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エース登場

8回裏 ノーアウト ランナー満塁



 俺はいきなりのことに頭が追いついていなかった。先頭の9番バッターに四球を与えたあと、続く1番バッターにはレフト前に運ばれ連続で出塁を許した。


 そして続く2番バッターには粘られた末に四球を許していた。この回、一つのアウトも取れず満塁のピンチを迎えたのだった。


「タイム」


 このピンチに内野陣はマウンドに集まっていた。直正が真島に声をかける。


「真島に対して二回り目に入ったからな。各打者、さすがにボールの見極めも出来てきてる。ここからは一筋縄にはいかないぞ」


「そんなこと、投げてる俺が1番分かってるよ。だけど、ここは俺がなんとか抑えるしかないだろ」


 真島が言うとおり、ベンチに残っている投手は明しかいない。先ほどの回から一応プルペンには入っているが、出来れば投げずに済むことがベストだった。


『山田監督。ここは続投ですか?』


『まだ勝ってるのはうちだからな。ここで石井を出したからといって無失点で抑えられる保証はない。なら、もう一人様子を見て、その結果で判断しようと思う』


『分かりました。真島が抑えてくれると信じましょう』


 心の中で、ベンチの山田監督に確認した。確かに次のバッターでホームゲッツーをとれれば、明をマウンドに上げずに済む。もし、失点したとしてもアウトカウントがとれるか、ランナーがどう残るかによっても展開が変わってくる。状況によっては明を温存できるルートもまだ残されていたのだった。


 俺たちは真島に声をかけ、守備位置に戻っていった。真島は大粒の汗を拭いながら、『大丈夫です』と応えていた。


 内野は前進守備で、相手に1点も与えないつもりの布陣だった。これで運良く、ホームゲッツーが取れたら申し分ないのだが……。




 打席には3番バッターを迎えた。この試合、先発の山路、2番手の時任からそれぞれビットを打っていた。しかし、真島との初対戦ではショートゴロに終わっていたのだった。


 直正とのサイン交換が終わり、セットポジションから真島が投球を開始する。






「ボール」







「ボール」


 ここまでストレートが2球とも外れ、ボール判定となっていた。ただ、コースは際どく、丁寧に投げることは出来ているようだった。


「真島!気持ちで負けるな!腕振っていけ!」


 俺は投球の合間に、必死に声を出し真島を鼓舞した。そして、真島の手から3球目が投げられた。








「ストライク」


 ここでカーブ。コースは甘かったが、ここまでボールが先行しているからかバッターは手を出してはこなかった。これでカウントツーボール、ワンストライク。ここはなんとかスリーボールになる前に勝負を決めておきたかった。

 

 バッティングカウントになって、マウンドの真島から4球目が投げられた。投げられたボールはストレート。勢いよくバッターの懐に迫っていく。







『カキーン』


「セカンド!」


 打球は少し詰まったのか、セカンド後方へ力なく飛んでいく。至るところからセカンドに呼びかける声が聞こえてきた。


「インフィールドフライ!」


 審判の宣告が聞こえた。これで捕球しようがしまいが、打者は自動的にアウトになる。これはかなり助かった。





「………あ!」


 しかし、今の守備隊系は内野前進守備。本来なら下がって間に合う打球のはずが、今は届くかどうかのギリギリのラインになっていた。


 セカンドの月岡がギリギリのところまで追って、必死にグローブをはめた腕を伸ばす。ボールはグローブに僅かに触れるも、無情にもグラウンドに落ちたのだった。


 俺はすぐにランナーの様子を確認する。サードランナーは落球の様子を見てホームに突っ込んできた。俺は慌てて月岡に視線を戻す。


「!?月岡!急げ、バックホームだ!」


 月岡はバランスを崩し転倒していた。近くまで寄っていたライトの飯野がカバーに入り、ボールを捕球する。少し手間取ってしまったので、さすがにホームは間に合わないか……。そう落胆していると、驚くべき声が聞こえてきた。


「ライト!バックホーム!」


「え!?」


 振り返ると、なんと2塁ランナーもホームに走ってきていた。おそらく、打った瞬間にスタートを切っていたので戻りきれず、3塁ベース付近で立ち止まっていたのだろう。そのおかげで落球を確認してからでも、十分ホームを狙うことが出来る位置にいたと思われた。


 もし月岡がフライをキャッチ出来ていれば、2塁ベースに送球してツーアウトになっていたはずだ。それが一転、絶体絶命のピンチを迎えていた。






「させるかよ!」


 ライトの飯野がホームに送球する。距離はそこまで離れていなかったこともあって、送球は正確に捕手の直正のところに返ってきた。直正が滑り込んでくるランナーにタッチしにいく。タッチのタイミングはギリギリだった。








「セーフ!」


 8回裏、リードしたのも束の間、あっという間に逆転を許してしまった。グラウンド上に立つ俺たちは、あまりの出来事に言葉を失っていた。俺たちに残された攻撃はあと1イニングだけしかない。しかも、相手は体力が有り余っているエースピッチャーだ。誰しもが、このあとの逆転の難しさを考えてしまっていた。







「タイム」


「鳴神高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー真島くんに変わりまして、石井くんが入ります。9番ピッチャー石井くん。背番号1。以上のように変わります」 


 審判のタイムの声に顔を上げると、アナウンスが聞こえ、ブルペンから明が走ってきた。マウンドに着くと、内野陣に向って声をかけた。


「お前ら何しょぼくれてんだよ。試合はまだ終わったわけじゃないぞ?さぁ、ここから切り替えていこうぜ!」


「石井先輩!俺はまだ投げれます!だから………」


「お前はよくやったよ。あとはベンチで先輩の応援でもしててくれ」


「でも!…………分かりました。すいません、あとは頼みます」


 何かを言いかけた真島だったが、ここは明にマウンドを託してベンチに戻っていった。


 その様子を見送って、マウンドに視線を戻すと明と目があった。明は笑顔で俺たちに声をかける。


「さぁ、ここから逆転する雰囲気を作っていこうぜ!」


「おう!声出して、集中していこう!」


「そうっすね!まだまだこれからっす!」


「すいません!次こそは取ってみせます!」


「石井!サードにどんどん打たせてこいよ!」


 明の登場によって、俺たちの切れかかっていた気持ちはなんとかもちこたえることが出来た。俺たちはこのあとの逆転を信じて、必死に声を出しながら守備につくのだった。

次回、決着!

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