エース温存!?
『次の試合、先発を誰にするか意見を聞きたい』
『………いきなりどうしたんですか?』
箕山高校に勝利した日の翌日の練習中、いきなり山田監督が心の声で聞いてきた。ここまで先発投手は山田監督が二宮コーチの意見を聞きながら決めてきていたので、この話は初めてのことだった。
たしかに俺は前世で監督経験もあるから、こうして相談して決めること自体は間違いじゃない。ただ、今の俺は1選手であり、これまでのような監督として見ていた視点とは違う。
また、投手ではないので明たち投手陣とは別メニューで練習することがほとんどだった。そんなこともあり、先発投手を含め、継投など投手関係はほとんど口を出していなかった。
『いや、実はこのあとの日程を見ると、少し不安になってな………』
俺たちは昨日箕山高校に勝利し、初の夏3回戦を突破していた。現在ベスト32だ。甲子園に行くには、あと5回勝つ必要があった。
『そっか。ここから試合間隔が短くなるんでしたね』
初戦と2回戦、2回戦と3回戦の間は2日間空いていた。しかしトーナメントが進み、残ったチームが減ってくれば、自ずと間隔も短くなってくるのだった。
準準決勝と準決勝は連戦。それ以外はここからは1日しか空きはないのだった。つまり、俺たちの次の試合は明日なのである。
『とりあえず投手陣は二宮コーチに見てもらっていて、今日の段階では明日は誰が投げてもいいように調整はしてもらってる』
『………と、いうことは先発は明じゃないってことですか?』
先発を誰にするか、そして誰が投げることになっても大丈夫ということは、これまで3試合先発してきた明を外す可能性があるということだった。
『次の試合でそうすると決まったわけじゃない。だが、どこかで先発を回避して疲労をとるということも考えないといけないのは確かだ。昨日の試合で10イニング投げ、次の試合はこれまでよりも間隔が短い。そう意味で、ここがもしかした休ませるタイミングなんじゃないかと考えたわけだ』
『なるほど………』
山田監督が心配していることも、考えていることもかなり的を得ていた。たしかに休ませることだけを考えるのであれば、これまでよりも疲労が回復しきらないと思われる、このタイミングで問題はないだろうが………。
『でも、次の試合の相手って確か………』
『シード校の一つである、三崎高校だな。場所的には第14シードといったところだ。春の県大会でベスト16入りして、シード権を獲得したチームだな』
次からはいよいよシード校との試合に入っていく。つまり、これまで以上にエースである明の力が必要になってくるのだった。
『ちなみに、三崎高校に勝ったあとは……』
『順当にいけば、第3シードの東雲高校だ。ここにはスタートから石井をぶつけたい』
『……と、なればやはり休ませるならここですか………』
県内4強の一角である、東雲高校。秋の大会ではコールド負けした相手だった。ここと戦うには明の先発が絶対条件になってくる。つまり、次の試合は先発を回避して、可能ならば登板せずに終われればベストだろう。
『あぁ。だからお前に相談したってわけだ』
『なるほど………。じゃあ、俺から一つ提案があります。それはですね………』
俺は山田監督に、ある提案をしてみた。俺が話す内容に、最初は驚いていた山田監督だったが、聞き終わったあとに一言『検討してみる』と言ってくれた。最終的に決めるのは監督の仕事だ。俺は山田監督に判断を委ねることにしたのだった。
一夜明け、4回戦の試合の日を迎えていた。試合前、ブルペンで肩をつくっていた投手が明じゃなかったことで、みんなの顔にこれまでとは違って少し緊張がはしっていた。
「それでは今日のスタメンを発表する」
俺たちはベンチ前に集められ、山田監督からスタメンが発表された。
本日のスタメン
1 ショート 星形(2年 背番号6)
2 セカンド 月岡(1年 背番号4)
3 ファースト 近藤(3年 背番号3)
4 レフト 岩井(2年 背番号7)
5 サード 木下(3年 背番号5)
6 ライト 飯野(2年 背番号9)
7 キャッチャー 直正(3年 背番号12)
8 センター 平野(2年 背番号8)
9 ピッチャー 時任(3年 背番号19)
「今日の相手は三崎高校だ。ここまで全試合二桁安打を記録している打撃のチームだな。両チームエースを温存しているから、条件は一緒だ。打って、打って、打ちまくって、シード校に打ち勝つぞ!」
「「はいっ!」」
打撃力重視ということで、キャッチャーは直正がスタメンに選ばれていた。そして、先発投手はこの夏初登板の、2年の時任の名前が呼ばれたのだった。
昨日練習中に俺が提案したのは、真島を抑えに置くことだった。試合終盤の方が投手にかかるプレッシャーは大きい。明を投げさせないのであれば、真島が完投して9回まで投げきることがベストだった。
しかし、真島の体力ではどんなに球数を抑えても、完投は難しい。試合の終盤を任せるためには、消去法で先発を回避して、序盤を削るしかなかった。そこで俺は最初の2順を、2年時任と3年山路に任せることを提案したのだった。
打者2順なら最高で6回まで、どんなに打たれたとしても3イニングはもつと考えた。それなら真島の担当は3〜6イニング分となる。その量なら真島にとって、最適な球数で投げることができるのだった。
この起用法の問題は、序盤に大量失点してコールド負けになってしまう危険性があることだった。その対策として、打撃力を優先して直正をスタメンにした。
そしてこれは賭けだったが、三崎高校も次戦を考えてエースを温存してくると考えていた。そうすればこちらにも得点のチャンスは増える。逆にエースが投げてくるようなら、この作戦ではかなり絶望的だった。
しかし、天は俺たちに味方し、賭けには見事に勝利していたのだった。
あとは明を温存することと、相手に打ち勝つこと。この2つができるかどうかが、この試合における俺たちに課せられたミッションだった。
次回、ミッションスタート!




