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告白


あの後、気が付くと僕は自分の部屋でベッドに寝転がっていた。


湊先輩の怒鳴り声を聞いて、頭の中が真っ白になった。それでもあそこに居てはいけないと思い、とりあえず帰ろうとしたことは覚えている。あとはずっと先輩の言葉だけが僕の脳内を駆け巡り、何も考えられなかった。それでもどうにかして帰ってきたのだろう。


部屋は真っ暗だ。スマホを手に取る。時間は午前一時。もう日付も変わっていた。

身体を起こすと制服のままだったことに気が付く、しわになってしまうので、とりあえず制服は脱いだ。


明日も学校だ。

ご飯も食べていないし、ちゃんと寝ないと疲れもとれない。


でも、いいか……


学校に行く意味もない、そう思えてしまう。

僕は本当に湊先輩が好きで、湊先輩に会うことだけが、生きる意味だったんだとはっきりと自覚した。

その先輩に拒絶された今、僕には何もない。ご飯を食べる意味も、ちゃんと寝る意味も、学校に行く意味も、何も、何もないと、そう思った。






結局、次の日僕は学校を休んだ。

誰かと話をすることさえも嫌で、親には体調が悪いとだけ伝え、すぐにベッドに横になった。両親は共働きで今、家には僕一人、時計の針が進む音だけが聞こえる静かな空間で、ただ一人何をするでもなく過ごす。眠ることもできず、ただただ、横になっていた。


変わらず頭の中は先輩の拒絶の言葉で満たされ、何も考える気にはなれない。そんな時間をどれほどすごしただろうか……


家のチャイムが鳴る音が聞こえた。


出なければと考えたのは一瞬で、身体をほんの少し動かしただけで僕はそれ以上動くことを止めてしまった。なかなか出て行かないからか、チャイムがもう一度鳴らされる。


出なくてもいいや、玄関に行くことすらもおっくうになっていた僕はそのまま居留守を使うことにした。誰が来たかは知らないけど、誰もいないとわかれば帰って行くだろう。


チャイムはもう一度押されたが、諦めたようでその後は静かになった。

ようやく静かになったかと思った時……



トントン


っと部屋の窓を叩く音がした。


さすがに気になって身体を起こす、カーテンを閉め切っていて窓の外は見えないが、きっとそこに誰かいる。今の音は間違いなく、人がノックした音だ。そして、それはおそらく先ほどまでチャイムを鳴らしていた人物だろう。


こんなことまでしてくるとは、余程急ぎが重要な用事があるのか、それとも、早めに帰ってきた親がカギを忘れているか、僕は確認しようと、深く考えずにカーテンを開けた。







「開けて、お見舞いにきた」

「…え?」



窓の外には、まったく予想もしなかった人物がいた。


「え、あ、梓沢さん?なんで?」

「だからお見舞い、体調悪いんでしょ」


窓の外にいたのは、あの、僕のことが嫌いな梓沢さんで、お見舞いとか言っていて、確かに学校には体調不良と連絡がいっていると思うが、僕が聞きたいのはそういうことではなく……


「とりあえず、入れて欲しいんだけど」

「あ、ごめ、今玄関開けに行くから」


混乱していた僕は状況に流され、訳も分からぬままに玄関に急いだのだった。




なんとも言えない微妙な空気が部屋の中に漂っている。


今、部屋には僕と梓沢さんの二人だけ、普段からまったく話なんてしない彼女がお見舞いに来る理由なんて僕にはまったく考えつかないが、現に今、目の前で彼女は座っていた。本人はというと、なんだか部屋を見渡してキョロキョロしている。落ち着かないわけでもないようで、どことなく表情はよさそうに見えた。


「あの、梓沢さん?今日はどうしてここに?」

「何度も言うけどお見舞い、体調大丈夫?」

「大丈夫、ありがとう……ってそ、それだけ?なんか窓まで叩いて重要なことでもあった?」

「別に、昔来てたし部屋の位置知ってたから、窓叩けば気付くかなと思っただけ」

「あ、そう、なんだ。よく覚えてたね」


梓沢さんは、小さい頃とても仲良くしていて、お互いの家で遊んだこともあったけど、拒絶されてからは一切そんなことはなかったから、彼女が覚えているなんて思ってもみなかった。


僕の言葉に彼女は黙って下を向いた。髪の毛で表情が見えなく、黙っている彼女が何を考えているのか僕にはまったくわからなかった。



「あの?梓沢さん?」

「覚えてるに決まってるじゃん」

「え?」

「忘れたことなんてないよ、キミのこと、一緒に遊んだこと、この家のこと、あの頃の日々全部!」

「梓沢さん⁉」


急に顔を上げた梓沢さんに、肩を強く掴まれる。

驚いたのも束の間、梓沢さんの綺麗な顔がすぐ目の前にあって、僕はそのまま固まってしまう。


梓沢さんは何故か泣きそうで、それでも泣かないように歯を食いしばっていて、僕の肩を掴んだまま、まっすぐに目を見て言葉を紡ぐ…


「今日はね、お見舞いとキミに伝えたいことがあって来たの」

「つ、たえたい、こと?」

「そう、小学校の頃、よく一緒に遊んだあの頃のこと、キミは覚えてる?キミと私が友達じゃなくなった、あの日の事も……」

「そ、それは……」


もちろん覚えている。忘れるはずもない楽しかった日々、それがなくなってしまった悲しい出来事も全部、全部……


「覚えているよ」

「そっか、ならこのまま伝えるよ……」


そう言って梓沢さんは大きく一度息を吸った。自分を落ち着けるように、覚悟を決めるように、











「あの時は!キミを拒絶してごめんなさい‼」



そう言って梓沢さんは思いっきり僕の前に土下座した。


「ちょ、ちょっと梓沢さん⁉いきなりどうしたの⁉顔を上げて!」

「嫌だ、上げない!ずっと、ずっとずっとずっと後悔してた!あの時キミを拒絶しちゃったときのこと、小さい頃の私は弱くて、周りに何を言われるか、そればっかりを気にして、私を助けてくれた一番の友達だったキミを拒絶した」

「…梓沢さん」


「あの時だけの、一時の恥ずかしいって感情で私は取り返しのつかないことをしてしまった。あとで冷静になったらバカな私でもそれくらいわかったよ。一番の友達のキミを、もっと大切にすればよかったのに!だから、すぐに謝ってまたキミと一緒に遊びたかったけど、そんな都合のいいことはできないと思った」

「そ、そんなこと考えてくれていたの?」



梓沢さんの目からは耐えきれなくなった涙がボロボロと流れだしている。それでも彼女は話すのを止めようとしない。


「本当は一生、私にはキミに謝る権利なんてないと思ってた。もう二度とキミと仲良くする資格なんてないって、だけど、そう簡単には割り切れなくて、今まで何もできなくて、そしたら昨日、ふらふらになって学校から出ていくキミを見て!心配で、我慢して、だけど!キミは今日学校を休んで!居ても立っても居られなくて‼」

「あ……」


梓沢さんは心からあふれ出るままに、想いをそのまま言葉にしているようで、それが彼女の本心なんだと僕は自然と感じることができた。


「それで、心配してきてくれたの?」

「……」


そこでようやく顔を上げて、無言で頷く梓沢さん。


「私にはそんな資格ないのかもしれないけど、それでも昨日のキミを見たら何か力になりたいと思ったの。小さい頃、怪我をした私を助けてくれたキミのように、今度は私がキミを助けたいと思った」

「……」

「都合のいいことを言っている自覚はあるし、キミに拒絶されても構わない。だけど、私はキミと仲直りがしたい!またキミと一緒に遊んで、一緒に過ごして、今みたいにキミが辛い時、助けてあげることができる存在になりたい!」


「だから……」








「だから、あの時はごめんなさい!また私と友達になってください!」


正直状況にはまだ、付いていけていなかった。

小さい頃拒絶されて、それ以来ずっと嫌われていると思っていた。


そんな人がずっとあの時のことを気にしていて、僕のことをこんなにも考えていてくれて、こんなにも真剣に想いを告白してくれた。


だから、僕はその思いに答えたかった。


「梓沢さん」

「……」

「僕の方こそ、ごめんね。あの時は何もできなくて、だから、お互い様ってことで、また友達になりたいです。よろしくお願いします」

「い、いいんだよ。キミが、謝る必要ないよ、わ、わたしが悪いっ、悪いんだから、…っだから、ありがとう、本当にありがとう!」

「ぅ、こ、こちらこそ、ありがとうね」


僕たちは泣いた。お互いを癒すように、抱き合って泣いた。もう高校生にもなって同級生の前でこんなに泣くとは思っていなかったけど、そんなことも気にせずにお互い泣いた。なんだかそれがとても気持ちよくて、抱き合ってたことも恥ずかしくなくて、すっかり泣きはらした頃には、とても清々しい気分だった。



涙が悲しい感情を全部流してくれたみたいだった。



疲れるまで泣いて、すっかり落ち着いたころに、僕は梓沢さんに昨日の出来事を聞いてもらった。


優しい憧れの先輩に告白しようと決めたこと、けど、その先輩は実は僕のことを迷惑がっていたこと、先輩の本音を聞いてしまい、生徒会に行くことが、先輩に会うことが怖くなってしまったこと。


梓沢さんは僕の話すことを一つ一つ真剣に聞いてくれて、どうしたらいいのかまで一緒に考えてくれた。二人で過ごし、話を聞いてもらううちに、僕はだいぶ気持ちを切り替えることができた。


あの頃の大切にしていた時間を取り戻すことがきたから……








「そういえば、ごめんね。いきなり押しかけて」

「気にしないで、僕は嬉しいよ!また梓沢さんと話ができて」

「ありがとう、これからはまた昔みたいにね、遠慮しないでよ」

「はは、お手柔らかにね」


「そ、そうだ、呼び方も思い切って昔みたいにしない?」

「呼び方?」

「うん、えっと、和泉!」

「わぁ!そうだったね!名前で呼んでたね!」

「うん、だから私のこともね、梓沢さんって他人行儀感が凄くて」

「じゃあ……」






「しほちゃん」

「…っ」

「あれ?違ったっけ?」

「いや、あってる!それであってるんだけど!」


ちゃん付けで呼ぶ度に悶えていたので、結局はさん付けで落ち着いた。

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