それぞれの思い
今回は視点がいろいろ変わります。
夏の大会初戦1週間前 近藤━━━
予定された練習試合も終わり、夏の大会初戦まで残り1週間となった。その日の練習終わりに、全員がベンチ前に集められた。
「えー、いよいよ来週から夏の大会が始まる。今からベンチ入りメンバーを発表する。名前を呼ばれたら前に背番号を取りに来るように。…………では1番、石井」
「はい!」
夏の大会ベンチ入りメンバー
1 石井 3年 投手
2 水谷 3年 捕手
3 近藤 3年 一塁手
4 月岡 1年 二塁手
5 木下 3年 三塁手
6 星形 2年 遊撃手
7 岩井 2年 左翼手
8 平野 2年 中翼手
9 飯野 2年 右翼手
10 真島 1年 投手
11 山路 3年 投手
12 直正 1年 捕手
13 米田 2年 内野手
14 谷田 1年 内野手
15 大林 2年 内野手
16 町村 3年 内野手
17 杉山 3年 外野手
18 茂木 1年 外野手
19 時任 2年 投手
20 湯元 2年 捕手
「昨年の夏は2回戦敗退だった。今のチームなら、昨年の成績は超えることができると思っている。初戦はちょうど一週間後だ。3年生は特に、残りの期間を有意義に過ごしてくれ。今年こそ、長い夏にするぞ!」
「「はいっ!!」」
2、3年は全員ベンチ入りしていた。ベンチ入りメンバーが発表されたことで、3年には特に気合が入った気がする。背番号を受け取ったことで、いよいよ夏が始まるということが現実味を帯びてきたのだった。
夏の大会初戦まであと5日 木下━━━
俺は近藤たちと自主トレをしながらこれまでのことを振り返っていた。
副キャプテンとして、俺はチームのために何か貢献出来たとは思っていない。投手陣はもう一人の副キャプテンの石井がまとめ、野手陣はキャプテンの近藤がまとめてきた。
1年の秋、俺は悔しかった。斎藤先輩がサードにコンバートしなければ、新チームのサードレギュラーは俺だった。同じ1年の近藤がファーストのレギュラーを掴んだことで、俺は控えに甘んじることになったのだった。
守備は負けてない。打撃で近藤より結果を残せなかったことで、レギュラーのチャンスを掴むことが出来なかった。俺は近藤に負けたことが悔しかった。
2年の春、大会が終わった翌日から近藤に自主練に誘われるようになった。練習量で近藤に負けるつもりはなかった俺は、2つ返事でそれを承諾した。
2年の秋、俺は晴れて新チームのレギュラーとなった。しかし、結果は思うように出せず、打順は下がることもあった。
そんな俺とは対象的に、近藤は不動の3番になっていた。俺は悔しくて悔しくて堪らなかった。練習量だって負けてないのに、どうして………。
俺は毎日全体練習後に残って練習するようになっていた。近藤より、練習する。そして近藤に勝つ。そう思って始めた自主練はいつの間にか習慣になっていた。
毎日一緒に練習や自主練をしていく中で、あることに気付いた。近藤は俺のことを意識なんてしていなかったのだ。近藤はただ、上手くなることに、ただ試合に勝つことに貪欲な選手だった。
そして、気付けば近藤に対しての気持ちに変化が起きていた。『こいつはすごい』と、認めはじめている自分がそこにいた。
山田監督のメニューは月によってキツさにかなり差がある。走塁練習が中心になった日には、全体練習が終わったらすぐ家のベットで横になりたいという気持ちになるほどだった。
だが近藤は違った。どんなに練習がキツくても、どんなに疲れていても、残って誰よりもバットを振り続けた。周りがどうとか近藤には関係なかったのだ。俺はその姿を見て、悟った。勝てるはずがない、と。近藤と俺では目指しているところが違うということを思い知らされたのだった。
近藤に対して対抗意識が0になったわけではない。俺の実力が負けてないという自負もある。でも、悔しいと思うことはなくなった。近藤に勝ちたいと気持ちもいつの間にか無くなっていた。
逆に、俺はこれまで以上に燃えてきた。純粋に上手くなりたい、もっと試合に勝ちたいと思うようになった。近藤に勝ったところでなんだというのだ。俺は今まで、なんのために野球をやってきたのか気付かされた。
夏の大会で負ければ、もう近藤たちと自主トレが出来なくなる。俺はまだまだ上手くなれる自信があった。自分の技術の限界に達するまで、俺は負けるつもりはなかった。
夏の大会初戦まであと4日 岩井━━━
「岩井、もう一セットいくぞ!」
「分かりました。………ちゃんと俺にも打たせてくださいね?」
結局先輩たちが引退するまで自主トレに参加することになりそうだった。あのときは、まさかここまで続くとは思わなかった。
俺は人付き合いが苦手だった。これまでの人生で自分から話しかけることもほとんどなかった。自分から意見を発することもなく、ただ周りに合わせて過ごしてきた。
野球も親に勧められて始めた。それなりに身体を動かせればいいや、という気持ちだった。友達は出来たが、グラウンドの中だけの関係だった。なんとなく続けていた野球だったが、気付けば高校から推薦をもらえるようになっていた。
特に新しくやりたいこともなかった俺は、このチームで野球を続けることにした。これからまたなんとなく3年間が過ぎていくと思っていた。
同学年の星形は同じ推薦入部だからか、事ある毎に話しかけてきた。人懐っこい性格で、一緒にいて悪い気はしなかった。気付けば学校でもよく話すようになっていた。
入部早々、2年の近藤先輩と木下先輩の自主練に誘われた。断る理由もなかった俺は、なんとなく参加することを決めた。
参加してみると思ったより拘束時間は長く、俺はどこかのタイミングで参加をやめようかと思っていた。木下先輩とペアになり、打撃練習を行なっていたある日、木下先輩に声をかけられた。
「岩井!俺のバッティングどこがダメか教えてくれ!」
「いいですけど………どうしてそこまで頑張るんですか?」
俺は気になって聞いてみた。どうして木下先輩は全体練習が終わったあともこんなに練習するのだろう?
「ん?そんなの上手くなりたいからに決まってるだろ?」
木下先輩は何を当たり前のこと聞いてんだ、という顔で続けた。
「上手くなりたいし、試合に出たいし、試合で勝ちたい。だから俺は毎日練習してる。悔しい思いをして、ベンチから試合を見てるだけの日々なんてもうゴメンだからな。岩井はどうして参加してるんだ?」
「俺は…………」
近藤先輩に誘われたからです。そのたった一言で済むことのはずなのに、木下先輩の話を聞いたあとではなぜか口にすることがてきなかった。
「俺はさ、近藤に誘われて自主トレを始めてから、いろいろ気付かされたことが多かったんだ。本人には言わないけど、俺が変われたのは近藤のおかげだな。だから岩井もさ、これが何かのきっかけになるといいな」
「そう………ですね」
近藤先輩や星形、木下先輩といると居心地は良かった。ここでなら、俺も木下先輩みたいに変わることは出来るのだろうか?
「木下先輩、バッティングフォームの話なんですけど………」
俺はもうしばらく、この自主トレに参加することにした。この人たちと一緒になら、何か変わることが出来る気がした。
あれからもう1年以上経った。木下先輩はかなりクセの強い先輩だけど、俺の話はしっかり聞いてくれるので、俺はかなりコミュニケーションを取れるようになっていた。
「木下先輩………ありがとうございます」
「ん?いきなりどうした?………気味が悪いな」
あの日、木下先輩に声をかけられていなかったら、自主トレに参加するのをやめて、これまでと変わらない毎日を過ごしていたと思う。今の俺があるのは、間違いなく木下先輩のおかげだった。
「…………仕方ない、今日はちゃんと俺と同じ数打たせてやるよ」
「…………やっぱりさっきのなしでお願いします」
俺はまだまだこの人から学ぶことは多い。俺はまだまだ変われる。そう思わせてくれる人に出会えて本当に良かった。
夏の大会初戦まであと3日 石井━━━
「いよいよ次が最後の大会か………」
俺は去年の悔しい気持ちを思い出していた。試合後、佐藤先輩に言われた言葉が昨日のことのように鮮明に思い出される。
今年は全試合、全イニング一人で投げきるつもりでいた。そのための練習はしてしたつもりだし、投げきれる自信はあった最後、引退するときに後悔だけはするつもりはなかった。
そして、もう一つ俺には最後の仕事が残っていた。
「…………なんで毎日石井先輩と走らなきゃいけないんですか?」
「仕方ないだろ。お前のこと面倒見るって1年に約束したんだから」
俺はミーティング以降、家に帰ってから走るのをやめた。グラウンドの外野のポール間を往復して走る練習に切り替え、真島を誘ったのだ。
最初は渋っていた真島だったが、二宮コーチが賛同してくれたおかげで無事に参加が決定したのだった。
「それに、真島だって帰ってから走ってたんだろ?一緒に走った方が楽しいぞ?」
「楽しいわけないだろ!………ないですよ……」
口調も直そうと努力しているが、こちらはまだまだ時間がかかりそうだった。
「じゃあ行くぞ!一本目!」
「ちょっ、いきなりはずるい……っすよ!」
新チームのエースは間違いなく真島だ。俺が佐藤先輩からいろいろ教えてもらったように、俺も真島に何かを残してやりたかった。日にちは大会まであと少ししか残ってないけど、俺の姿から、言葉から、何か一つでも伝わることを願いながら、一緒に走るのだった。
夏の大会初戦まであと2日 2年マネージャー赤羽━━━
「………以上で俺からの話は終わりだが、マネージャーから話があるみたいだ。赤羽、頼む」
練習後の選手の前で話していた山田監督に促され、私は山田監督の隣へ向かった。半円になって集っている部員のみんなの視線を感じて、少し緊張してしまう。
「れ、練習お疲れ様です!夏の大会の勝利を願って、マネージャー二人でお守りを作りました!好かったら受け取ってください!」
私は1年マネージャーの遥と分担して、一人ひとりに手作りのお守りを手渡していく。作ったのはユニフォームの見た目で、背面には選手の背番号が入っている。
冬合宿のとき、遥とみんなのために何か出来ることはないか話していた。そのときにお守りを作ることを思いついたのだった。
合間の時間を上手く使って、24個のお守りを完成させたのだった。縫い物の経験があまりなかった私たちにはかなり大変だったが、練習しているみんなのことを思い浮かべたら、自然とやる気が湧いてきたのだった。
「私たちはグラウンドで一緒に戦えませんが、ベンチとスタンドから応援しています!頑張ってください!」
全員に配り終わり、一言いってその場から離れようとしたところで近藤くんの声が聞こえてきた。
「わざわざ俺達のためにありがとう。気をつけ!礼!」
「「ありがとうございました!!」」
「!?ど、どういたしまして!」
別に感謝してもらいたくて作ったわけじゃない。完全な自己満足のつもりだった。でも、こうして『ありがとう』と言われると、心がとても暖かい気持ちになるのだった。
神様………どうか、みんなの夏が1日でも長く続きますように………。
私は心の中で、初詣で神様にお願いしたことをもう一度繰り返すのだった。
夏の大会初戦前日 星形━━━
いよいよ明日は初戦の日を迎える。6月最終日の今日は開会式が行われ、学校に戻ってきてからは軽く汗を流して練習は終わっていた。
俺は近藤先輩に誘われ、室内練習場に来ていた。近藤先輩がトスを上げてくれて、俺がネットに打ち込んでいた。
『カキーン』
「いよいよ始まるっすね」
『カキーン』
「そうだな………」
『カキーン』
「……………」
『カキーン』
「……………」
『カキーン』
俺たちは交代しながら無言で打ち続けた。ある程度打ったところで、近藤先輩がそろそろ切り上げようと口にした。
「今日はこのくらいにしておこう」
「………そうっすね。明日は朝早いっすから」
俺は近藤先輩とボールを集めていると、近藤先輩がボソッと呟いた。
「あと何回ここで練習出来るんだろうなぁ………」
「勝ち続ければ、まだ1か月以上もあるっすよ!練習相手がいなくなったら寂しいっすから、勝つために俺も頑張るっす!」
独り言だったとは思うけど、俺は思わず返答してしまっていた。俺の言葉を聞いて近藤先輩は一瞬キョトンとした表情をしたが、すぐに笑い出した。
「ははは。そうだな。俺もまだまだ星形のことを鍛え上げないといけないから、簡単に負けられないよ」
「お手柔らかにお願いするっす………」
「「ぷっ………あははは!」」
俺と近藤先輩の笑い声が室内に響き渡った。
あぁ、この時間が明日も明後日も、これからもずっと来てくれたらいいのに………。
夏の大会初戦前夜 近藤━━━
明日の準備をすべて済ませ、いつもより早くベットに入った。こんな早く寝るなんて、いつ振りのことだろうか。俺はそんなことを考えながら、月末報告のメールを確認した。
『神様 2023/06/30
宛先:baseball.8989@anu.ne.jp
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月末報告じゃ!
久しぶり、神様じゃ。元気にしとるかのぉ?今日で6月が終わるので、月末報告をするぞい。
◎個人能力値
近藤 裕太(3年) 右投げ右打ち キャプテン
※各数値の最大値は100
※数値の右側は補足説明
〇ポジション
ファースト70
他0
〇打撃
・ミート力 69(+1) バットにボールを当てる能力
・スイング速度 66(+1) スイングの速さ
・パワー 68(+1) 打球速度、飛距離
〇走塁
・足の速さ 56 (+1)単純な足の速さ
・走塁技術 45 (+1)ベースランニングとスライディング
・盗塁技術 36 (+1)リード、スタート、スライディング
〇守備
・肩の強さ 48(+1) 距離
・送球の正確性 46(+1) コントロール
・握り変え 42(+1) 取ってから握り変える早さ
・捕球力 46(+1) 球際の強さ
・打球判断力 46(+1) ボールとの距離感、スタート
・守備範囲 51(+1) (足の速さ+打球判断力)÷2
〇投手
・球速 98km/h
・制球力 8
・スタミナ 11
・変化球 なし
〇その他
・体力 70 練習をする上で必要不可欠
・精神力 57(+1) 様々な場面での度胸
・サインプレー 46(+1) 理解力
・バント 49(+1) バントの技術
◎チーム評価
※最大値は10
・投手力 5
・打撃力 5
・機動力 4
・守備力 4
・指導力 4
・対外評価 3
◎推薦枠部員情報
・星形 光(2年) 打4走6守4投1他4
・岩井 武(2年) 打6走3守3投1他4
・月岡 修(1年) 打2走4守2投1他2
・直正 健(1年) 打4走2守3投1他2
・真島 宏大(1年)速4制2ス2変2他2
◎アドバイス
先を見据えた戦い方をせよ。
夏の大会前最後の月末報告だった。数値は上がっていたものの、やはり微々たるものだった。
そして、アドバイスは………『先を見据えた』か。今後のことを考えて、1年や2年を積極的に起用しろという意味だろうか?
俺は考えるのもほどほどにして、神様に対してこれまでの感謝をメールに書いて送信し、静かに目を閉じて眠りにつくのだった。
そして、いよいよ夏が開幕する…………。
無事50話到達しました。総PV数も先日5000を突破しました。今後ともよろしくお願いします。