ってしまえば、そこにあるのは王家と同じ髪と瞳の色である姿、再従弟である王子殿下たちに似た顔立ちだ。


彼女が息をのんだのが、分かってしまった。


ああ、俺達の静かで幸せな生活が終わってしまうのかと、己の不甲斐無さに歯噛みをした時。




『大変、でしたね。大丈夫、大丈夫ですよ。まずはゆっくり眠って、元気になったら……そうだなぁ。あ、口止め料に美味しいケーキ、奢ってください』




彼女は穏やかな声でそう言って、優しく俺の髪を撫でてくれたのだ。


俺の素性を知っても騒ぐことなく蔑むことなく人に語らず。


俺たちが気に病まないよう、わざとおどけた口調でケーキなんて強請ってみせた彼女。


適度な距離で普通の同僚として、普通の友人の兄として接してくれる。


俺たちも素性が露見する恐れを抱かずに、構えずに一緒に過ごせる。


当たり前のようでいて普通のそれを望むこともできずに来た俺には、そんなことすら新鮮で。


そんな彼女に落ちてしまうのなんて、当たり前だった。




「自分の仕事を精一杯頑張ってるペルレ嬢は、十分素敵な女性だと僕は思いますよ?」


「…………ありがとう、ございます…」




その気持ちを認めた途端、この心地よい関係も崩れそうな気がするだなんて臆病者だと笑われるだろうか。


素性をひた隠しにする今の俺は、君の目にどう映っているのだろうか。


人気者の彼女を熱い視線で見る男の多さは王宮内でも有名すぎるほどだというのに、浮いた噂はひとつもない。


全てに対してまっすぐで真面目な君らしいと思う。


君のその瞳は、その心は一体誰を見ているのだろう。




「恋人も、貴女が作ろうと思えばきっとすぐに出来ますよ………貴女は人気ものですから」




願わくば俺の世界を変えてくれた君の笑顔を曇らせたくないと思う。


だけど、どうやら俺はそれだけのことも上手くできないらしい。


君と生きたくても、俺の人生に巻き込んだら君に苦労をさせることは間違いないのだから。




「ふふ、ハインリヒさんってば優しいですね」


「そうですか?僕は思ったことを言っただけですよ」


「優しいけど…………むやみにそういうこというのはやめた方がいいですよ?」




一瞬幸せそうに笑った君の眩しい笑顔はまたも雲の向こう側。


魔道具の魔法術式ならいくらでも覚えられる。


薬剤の成分だっていくらでも検出できる。


だけど自分の中から自分の言葉を引き出すだけのことがこんなにも難しい。




「どうしてですか?」


「…………勘違いする人も、いるかもしれないじゃないですか」


「勘違い、ですか?」




首を傾げた俺に君は困ったような笑みを返す。


ああ、そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。




「アハハ、あんまり気にしないでください!じゃ、今日もお仕事頑張りましょうね!」


「あ、はい」




小さく会釈をして同僚に手を振りながら長い髪を靡かせて走り去っていく。


ほら、君がいなくなると一緒に周りの世界も色を無くす。


これが今まで過ごして来た俺の世界だ。




「はぁ…………情けないぞ、ハインリヒ・シェルター」




子供の頃から周囲には荒事や色事の仕事をするものばかり。


大人の恋を横目に見ながら育った俺にやって来た遅すぎる気持ち。


口元を押えて小さく呟く。




「この歳になって初恋だなんて、誰が信じるんだよ……」




彼女の残した残り香にすら鼓動が忙しくなるなんて、本人にも妹にも言えるわけない。


あの谷底のような故郷に捨ててきたはずの王族教育で培ったポーカーフェイスに、まさか心から感謝する日がこようとは…。


黄色く染まりだした街路樹越しの空を見上げた。


雲ひとつない空。


今夜は久しぶりに星空でも見に行こうか。




「星の数ほど男はあれど 月と見るのは主ばかり………か」




まだ俺が子供の頃に、故郷にいた異国出身の娼婦が古い時代の色町の恋の詩なのだと教えてくれた詩が、不意に思い出された。


果たして俺は君にとって星か月か。


答えは君の心の中。

お察しの通り、両片思いの2人です。

ハインリヒの部署は鑑識をイメージしてもらうと良いかもしれません。

お次は妹のお話になります。

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[良い点] アルノーもハインリヒも丁寧にまっすぐに生きているようで良いです。ハインリヒも両思いが実って幸せに暮らしてほしい。
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