【短編】俺、オオカミ。今、狩人と本当の『正しい』を探しているんだ!
こうして嫌われ者のオオカミさんは、お腹がパンパンになるまで石をつめられ、井戸へと落とされてしまいました。
「嫌われ者のオオカミめ。生まれ変わったら今度はもっと『正しく』生きるんだな」
お腹が重くて溺れているオオカミさんに、狩人さんはこう言いました。
「俺が嫌われ者なら、狩人はひきょう者だ! 俺が眠っている間に、こんなひどい罠をしかけて! お前のほうがずっと『正しく』ないじゃないか!」
オオカミさんが言います。
「なんだと!」
「俺は親から人間を見かけたらおそって食べるのが『正しい』って聞いたんだ! だから俺は間違っていない」
「……そうか、お前は『正しい』ことを教えてもらっていないのか」
それを聞いた狩人さんは、オオカミさんのことを少しかわいそうだと思いました。
親から間違ったことを教えられたら、子供が間違ってしまうのは当たり前のことだからです。
「オオカミ、お前は『正しく』なりたいか?」
「ああ、なりたいとも」
「オオカミよ、人それぞれ『正しい』は異なる。親から言われた『正しい』ではなく、お前だけの『正しい』を見つけなければならない」
「そうなのか?」
「そうとも。どうだ、オオカミ、私と一緒に本当の『正しい』を探してみないか?」
オオカミさんがうなづくと、狩人さんは、オオカミさんを井戸から引っ張り上げて「付いて来い」と言いました。
*
まず、狩人さんはオオカミさんを、しんしんと雪が降り積もる冬の町へと連れて行きました。
「マッチはいりませんか? マッチを買ってください」
そこには、行きかう人たちに声をかけるみすぼらしいマッチ売りの少女がいました。
マッチ売りの少女は、ひどくやせ細っていて、つぎはぎだらけの服を着ていました。コートやマフラーはおろか、靴もはいていません。
「オオカミ、彼女を見てどう思う?」
狩人さんがたずねると、オオカミさんはこう答えました。
「群れからはぐれた子供だな。狙いやすい」
「馬鹿者。オオカミとしての感想を求めているんじゃない!」
狩人さんは、身勝手なことを言うオオカミさんに腹が立ちましたが、ぐっと我慢して『正しい』ことを選択できるように質問をしなおしました。
「オオカミ、このままいけば彼女はどうなると思う?」
「死ぬと思うぞ。こんな寒い日に、俺たちみたいな毛皮もないのに穴のあいた服をきているんだ」
「そうだな。それについてどう思う?」
「さっさと家に帰ればいいのに、と思ったぞ」
「帰れないんだ。マッチを売らないで家に帰ると、お父さんに叩かれてしまう」
「なるほど、分かったぞ。つまり彼女は死にたがりなんだな?」
「違う」
「じゃあ、死ぬほど怒られるのがきらいな、プライドの高い子供か」
「そうじゃない」
ふたりがそんなことを言っていると、マッチ売りの少女はマッチをこすり、火を付けました。
「あったかい……だんろの前にいるみたい」
その後も、マッチ売りの少女はマッチをこすり続け、体をあたためていました。その本数はどんどんと増えていきます。
「見たか、狩人。なんてひどいやつだ。売り物のマッチをあんなに使うなんて、どろぼうに違いない」
「……違うんだ、オオカミよ。彼女は、かわいそうな子なんだ。このままだと凍えて死んでしまうかもしれない。それなのに、お父さんからひどい仕打ちを受けているせいで、お家に帰ることができない。だから売り物のマッチに火を付けて、こごえる体をあたためるしかないんだ。ほら、かわいそうだろう?」
「ああ、あわれではある」
「さあ、オオカミ、これからお前はあのマッチ売りの少女をどうすればいいと思う?」
狩人さんにたずねられたオオカミは、少し考えてこう言いました。
「警察につれていこう」
狩人さんは、オオカミさんの頭を叩きました。
「あんなかわいそうな子に、なんてひどいことを言うんだ! こういう時は、助けてあげるべきだろう」
「あわれな子供なら、どろぼうでも助けたいと思うのが『正しい』のか?」
「そうだ、元々、悪いのはお父さんじゃないか。かわいそうな少女を助けたいと思うのは『正しい』ことなんだ」
「ふうん、なるほど」
オオカミさんがうなずきます。こうして狩人さんは、苦労しながらもオオカミさんに『正しい』を教えてあげました。
しかし、オオカミさんは心のおくで「じゃあ、なんで誰もあの娘を助けてあげないんだろう」と思いました。
*
次に二人は、子供のいない村にやって来ました。村人たちは白い息を吐きながら何かを探しています。
「どうしたんだ、みんな」
「おお、そこにいるのは狩人さんじゃないか」
「あわれな私たちを助けておくれ」
正義の味方で知られる狩人さんが話しかけると、村人たちがつぎつぎに助けを求めてきました。
「子供たちが連れて行かれたんだ」
「みすぼらしい笛吹きにさらわれた」
「どうか連れ戻してくれないだろうか」
「分かった。くわしく教えてくれ」
狩人さんは尋ねると、村長さんが答えてくれました。
村長さんが言うには、かつてこの村にはたくさんのネズミが居て、食べ物や住んでいる家、仕事道具はおろか、力の弱い子供や病人までかじられて、たいそう困っていたそうです。
そんな時、みすぼらしい服を着た男がやって来て「ネズミ退治するので、成功したらお金をたくさんくれませんか?」とたずねてきました。
困っていた村長さんが「分かった」と約束をすると、男は笛を取り出し、ゆかいな音楽をかなで始めました。
笛吹きのすてきな音楽に誘われて、隠れていたネズミたちが集まってきました。笛吹きは、さながらパレードのようにネズミたちを氷の張った川まで連れて行きました。
たくさんのネズミが集まったことで川の氷が割れ、ネズミたちはそのまま溺れてしまいました。
村人たちは大喜び。
「村長さん、ネズミ退治は終わりましたよ。お金をください」
笛吹きがそう言うと、村長さんが「まだ残っているかもしれない」とか「たかだかネズミを退治しただけでたくさんのお金をくれなんて、ずうずうしい」とお金を渡しませんでした。
そのうち村人たちも一緒になって「もう用事はないから村から出て行ってくれ」、「じゃないと叩き出すぞ」と笛吹きを村から追い払いました。
村から追い出された笛吹きは、ふたたびゆかいな音楽をかなで始めました。すると今度は子供たちが集まりました。
そのまま笛吹きは、子供たちをどこか遠くへ連れて行ってしまったのでした。
「オオカミ、どう思う?」
村人たちから、話を聞いた狩人さんはすぐにオオカミさんに尋ねました。
「なんてひどい話だ。よし、この俺が笛吹き男をやつざきにして、あわれな子供たちを助けてやろう」
「違う、そうじゃない」
狩人さんは、オオカミさんの頭を叩きます。
「なにが違うんだ? ここは大人たちせいで連れて行かれた、あわれな子供たちを助けてやるべきなんだろう」
オオカミさんが不思議そうに首を傾げると、狩人さんは『正しい』ことを教え始めました。
「いいか、オオカミ。これは助けてもらったのに、約束をやぶって、お金を払わなかった村人たちが悪い。これは裏切りだ。それは分かるな?」
「なるほど分かったぞ。裏切り者が悪いんだな」
「そういうことだ」
「了解だ。つまり俺は、笛吹き男と村人たちをまとめてやつざきにすればいいんだな?」
「待て待て、なんだってお前さんはかんたんに暴力を振るうんだ」
「狩人が、裏切り者の村人が悪いって言ったからじゃないか」
オオカミさんは、狩人さんに叱られながらもこう続けました。
「それに、子供でも、親のせいでもない、子供どろぼうの笛吹きなら助ける必要もない。ほら、全部まとめて倒してしまえばいいじゃないか」
狩人さんは頭を抱えながら、こう答えました。
「違う。助けてくれた笛吹き男を裏切った村人が悪かったんだ。ここでお前が思うべきは、恩を仇で返すような人間にはなるまい、と思うのが『正しい』んだ」
「分かった、俺は恩を仇では返さない」
オオカミさんはそう言いつつも「けっきょく、連れて行かれた子供たちは助けなくていいのか?」と思いました。
*
裏切り者の村人たちを無視して、二人は次の町へ向かいました。
酒場に行くと、ジャックという若者が他のお客さんたちにホットワインをふるまいながら、じまん話をしていました。
「だからな、俺はずばっと豆の木を切ってやったんだ。そうしたら巨人は情けない声をあげて空から落ちて行ったんだ」
「すごいな」
「なんて勇敢な男なんだ」
お客さんたちがくちぐちにジャックを称えました。
「なあ、ジャック。その話、もう一度、くわしく聞かせてくれないか?」
狩人さんが言うと、ジャックはじまんできるのが嬉しいのか最初から話してくれました。
ある日、ジャックが庭に豆を植えると、空に届くほどに成長しました。そこでジャックは、豆の木を登り、雲の上に行きました。
そこには巨人の住むお城があったそうです。お城の台所にいくと、優しい巨人の奥さんに見つかってしまいました。
「ここに居たらいけないよ。旦那に食べられちまうからね」
男の巨人は荒っぽく、勝手にお城に入ったジャックを許さないそうです。彼が空のお城に迷い込んでしまったと思った巨人の奥さんは、ジャックをあわれに思い、助けてあげたのです。
おかげで、ジャックはぶじにお城から逃げ出すことができました。その時、ジャックは台所にいた金の卵を産むニワトリを手に入れました。
「巨人のお城は危ない場所だ。だけど、他にもたくさんのお宝があったんだ」
なので、次の日もジャックは空の上のお城へ向かいました。
ジャックは今度こそ誰にも見つからずに寝室に忍び込むことができました。寝室には、巨人がまくらにつかっていたお宝がつまった袋を手に入れました。
また次の日、今度はベランダでひとりでに音楽を奏でるハープを見つけました。そこでは巨人がハープの音色を聞きながら居眠りをしていました。
ハープが気に入ったジャックは、巨人を起こさないように注意してハープをとりました。
ジャックが家に帰っていると、ハープの音色がなくなったことで巨人が目を覚ましてしまいました。
「俺の大切なハープを帰せ!」
巨人はそう言って、ジャックを追いかけました。
このままでは巨人に殺されてしまうと思ったジャックは、巨人が豆の木から降りてくるのを見て、もっていたナイフで豆の木を切り落としました。
すると巨人は空から落ちて死んでしまいました。
「なんてひどい男だ!」
オオカミはそう言って、ジャックにおそいかかりました。
「止めないか、オオカミ」
「こいつは、裏切り者じゃない巨人から、金の卵を産むニワトリをどろぼうし、お宝のはいった袋をどろぼうし、大切にしていた珍しいハープまでどろぼうしたんだ。そればかりか豆の木を切って、殺してしまった。こいつは、どろぼうで、人殺しの大悪党だ」
「違うぞ、オオカミ。ジャックは勇気を振り絞って、強い巨人を相手に挑戦し、栄光をつかんだんだ。なんて勇敢な男なんだ、俺もこうなりたいと思うのが『正しい』んだ」
狩人さんは、オオカミさんを引き吊りながら酒場を後にしました。
オオカミさんはジャックをにらみつけながら「巨人の奥さんを裏切ったのに」と思いました。
*
その後も、狩人さんはオオカミを様々な場所に連れて行きました。その度に、オオカミさんは自分の知らない『正しい』を見つけていきました。
季節が冬から春になり、夏になり、秋になり、再び冬がおとずれるころ、オオカミさんはようやく本当の『正しさ』を見つけられる気がしてきました。
「どうだ、オオカミ。お前も『正しさ』を見つけられたか?」
「もう少しだ。どうも『正しい』はその時やその人の立場、考え方によって変わってくるみたいに見える」
オオカミさんが答えると、狩人さんがうれしそうにうなずきました。
「そうだな。相手の気持ちや立場に立ってみないと、本当の『正しい』は分からないものなんだ」
「狩人もそうなら、俺はもっと大変だ。なにせ俺はオオカミだ。どうしても狩人の言う『正しい』が分からない」
「たしかに、そうかもしれないな」
「なあ、狩人、俺はもう今度はいつもと違った立場から『正しい』ことを探したい。お礼に俺の毛皮をあげるから協力してくれないだろうか?」
「もちろん、いいとも」
狩人さんがうなずくと、オオカミさんは「ありがとう」と言って自分の毛皮をぬぎ、狩人さんに渡しました。
そして、
「おい、オオカミよ、何をするんだ」
狩人さんが毛皮をうけとったすきに、オオカミさんは狩人さんの自慢の鉄砲をどろぼうしました。そればかりか、狩人さんを鉄砲でおどして服をぬがせて、その服を着がえてしまいました。
「オオカミよ、なぜこんなことをするんだ」
雪が降り積もる寒い冬の夜です。はだかんぼうの狩人さんは震えながらそう言いました。
「なあ、狩人。俺はオオカミだから、狩人のいう『正しい』がまったく分からない。だからいっそのこと、狩人になってしまえばいいと思ったんだ」
オオカミの毛皮をぬいで、鉄砲を持ち、狩人さんの服を着たオオカミさんは、誰がどう見ても狩人そのものです。
「それは分かるが、私から鉄砲と服をどろぼうするなんて、ひどいじゃないか」
「ひどくないさ。だってお前は俺より強いじゃないか。俺は挑戦し、鉄砲と服を手に入れただけだ」
「それとこれとは違う。いいから返してくれ。寒くて死んでしまいそうだ」
「あわれな狩人。じゃあ、俺が脱いだ毛皮を着ればいい」
オオカミさんは、はだかんぼうの狩人さんに、自分が脱いだオオカミの毛皮を着せてやりました。これで狩人さんはどこから見てもオオカミです。
「なんてひどい奴だ。世話になった相手にこんなことをするなんて」
「全部、お前が言っていたことじゃないか。
あわれな奴はどろぼうをしてもいいし、裏切り者はやつざきにしなくてもいい。
自分より強い相手に挑戦するなら、どろぼうしても、殺してもしまってもかまわない。
もちろん、栄光をつかむためなら世話になった相手をうらぎってもいい」
オオカミさんはそう言うと、狩人さんに別れをつげました。
「やめてくれ! 嫌われ者のオオカミなんかになりたくない! 元の立場に戻しておくれ!」
「何を言ってるんだ、狩人……」
オオカミになった狩人さんが叫ぶと、狩人になったオオカミさんはさいごにこう言いました。
「俺だって嫌われ者のオオカミなんかに生まれたくなかったさ」
めでたしめでたし
この童話の教訓
押し付け、いくない。