溜まるストレス
『指導力を上げろか』
『そうなんですよ。どうしたもんですかね……』
俺は昨日の月末報告の内容とアドバイスについて伝えていた。
『おそらく指導力が上がれば報酬が得られるからだろうな。マネージャーもコーチも報酬で来てくれた人たちだし』
『そうでしたね。しかもどちらもかなりチームに貢献してくれていますからね』
二宮コーチは投手陣の成長には欠かせない存在となっていた。そして、あまり目立ってはいないがマネージャーもチームを支える大切な存在になっていた。
練習中に飲む飲み物を用意し、練習に使う道具の準備や片付け、手入れもできる範囲で手伝ってくれている。ノックのボール渡しや、バッティング練習後のボール拾いなどのサポートもこなしていた。
そして何よりグラウンド上にいるだけで部員のやる気が向上していた。男とは単純な生き物なのである。
『まぁ、なんとなくだけど指導力を上げる目処はたってはいるんだ』
『そうなんですか!?』
『おそらく、投手力、打撃力、機動力、守備力の数値の平均によって指導力は変わるはずだ。次の指導力の数値は4だから、4つのうちどれかの数値をあと3ほど上げれば平均4になるはずだ』
『なるほど!それなら指導力上げる方向性が見えてきますね。じゃあ、投手力は二宮コーチに任せて数値を上げるとして、山田監督の方は数値が低い機動力と守備力を上げていきますか?』
『んー、それが1番早いとは思うんだけどな。ただ、以前のメールでチームの武器を作れって何度もアドバイスがあったからな。平均的に上げるのもどうかと思ってな……』
平均的に上げていれば弱点はなくなるが、突出した強みを作ることは難しいだろう。チームが勝ち上がっていくためにはどっちを優先するべきか……。
『よし、とりあえずは指導力向上を目指して守備力と機動力を15日で変えて、半月ずつ練習していこう。来月はどちらかの数値が上がれば上がらなかった方を優先して鍛えていくことにしよう』
『分かりました。もし、方向性が違っていればアドバイスで教えてくれそうですしね。では、明日の朝に機動力の方から重点成長能力に変更しておきますね』
『あぁ、よろしく頼む』
8月前半は走って、走って走りまくった。以前の重点成長能力が走塁のときは秋や冬だったのでまだマシだった。今は真夏。汗だくになって走り続ける選手たちの悲痛な声がグラウンド上の至るところから聞こえてくるのだった。
8月後半は守備練習中心だった。下半身が悲鳴をあげた状態での守備練習もかなり地獄だった。内野陣はゴロを補給するために打球まで細かく足を動かして近づき、足を開いて腰を落として捕球態勢に入る。
外野陣は外野フライ捕球のために、前後左右走り続ける日々だった。
捕手陣はしゃがんでいる態勢が基本であり、そこから捕球やスローイングなどの動きがあるたびに立ち上がり、それを繰り返して足腰がガタガタになっていた。
『カキーン』
「バット振らせろや!!」
全体練習後、疲れた身体にムチを打ってほとんどの選手が室内練習場でバットを振るのだった。早く帰って休みたい、けれどボールを打ちたいという欲求には逆らえない。野手陣はみんな打撃練習が1番好きなのだ。
中でも木下は1番フラストレーションが溜まってるらしく、俺と星形、岩井と最後まで残ることが多かった。
「秋の大会一次予選もくじ運悪すぎで、ダメダメだったっすもんねぇ」
「県大会にいくチャンスを1つ無駄にしましたからね」
「うぐっ」
8月中旬のお盆があけてすぐに秋の大会一次予選が行われていた。くじはキャプテンの俺が引いたが、県内強豪校の一角、東雲高校との初戦となり、あえなく敗退していたのだった。
「まぁ、収穫もあったわけだし……」
俺はそんなふうに声を絞り出すので精一杯だった。今までなら確実に5回コールド負けだったはずが、9回まで試合をすることができたからだ。
「でも1対7っすよ。ギリギリもいいとこっす」
「石井先輩が9回まで投げていたらいい勝負したと思いますけど」
「確かに……でも、あの場面は仕方ないと思うぞ」
岩井が言っているのは、1対3でリードされた7回表ワンナウト満塁のチャンスで打席が明に回った場面の話だった。投手練習に全振りだった明は打撃能力が著しく低下していて、最近ではほとんどいい当たりが出ていなかった。
残り3回も守備が残っていたが、なんとしても得点したい場面で背に腹は変えられず、代打を送っていたのだった。
結果は三振。後続も打ち取られ結局無得点。次にマウンドに上がった山路、時任が毎回失点し、大差で破れていたのだった。
俺たちが休憩がてら談笑していると、木下の声が聞こえてきた。
「去年はバッティングばっかりだったのに、今年は地獄かよ!山田監督のバカヤロー!」
『カキーン』
練習でのイライラをボールにぶつけているみたいだ。その山田監督と練習考えてるのは俺なんだけどなぁ……。そもそも山田監督は現世の俺だし、つまりはほぼ俺のせいなんだよなぁ。
この地獄の元凶が目の前にいるとも露知らず、必死にボールを打ち続ける木下なのだった。
「やっと月末か……」
スタメンを決めるための練習試合や公式戦があったものの、ほとんどの日が練習だけだった。もう少し試合があれば、ここまで大変じゃなかったんだけどな……。
疲労困憊でベットに倒れ込み、携帯に目を向ける。いつものように神様から送られてきていたメールの中身を確認した。
『神様 2022/08/31
宛先:baseball.8989@anu.ne.jp
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月末報告じゃ!
久しぶり、神様じゃ。元気にしとるかのぉ?今日で8月が終わるので、月末報告をするぞい。
◎個人能力値
近藤 裕太(2年) 右投げ右打ち キャプテン
※各数値の最大値は100
※数値の右側は補足説明
〇ポジション
ファースト58(+3)
他0
〇打撃
・ミート力 57(+1) バットにボールを当てる能力
・スイング速度 54(+1) スイングの速さ
・パワー 56(+1) 打球速度、飛距離
〇走塁
・足の速さ 41 (+3)単純な足の速さ
・走塁技術 32 (+2)ベースランニングとスライディング
・盗塁技術 23 (+2)リード、スタート、スライディング
〇守備
・肩の強さ 37(+3) 距離
・送球の正確性 35(+3) コントロール
・握り変え 30(+2) 取ってから握り変える早さ
・捕球力 34(+3) 球際の強さ
・打球判断力 34(+2) ボールとの距離感、スタート
・守備範囲 37(+2) (足の速さ+打球判断力)÷2
〇投手
・球速 98km/h
・制球力 8
・スタミナ 11
・変化球 なし
〇その他
・体力 60(+3) 練習をする上で必要不可欠
・精神力 44(+3) 様々な場面での度胸
・サインプレー 35(+2) 理解力
・バント 38(+2) バントの技術
◎チーム評価
※最大値は10
・投手力 4(+1)
・打撃力 4
・機動力 3
・守備力 3
・指導力 3
・対外評価 2
◎推薦枠部員情報
・星形 光(1年) 打2走4守3投1他2
・岩井 武(1年) 打4走2(+1)守2投1他2
◎アドバイス
調子が良い選手を積極的に起用せよ。
「はぁー。試合が終わったらまた走り続けるのか……もう、寝よ」
機動力と守備力の数値が上がっていなかった現実に耐えられなくなり、俺はすぐに夢の世界に旅立つのだった。
一次予選は省略しました。次回はいよいよ公式戦です。




