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(1)シェルター家嫡男アルノーの場合

呪われた元凶となった王太子の息子の話です。

僕の一日は朝日と共に始まる。


簡単に身支度を整えて、瓶いっぱいになるまで水汲みをしてから、今日使う分の薪を台所へ運び、手早くかまどに火をおこした。


まだ体調を崩して寝込みがちな父は、起きて来る気配はない。


家の裏手で木剣をただ型を追って振るだけの鍛錬をしていると、裏木戸が開いておさげ髪の少女がピョコリと顔を出す。


少し癖のある赤毛は、薄いそばかすのある可愛い笑顔に良く似合っている。




「アルノー様、おはようございます!水と火おこし助かります。今から急いで朝食作りますね!」


「おはようラーラ。様はいらないっていつも言ってるだろ?それに助かっているのは僕の方だよ」




狭い中庭を挟んだだけの隣の家で暮らしているレルヒ一家の孫娘であるラーラは、僕にとって唯一の幼馴染だ。


そして、僕の一番大切な女の子でもある。


僕を産んでまもなく、母はこの町で出会った商人の男と駆け落ちしたらしい。


今はどこで何をしているのか知らないし、知ろうとも思わない。


使用人もおらず、幼い僕を抱えて途方にくれていた父を支えてくれたのがラーラの一家だった。




「そうでした!ア、アルノー……うわわ、やっぱり失礼になっちゃいますよ」


「そんなことないだろ?君も僕も男爵家の子供だ」


「……普通の男爵家には、王位継承権なんてないと思うけどなぁ」




そうなのだ。


公にはできないけれど、僕には王位継承権がある。


何故なら、父アーベルトは以前この国の王太子だったから。


父は婚約者がいながら、僕の母であった男爵令嬢と浮気をした上、公の場で婚約破棄を突きつけたロクデナシ。


母はその令嬢に無実の罪をでっちあげ、冤罪で処罰させようと目論んだ卑劣な悪女。


婚約者であった令嬢は聖女であったと聞くが、この国に呪いをかけて姿を消した。


要するに、僕の両親はこの国が呪われた元凶だった。


当然父は家名も王位継承権も剥奪されたが、万一の時のスペアとして子供である僕には王位継承権が残されている。


正直意味が分からない。


僕が祖父である国王なら、僕が生まれる前に両親共々処刑するか、何処かに生涯幽閉しているだろう。




「ああ…まあ、どうせ無いようなもんだし、そもそもそれは内緒だろ?……外で話すことじゃない」


「あ……ごめんなさい」


「いいって。食事の準備僕も手伝うよ。いつもありがとう、ラーラ」


「どういたしまして!」




ラーラの祖母ドロテは父の教育係をしていたことがあり、父がこの町に追放されてすぐに一家で追ってきてくれたのだ。


まだ乳飲み子だった僕は、ラーラの母デボラの母乳で育ち、ドロテに教育を受け、ラーラの父モーリッツに領地経営を教わった。


父からもらったものは、無駄に目立つ王家の色であるハニーブロンドとブルーグリーンの瞳を持った父そっくりの姿と、数年前に気まぐれに教えてくれた剣術の型だけ。


身元が周囲に知られぬように、髪が伸びる度にデボラが薬草で濃い目の茶色に髪色を染めてくれている。


荒くれ者の多いこの町で、もしも父が『あの元王太子』だと知られれば絡まれたり襲われたりする可能性は十分にあるからだ。


覚えてもいない母や会ったこともない祖父母などは、僕の中では存在しないも同然で、父の他はラーラの一家だけが大切な家族であった。


ラーラと2人でスープの野菜を刻んでいると、ドロテとデボラが焼きたてのパンとヤギのミルクを持ってきた。


その後ろからのっそりと入ってきたモーリッツは、そのまま父を起こしに父の寝室へ向かっている。


おそらくそう待たずに父を抱えて食堂に戻ってくるだろう。




「あら、今日はいつもにまして美味しそうな匂いがしてますね」




昔は厳しかったドロテが、頬を緩ませて声をかけてきたので、僕もつい嬉しくて笑顔を返した。




「そうだろう?昨日仕事の帰りに運よく山鳥をしとめたから、今朝のスープは少し豪華なんだ」


「しかも、私も昨日沢で美味しいセリを見つけたの!ラッキーだったわ」


「おやおや、それは楽しみだこと」




出来上がった僕らにとってはいつもより豪華なスープを木の器に人数分よそって並べていく。


少し硬めだけど焼きたてのパンと、しぼりたてのヤギのミルク。


今朝は本当に贅沢だ。




「皆、ごくろう」


「父さん、おはよう。今朝は少し調子がいいの?」




モーリッツに支えられながら、寝室の方から父がゆっくりと歩いてくる。


今朝はなんとか自分で歩けているようだ。


王子として王宮で暮らしていた父には、使用人もいない生活と、この鉱山町の管理という仕事はかなり辛いものであったらしい。


僕は鉱山で労働させられないだけマシだと思っているけれど、華やかな王宮で貴族に囲まれていた父には、荒っぽい鉱山の労働者たちも、彼らを相手にしている飲み屋や娼館ばかりの町並みも、馴染めないものだったことは分からなくもない。


それでも、ドロテとモーリッツの助けを借りながらも、去年僕が13になるまで必死にこの鉱山都市シェルターを切り盛りしてきた父だったが、どうやら鉱山から出る粉塵で胸を患ってしまったらしい。


寝込むことが多くなり、去年からは僕とモーリッツでこの町と鉱山を管理している。




「ああ、幾分マシだな」


「まぁまぁ、それはようございました。朝食に致しましょうねぇ。モーリッツもご苦労様」


「ああ、うまそうだ」




モーリッツは大柄で言葉は少ないが、気が優しく荒事より事務仕事が得意な人物だ。


中央に行けばもっと良い仕事をもらえるであろうこの一家を、こんな鉱山都市なんかに縛り付けてしまっているのは、僕ら父子が彼らに頼りきっているからだ。


まずは僕1人でなんとか業務をこなせるようにと、今は必死に学びながら日々の仕事に取り組んでいる。


スープを口に運んだ父が、少しだけ頬をゆるませている。




「これは、山鳥か……うまいな」


「僕が昨日しとめて来たんだ。うまいなら、また今度とってくるよ」


「そうか……うん……そうか」




なんだか泣きそうな声で、頷きながらスープを飲む父の横顔をまじまじと見てしまった。


馬鹿な父だけど、途方にくれていた時もちゃんと愛してくれた人だ。


この町を出られないよう魔法で制限をかけられているのは父だけだ。


僕もレルヒ一家も、父を見捨てればこの町を簡単に出て行くことは出来る。


けれど、結局こうしてこの町で暮らしているのは、父を嫌いになれないからだろう。


食事が終わった父を、寝室まで肩を貸して一緒に歩いた。


年齢の割に老けて見えるのは、体調のせいなのか苦労をしたせいなのか。


ベッドに寝かせた父に、ここ最近ずっと言おうと思っていた言葉をかけた。




「父さん、僕がシェルター家の跡を継ぐから、無理しないでしっかり休んで身体を治してよ」


「……お前、まだ14だろう」


「今年の冬には15になるさ。16になったらラーラと結婚するんだ。もうラーラにもモーリッツさんたちにも許可はもらった」


「ラーラと……?そうか、大切に……大切にするんだぞ?」


「ああ、もちろんだ」




窓の方を向いた父の頬に、一筋涙が流れたように見えた。


肩が震えている父が思い出しているのは僕の母だろうか。


それとも、大切にできなかった婚約者の令嬢だろうか。


もしかしたら、信頼を裏切った祖父母だろうか。


聞いたところで答えが返ってくるはずもないので、僕はその背中に『行ってくる』とだけ声をかけて部屋を出た。


扉を閉めて振り向くと、廊下にラーラが立っていた。




「ラーラ、父さんに許可もらったよ」


「うん。聞こえてた……本当に私で良いの?」


「ラーラ以外は嫌だよ。僕はラーラと生きて行きたい」




僕が手を差し出したら、ラーラがそっと手を重ねてくれた。


指を絡ませて手を繋いで、もう片方の手で壁にかかっていた僕の鞄をヒョイと肩にかける。




「……よろしく、おねがいします」


「硬いなぁ。とりあえず、結婚式までには僕を呼び捨てで呼べるようになってね、ラーラ」


「うう……頑張ります」




鉱山事務所に先に向かっているだろうモーリッツの後を追って、僕とラーラは朝日の中を駆けだした。


今日もこの鉱山都市には、もうじき作業開始のサイレンが鳴り響くだろう。


だけど、隣を駆ける大切な人と一緒なら、そんな毎日も悪くないと僕は思っているのだ。

イメージはラピュタの鉱山都市よりもっと場末な感じです。

元王太子は王家の家名は名乗れず、都市と同じシェルターという家名と男爵位を与えられ、名目上は領主ですが魔法も封じられ都市から出られず、鉱山と都市の管理事務を任されています。

息子は、父の犯した罪を背負ってその場所で懸命に生きています。

母は駆け落ちしたと父子共に思っていますが、母も父同様都市からは出られないはずなので、どうなったのかは…。

次は孫の話になります。


連載終わってないのに、別連載を始めてしまった大馬鹿者です。


もし少しでも面白い!更新頑張れ!等思っていただけましたら、ブックマークや評価などして頂けたら嬉しいです。

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