終わるときは一瞬
夏の大会の初戦に勝利した翌日、俺は星形から驚くべきニュースを聞かされたのだった。
「明城が初戦敗退!?なにかの間違いじゃないのか?」
「俺もそう思ったんすけど、何度も確認したから間違いないっす!」
星形もかなり衝撃だったらしく、何度も確認したとのことだった。
「そうか……終わるときはあっという間なんだな………」
負けたチームの3年生は自動的に引退となる。こうしてグラウンドに来て練習する当たり前が、当たり前ではなくなるのだ。すでに覚悟を決めていたつもりだったが、改めてそのことを考えさせられたのだった。
そして、あっという間に2回戦の日を迎えた。
「それでは今日のスタメンを発表する」
本日のスタメン
1 ショート 星形(2年 背番号6)
2 セカンド 月岡(1年 背番号4)
3 ファースト 近藤(3年 背番号3)
4 レフト 岩井(2年 背番号7)
5 サード 木下(3年 背番号5)
6 キャッチャー 水谷(3年 背番号2)
7 ライト 飯野(2年 背番号9)
8 センター 平野(2年 背番号8)
9 ピッチャー 石井(3年 背番号1)
「2回戦は今原高校だ。初戦は5対3で勝利していて、秋は県大会に出場しているチームだ。特に目立った選手はいないが、積極的に打ちにくる打撃が特徴だな。受け身にならず、俺たちもどんどん積極的に攻めていこう!」
「「はい!」」
ベンチ前で山田監督から発表されたスタメンは初戦と同じだった。打線の繋がりも良かったし、この並びで問題ないだろう。試合は、俺たちの先攻で始まっていった。
1回表 ワンアウト ランナー1塁
俺の初打席はランナーがいる場面で回ってきた。先頭の星形がファーストコロで凡退したが、2番の月岡がセンター前に抜けるヒットを放ち、出塁していた。月岡の足もあるし、ここはどういうふうに攻めるのだろうか。
マウンドに立っているピッチャーは右投げで、持ち球はここまでストレート、カーブ、フォークが確認出来ていた。球速はそこまで速くないので、星形や月岡レベルなら問題なく走れそうだった。
俺は打席に入る前に、山田監督から出されるサインを確認する。山田監督は帽子や肩、腕と次々に触っていく。サインは………特になしだった。自由に打ってもいいということだろうが、ここは手を出さない方がいいだろう。
俺は一応心の中で、山田監督の考えを聞くことにした。
『山田監督、とりあえず初球は待てってことでいいですか?』
『そうしてくれ。初球がストレートなら、2球目に月岡を走らせるつもりだ』
『了解です』
俺が神様から与えられたこの能力は、こういうときにかなり役に立った。基本的に監督はベンチからサインを出して、作戦をバッターやランナーに伝える。しかし、俺は心の中で会話できるので、山田監督の考えや意図も随時聞くことが出来るのだった。
俺はバッターボックスに入り、打つ態勢をとる。マウンドの投手から一球目が投げられるが、俺はしっかりタイミングをとるだけで、バットを振らずに見逃した。
「ストライーク」
初級はアウトコースにストレートだった。ランナーを警戒しての配球なのは間違いなかった。しかし、俺はこれでもこのチームの3番バッターだ。いくらランナーを警戒していたとしても、同じ球を投げてくる可能性は低いだろう。
俺は山田監督からのサインを確認した。サインは………盗塁だった。俺はバッターボックスに入り直し、再び打つ態勢をとった。
俺はここも打つつもりはなかった。追い込まれてしまう可能性は高いが、月岡の盗塁が成功したほうがこのあとかなりチャンスになるからだ。
マウンドのピッチャーから2球目が投げられた。
「走った!」
その瞬間、いろいろなところから月岡がスタートを切ったことを伝える声が聞こえてくる。キャッチャーは捕球したあと、素早くセカンドベースに送球した。
「セーフ!」
投げられた球種がカーブだったのもあり、月岡は悠々と盗塁を成功させた。これで、作戦通り得点圏にランナーを置くことができた。
今の投球はボールだったので、カウントはワンボールワンストライク。ここからはランナーの警戒もそこそこになるので、配球もさっきまでと変わってバッター勝負になることが予想された。
とりあえず追い込まれるまでは、狙いはストレートだろう。マウンドの投手はここまでの打者にもストレート主体のピッチングだったので、このあとも投げてくる可能性はかなり高い気がした。
『狙いの球種→ストレート
打球の方向→右方向
打ち方 →ミート中心
成功確率 →46%』
そして打つならランナーが進塁できる右方向の方がいいだろう。考えをまとめた俺は、バッターボックスで相手投手の動きに集中した。
ピッチャーはサイン交換が終わり、セットポジションに入った。ランナーに牽制の意味を込めて一瞬視線を送り、俺の方に向き直って三球目を投げてきた。
投げられたボールのコースは真ん中低めだった。俺はしっかりと引きつけて、バットを振り抜いた。
「カキーン!」
捉えた打球は、ファーストとセカンドの間をライナーで抜いていった。ランナーの月岡はそれを見て、三塁を周ってホームに突っ込んでいった。
それを見て、ライトが打球を捕球し急いでホームへ送球する。しかし、そこまで肩が強いわけではなく、俊足の月岡に軍配が上がった。
「セーフ!」
打球の勢いが良かったので、タッチのタイミングが際どくなるかと思ったが、その心配は杞憂に終わり、送球がキャッチャーに到達する前に月岡はホームベースにタッチしたのだった。
『【先導する者】の効果により、チームメイトの能力が試合中4%上昇します』
狙い通りのバッティングで、初回に先制点をあげることが出来た。この試合も、俺たちは幸先の良いスタートを切ったのだった。
「ゲーム」
「「ありがとうございました!」」
俺たちは初回以降も優位に試合を進め、無事に勝利することができたのだった。両校の選手が整列して挨拶が終わったあと、俺はいつものように正面に立つ相手チームのキャプテンと握手しに行った。
「!?」
俺は思わず固まってしまった。俺の目の前に立つ、相手チームのキャプテンは目から大粒の涙を流していたのだ。すぐに我に返って握手することはできたものの、最後までお互い言葉はなかった。予想もしていかなった光景に、俺はなんて声をかけていいのか分からなかった。
思い返せば初戦の相手は試合終了の握手の際には泣いておらず、『次も勝てよ!』と声をかけてくれた。そのイメージでいた俺にとって、この違いの大きさはかなりの衝撃だった。
昨年先輩たちが敗戦後に涙を流しているのを見て、悲しい思いもあったが『次は俺たちが頑張らないと』という気持ちの方が強かった。いざ3年生になって、一つ負ければ引退という立場になると見え方はかなり変わってくるのだった。
負けたら引退。人によっては高校野球を引退したあと、野球から離れる人もいるだろう。すべての3年生は、最後のこの大会にすべてをかけてきているのだ。
俺ももし負けたら………。俺は球場から学校に戻りながら、柄にもなくそんなことを考えてしまうのだった。
昨日は急用で更新できませんでした。申し訳ないです。
試合の結果は次回記載してます。
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