試合後のひととき
試合後、俺はいつものように星形を誘って室内練習場へ来ていた。ボールやネットを準備していると、木下や岩井も来て準備を始めた。
「お!参加するのは久しぶりだな!」
「いやー、ご無沙汰してます……」
俺が声をかけたのは、途中で入ってきた1年の月岡だった。月岡は入部以来俺たちの自主練に参加していたが、6月は途中から来なくなっていた。
「練習量が多くてきつくなったから来なくなったと思ってたけど………大会期間だけど大丈夫なのか?」
「あれ?星形先輩に聞いてなかったんですね?練習量自体は別に問題ないですよ。ここしばらくは自主練に参加する代わりに家でバット振ってましたし………」
え?星形?俺はどういうことかと思い、星形に視線を移す。星形は俺に見られて言い辛そうにしていたが、観念したのか理由を話しだした。
「いや…………月岡が来てからは近藤先輩と自分のところに入ったじゃないすか?その結果、時間に限りがある分打つ量が減って、自分としては楽になってすごく良かったんすけど………」
「………良かったけど、月岡に参加しないように言ったのか?なんで?」
「いや………自分の打つ量が減ってるってことは、近藤先輩も減ってるってことじゃないすか。近藤先輩はいつも自分自身より多く人に打たせてくれるんで、月岡の加入でこれまでよりも打つ量が減ってたじゃないすか。だから………」
「だから6月のある日、『近藤先輩にたくさん打ってほしいから、お前はしばらく参加するのやめるっす』って言われたんですよね」
「そういうことだったのか………」
自分では特に気にしていなかったけど、星形や月岡にそんな気を遣わせていたなんて、気付きもしなかった。多分俺にもっと自分の打つ量を増やしてくれって言ってもどうせ聞かないと思ったんだろうな。まぁ、たしかに聞かなかっただろうし。これは後輩の育成も兼ねてるからなぁ………。
「それなのに、どうしてここにいるんすか?まだ、近藤先輩引退してないすけど?」
確かにその話が本当なら、月岡はまだここには来ないはずだ。なにか用事でもあるのだろうか?
「いやー、実は当面の練習パートナーが見つかったんですよ。今日来たのは、お二人のペアに入らないなら問題ないと思いまして……」
「………誰なんすか?そのパートナーって?」
「俺です」
「!?」
星形の声に反応したのは月岡の後ろからやってきた直正だった。直正も何度か参加していたが、ここに来るのは久しぶりだった。
「月岡に誘われたので来ましたけど、邪魔なら帰りましょうか?」
「いやいや、せっかく来たんだから打っていこうよ?ね?」
星形の反応を見て帰ろうとした直正を、月岡が笑顔で引き摺ってくる。この二人こんなに仲がよかったっけか?
「直正、気を悪くしたなら申し訳なかったっす。二人が仲良いとは思わなかったっすから、びっくりしただけっす」
「別に仲良くないですよ。最近休み時間になる度に俺の教室に『一緒に自主トレやろ』と、誘いに来るのが迷惑だったから仕方なくです。周りの目が鬱陶しかったから、仕方なく来ただけです」
仕方なくを強調しているのは気のせいではないだろう。でも、ちゃんと付き合ってあげる辺り、意外と優しいやつなのかも知れない。周りの目は鬱陶しいと言うけど、月岡が来ること自体は鬱陶しいと言わないわけだし。
「まぁ話もこれぐらいにして、とりあえず早く練習しよう」
俺は話が終わらなそうなので声をかけた。話はそこで中断され、俺たちはその後はしばらく、黙々と打ち続けたのだった。
「そういえば、直正はこの2試合かなり調子いいっよね。次辺りスタメンあるかもしれないっすね」
俺たちは少し休憩をとっていた。星形の言うように、直正は初戦、2回戦と途中出場して、5打数3安打2打点と結果を残していたのだ。
対してスタメンキャッチャーの水谷はここまで7打数1安打と苦戦していた。実力のある選手で守備の要であるポジションなだけに、どうするかは山田監督も悩みどころだろう。
「直正が出るなら先発は真島にするんですかね?ここまで試合の後半は真島が投げてますし」
月岡が言うように、山田監督は月末報告のアドバイスを受けて、点差のついた試合の終盤は真島や直正をはじめとした控えの1、2年を積極的に起用していた。直正が途中から出てマスクを被り、明ともバッテリーを組むイニングもありはしたが、その後登板した真島とのバッテリーがほとんどだった。
直正がスタメンマスクなら真島をスタートから投げさせ、試合の途中からバッテリーごと交換というのも一つの手ではあった。
「まぁ、余程疲労が貯まらない限りは、明が先発することを山田監督は変えないだろうな……」
俺は山田監督から基本的に先発は明でいくと聞いていた。どうやら先発真島、途中から明という継投も考えていたようだが、二宮コーチから明が先発完投を希望している話を聞いて、最終的に決めたようだった。
ここまで比較的点差のついた試合なので途中で真島に変わってはいるが、この先の試合はおそらく明が完投する必要がある相手になってくる。そう考えると、キャッチャーの起用もかなり悩ましい問題になってくるのだった。
「別に俺が出なくても問題ないと思いますよ。結果的に打線は繋がっていて、得点は取れているわけですから」
直正の言うとおり、ここまで人によっては成績に違いはあるが、結果的に得点には結びついていた。初戦は8─0、今日の2回戦は7─1だった。打線は正直いじらなくても、今のところは問題ないように思えた。
「まぁ、問題は次の相手からこれまでみたいに点を取るのは難しいって話だな。あのフォークは消えるからな……」
次の相手は、昨年の夏に負けている箕山高校だった。昨年からエースナンバーを背負っている滝本はこの夏も好投を続けていた。俺は昨年実際に対戦して、フォークに手も足も出なかったのを思い出していた。
「すごいですよね、エースの滝本さん。ここまで2試合完封ですよ」
「でも、打線は大したことないんだろ?こっちだって石井が抑えれば問題ないわけだ」
岩井と木下が休憩に合流して、話に入ってくる。木下の言うとおり、打線はそこまですごいというわけではなさそうだった。ここまで0─4、0─3とそこまで得点をあげているわけではなかった。
「1点勝負になるかもな………。次が一つ俺たちにとっては山場になるわけか………」
ここまでは順調に勝ち上がってきていて、夏の大会だけを見ると初の3回戦進出となる。だが、ここからはまだ未踏の領域である県ベスト32をかけた戦いとなる。相手の投手も打線も、一段も二段もレベルアップしてくる段階に入っていた。
俺のこの予想は正しく、3回戦は厳しい戦いになるのだった……。
直正はツンデレ?次回は3回戦!
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