代償
次の日の放課後、いつもなら生徒会の集まりに飛んでくるはずの和泉が、今日に限っていつまで待っても来なかった。
結局、その日は最後まで和泉が来ることはなく、いつも自分を慕って来てくれ、自主的にいろいろと手伝いもしてくれる彼がいない生徒会はなんとも寂しい感じがした。
和泉のことが気になった私は帰り際に職員室に寄って関係のある先生に和泉のことを聞いてみることにした。
「体調不良ですか?」
「そうなんだよ、今日会議か、生徒会に伝えてなくてすまんな」
「いえ、そういうことなら、失礼します」
どうやら今日は学校を休んでいたようだ。それなら会議に来れないのも納得だ。
あの和泉が、自惚れかもしれないが、私のいる生徒会をサボるとは思えなかったが、そういうことだったとは、サボりでなく安心のような、体調は心配のような、なんとも言えない気持ちになった。
先生の話によると、そんなに酷いわけではないようで、すぐ復帰するそうで、すぐに元気に戻ってきてくれるだろう。
お大事にね
チャットアプリで短めにメッセージを送り、その日は家に帰った。メッセージの返信は来なかったが、体調が悪いからだろうとそのままにしておいた。
今日は和泉がいないだけで、あるべきものがない、そんな物足りなさを感じて落ち着かなかったが、和泉の体調が回復するまでの辛抱だ。すぐにいつも通り和泉のいる日常が戻って来る。
その時の私は、そう楽観的に考えていた……
「え⁉和泉が生徒会を辞める⁉なんでですか⁉」
翌日、職員室で私は思わず大声を出してしまった。
でも、それも仕方ない、目の前の先生が意味の分からないことを言うせいだ。
「お、落ち着きなさい羽月。声が大きいよ」
「私は落ち着いています。それより、さっきの話はどういう事なんですか」
「いや、今朝本人から話があってな、体調面も考慮してこれ以上は、と」
「昨日、休んだことと何か関係があるんですか?」
「ああ、それで後任を探しててな……」
らちが明かない、私にはもう目の前の教師の話は耳に入ってこなかった。
踵を返し職員室を後にする。後ろであの教師がなにか言っているようだったが、気にもしない。前からそうではないかと思っていたが、あの教師はバカなんだ。
なんで和泉の後任を探しているんだ!
和泉の代わりなんていない!
私はそのままの足で和泉の教室に向かった。
「和泉!いる⁉」
勢いよく教室に入り呼びかける。教室にいた後輩たちから驚きの視線が向けられるが気にしない、注目されるのはこれでも慣れている。目当ての人物はすぐに見つかった。
和泉は普通に教室にいて、私と目が合うと、何故だか怯えるような表情をした。
なんだそれ?
今までだったら私を見つけると太陽のように明るい笑顔で和泉の方から寄ってきたのに、今の和泉はまったく動こうとしない。
なんで?どうして?
考えても仕方がない、私は自ら和泉の元に詰め寄った。
「和泉!先生から聞いたよ、生徒会辞めるってどういうこと?」
「あ、それは、その……」
「冗談だよね、あの教師はバカだから本気にしてたけど」
「え?ば、バカって……」
「前から思ってたんだけどね、あいつ和泉の後任探してるよ、ほら一緒に行ってやめさせよう」
「せ、先輩!」
私は一行に立ち上がらない和泉にしびれを切らし、強引にでも連れて行くため、和泉の腕をつかもうをした……
ところで、他の誰かに腕を払われた。
「は?」
「失礼ですけど先輩、和泉が怖がってるんで止めてください」
そう言って私の手を払い、和泉と私の間に割って入ってきたのは派手な外見の女生徒だった。
私とは違う、姫野のようなタイプだ。
校則を守ろうとせず、男に可愛く見られたいからと、オシャレをして髪もそめて、そんな女が私は嫌いなんだ。
なんだこの女、関係もないくせに私と和泉の邪魔はしないでほしい。
「私は生徒会長の羽月。知ってるよね?あなたの名前は?」
「梓沢です」
「そう、梓沢さん。私は今生徒会関係の話で和泉に用があるの、関係のないあなたは邪魔しないでくれない?」
「関係ありますよ」
「何が?」
「私は和泉の友達なんで、和泉が嫌がってることは止めます。それに和泉はもう生徒会を辞めることになってますよ」
「それは何かの間違いなの、今からそれを正しに行く、それに和泉が私を嫌がるなんてあるわけない」
「会長は和泉のことちゃんと見てないんですか?」
その言葉に私は自分でも頭に血が上る感覚がわかった。
「ふざけないで、私と和泉の仲なのよ!和泉のことは私が誰より知ってる!誰か知らないけど出しゃばらないで!」
「今の和泉を見てもそんなこと本気で言えますか?」
そう言って梓沢とかいう女生徒は横に少しよけた。
梓沢の影になっていた和泉が見える。
あれほど私を慕っていた和泉の目には、明らかに私を拒絶する色が浮かんでいた。
私の中で何かが壊れたような、そんな感覚がした。