選んだ球種は
7回表 ツーアウト ランナー1、2塁
現在のスコアは0対0のままだ。俺の予想は外れ、ここまで点数を取れないでいた。
ヒットはかなり出ている。ここまで毎回出塁し、チャンスは何度も作っているがあと一本が出なかった。この回もランナーはいるが、すでにツーアウトとなっている。
ここで確実に1点はとっておきたい。なぜなら、こちらの先発した真島はもう限界のはずだったからだ。
ここまで6回を無失点に抑えてはいるが、球数はすでに90球近くなっていた。先程の回もランナーが3塁まで進み、ギリギリ0点で抑えることが出来たのだった。
ブルペンでは2年の時任がすでに準備を終えている。いつもなら次の回から投げさせるはずだが、山田監督は継投をどうするか決めかねているようだった。
この回先頭の8番平野がヒットで出塁すると、次のバッターである9番の真島をそのまま打席に送ったのだ。
ネクストバッターサークルには代打の選手が入っていた。しかし、送りバントの場面だったので代打は出ず、そのまま真島が打席に入り送りバントを決めていた。
つまり、まだ投げることは出来るのだ。後はスタミナの問題次第だが………。
スタミナが切れかかっている真島でも、2年の時任でもこのあと無失点で抑えられる保証はない。むしろ点をとられる可能性の方が高いだろう。
だからこそ、ここで先取点をとって、投げるピッチャーの気もちを少しでも楽にしてやる必要があるのだった。
俺は目の前のピッチャーに意識を戻す。ここまで球種はストレート、カットボール、カーブ、シュート、スクリューを投げていることが分かっている。どの球種も、決め球にはならないようなものだった。それだけに、ここはなんとしても打たなければならない。
「よろしくお願いしますね」
「あぁ」
そして、この蛇沼というキャッチャーの存在が大きい。盗塁はここまですべて防がれていた。星形や月岡ならいい勝負が出来るだろうが、ここまで二人が走れるタイミングはなかった。
初回、俺が1塁ランナーの月岡が走るのを待ってから打っていれば、もしかしたら結果は違っていたかもしれないが………。
狙い球はストレートに絞り、センター返しで確実にランナーを返すことを目指すことにした。ストレートさえ投げてきてくれれば………。
『狙いの球種→ストレート
打球の方向→センター方向
打ち方 →ミート中心
成功確率 →34%』
初球はカーブでストライク、2球目はインコースにカットボールが外れボールだった。そして、3球目にして狙い球のストレートが投げられた。
コースはアウトコースで少しボール気味だった。少しくらい外れただけなら問題ない。俺は迷わず打ちにいった。
『カキーン!』
芯で捉えた打球は勢いよくライト方向へ飛んでいった。ファーストの頭上を越え、ライト線ギリギリのところに進んでいく。
「ファール」
惜しくもフェアゾーンに落ちず、ファールとなった。入っていれば、1塁ランナーまで帰ってこれたのに………。
そしてカウントはツーボールツーストライク。右バッターの俺は、外に逃げながら沈んでいくスクリューに気をつける必要があった。
狙いは………このカウントならやはりスクリューだな。バッテリーとしても、カウント的にはボール1つ分はまだ余裕がある。ここはストライクからボールゾーンに変化するボールで空振りを狙ってくるはずだった。
『狙いの球種→スクリュー
打球の方向→センターからライト方向
打ち方 →ミート中心
成功確率 →23%』
俺は狙いを変え、ピッチャーの動きに集中する。マウンドの投手はセットポジションから5球目を投げてきた。
コースはインコース。ストライクゾーンに投げ込まれている。このボールの速さとコースならストレートかカットボールの二択だ。俺は向かってくるボールに向かってバットを振った。
『カキーン』
球種はカットボールだった。1打席目に軌道を見ていた分、なんとか対応出来た。打球は勢いよく三遊間に向かって飛んでいった。
抜ければ1点は取れるはず。俺は1塁へ走り出しながら、打球の行方を確認した。
「!?」
ショートが余裕をもって打球に追いついていた。飛んだコースは間違いなくショートの横を抜けていく場所だったはずなのに………。
「アウト」
ショートからファーストへ送球され、スリーアウトとなった。
「惜しかったですね。ピッチャーが投げた瞬間に、ショートがいつもより三遊間よりにポジションをとっていたんですよ。それがなければ完全に抜けてましたね」
「そう………だったのか」
俺はベンチから帽子もファーストミットを持ってきてくれた後輩の話から、今のアウトのカラクリを理解した。恐らく、俺に投げる球種やコースによって僅かにポジションを変えていたのだ。
それに気付いていれば………。いや、気付いていたとしてもどうすることも出来なかった気もする。さっきのカットボールは1打席目よりもコースが厳しかった。センター返しを打とうと思ったら、予め狙っていてやっとというところだろう。
「打たされたってわけか」
結局はバッテリーの思い通りに討ち取られてしまったということだった。
7回裏 ツーアウトアウト ランナー1、2塁
その裏、真島は続投だった。ツーアウトまではテンポよく取ることが出来たが、その後ヒットと死球でピンチを招いていた。
打たれたヒットといっても、詰まってのポテンヒット。死球もインコースをしっかり攻めた結果で、そこまで大きく制球が乱れてはいなかった。
直正が間を空けるために、マウンドへ駆け寄っていた。俺はベンチの様子を見るが、どうやらここでの交代はなさそうだ。時任にはこのピンチは荷が重いからだろう。
直正がマウンドから戻っていき、相手選手がバッターボックスに入る。バッターは蛇沼だった。
ここまで三振、ショートゴロと凡退している。ここまで打たれていない相手というのも続投の理由の一つだろう。
すでに球数は100球を越えていた。真島は平然を装っているが、バッターに捉えられる機会は確実に増えてきている。
右のバッターボックスに入った加賀に向けて、マウンドの真島は第1球を投げた。
「ストライク」
初球はアウトコースにストレートが決まった。蛇沼はバットを出すことなく見送った。その後、2球目の変化球と3球目のストレートが外れ、カウントツーボールワンストライクになった。
4球目のサインが、直正から出される。しかし、真島は何度も首を振った。
「すいません、タイムをお願いします」
「タイム!」
サインが決まらず、直正がマウンドへ駆け寄っていった。練習試合ではほぼ毎回のように見る姿だったが、この試合に限ってはこれが初めてだった。
何やら話して、あっという間に直正は戻っていった。何だったのだろう。
そして、5球目が投げられた。最終的に投げられたのは………変化球だった。
『カキーーン!』
痛烈な打球がセカンドの頭上を越えていった。なんとかセンターが追いついたが、ランナーの生還は許してしまった。
真島は次のバッターに死球を与えてしまい満塁になり、さらにその後のバッターには四球を与えて押し出しでさらに1点失っていた。
「タイム!」
ブルペンから時任が走ってきた。真島はここで交代となったのだった。
「ゲーム」
「「ありがとうございました!!」」
結果は1対3で負けてしまった。マウンドの時任は満塁のピンチは抑えたものの、8回裏に1点失っていた。
打線は8回表に岩井のツーベースヒットから、最後は直正がヒットで返して1点とっていた。しかし、その後は追加点を取ることは出来なかった。
「結果は負けだが、収穫もあった。反省は後でしっかりするとして、今は目の前の試合に集中しよう」
「「はい!」」
山田監督が言うように、すでに相手ベンチには次の対戦するチームが入ってきていた。その後、俺たちはすぐに2試合目を開始したのだった。
蛇沼は次回も登場予定です。




