壊れるきっかけ
「おう!小清水!」
「葉山君、今日も元気だね」
「まぁな、昨日は楽しかったぞ、おい、今度は小清水も行こうな!」
「ありがとう、それにしても相当楽しかったみたいだね」
昨日のクラスの集まりはどうやら随分と楽しかったようで、葉山君は上機嫌だった。
「久々に思いっきり歌ったからな、俺は、楽しかったよ」
何故だか葉山君は、俺、だけを強調したように教えてくれた。
「…葉山君だけ?」
「いや、他の男子はちょっと残念そうにしてるやつもいてな」
「そうなの?なんで?」
「昨日は女子も結構来たんだけどな、梓沢が来なかったんだよ」
「…え?そうなの?」
委員長の話に僕は少し驚いた。梓沢さんは昨日、わざわざ僕が行かないかを確認してきた。僕が行かないと分かれば参加すると思っていたけど、なんでだろう?
「なんか誘ってはいたらしいが、後から行かないって言われたらしくてな。ほら、梓沢って結構人気だろ、残念で気が抜けた男子が何名もな」
「そうだったんだ」
別の予定でもできたのだろうか、そう思った時、丁度始業を伝えるチャイムがなった。授業の準備をしていなかった僕たちは早々に話を切り上げて授業の準備を始める。驚きはしたが、僕には関係のないことだ。その後は特に梓沢さんのことを考えることはなかった。
いつものように授業を受け、変わらぬ学校生活を送る。
今日は生徒会の集まりはない、放課後の楽しみがないと思うと、どうにもだらけてしまう。
結局は先輩のことを考えているうちにあまり授業にも集中できず、昼休みになっていた。
その昼休み、とても嬉しい出来事が僕を待っていた。
今日はお弁当は持って来ていない。学食で食べるため、葉山君に伝えて僕は教室を後にする。
うちの学校の学食はそれなりに人気はあるが、なかなか広いため、満席になることは滅多にない。僕は適当に日替わり定食を注文して空いている席を探していると、そこで思いもよらない人を見つけた。
「湊先輩!学食にいるの珍しいですね!」
僕はたまに学食を利用するが、今まで先輩を見かけたことはない、思わず少し大きい声を出してしまう。
「あ、和泉。今日はお弁当忘れちゃって」
「そうだったんですね。よかったら一緒にいいですか?」
「もちろん。丁度一人だったから」
「ありがとうございます!」
今日は占い見てないけど、絶対一位に違いない。
こんな偶然に先輩とお昼を食べることができるなんて、お弁当を忘れた先輩には悪いけど、神様ありがとうございます。
先輩の前に腰掛けて少し雑談しながら昼食を食べる。話すことは生徒会の話がほとんどだけど、それでも僕には幸せな時間だった。
「和泉、なんか機嫌よさそう」
「へ?」
「ずっとニコニコしてるから、いい事でもあったの?」
どうやら表情に感情が駄々洩れだったようで、先輩に少し笑われてしまった。先輩の笑顔は可愛いけど、表情に出ていたのは恥ずかしすぎる。
けど、それだけ僕は先輩が好きなんだ。誤魔化しようがないくらいに、誤魔化すつもりもないけれど。
「その、湊先輩と一緒にご飯食べれるのが嬉しくて」
「え⁉」
一瞬にして先輩の顔が赤くなった。先輩は色白だからかなりわかりやすい。
あれ、でもこれって……
「えっと、別に私と一緒にいても面白くないでしょ」
「そんなことないですよ。僕、先輩と一緒にいるの好きです!」
「だって、私そんなに話さないし、話しても生徒会のことばかりだし」
「それでも、僕は湊先輩と一緒にいる時間、すっごい好きです!もっと先輩と一緒にいたいです!」
「ぅ、そうなんだ、ありがと……」
その後、湊先輩は恥ずかしそうにしながら黙々と昼食を食べ始めた。言った後に自分でもこっぱずかしいことを言っていたことに気が付き、僕も赤くなって黙々とご飯を食べた。お昼の味はよく覚えていない。
お昼を食べ終わり、湊先輩と別れた後、僕はトイレの鏡で真っ赤になった自分の顔を見つめていた。
さっきは自分でも驚くほど素直に気持ちを伝えることが出来た。あとから恥ずかしくはなったけど、ああやって素直に気持ちを伝えれば、僕にも告白ができるかもしれない。
それに、僕の思い上がりかもしれないけど、湊先輩も嬉しそうにしてくれていた。
顔を真っ赤にして、ありがとうと言ってくれた。もしかしたら、もしかするかもしれない。
鏡に映っている自分の顔が若干にやけていて気持ち悪かった。
バンッと頬を叩いて気を引き締める。
「頑張ろう」
今僕は幸せな日々を過ごしている。
けれどもっと先輩と一緒にいたい、そのためには、今の関係に満足していたらいけない。もう一歩踏み出して自分から関係を進める必要がある。さっき湊先輩と一緒に過ごしたことで、その気持ちは一層高まった。
覚悟は決まった。
僕は放課後、湊先輩にこの想いと告白することを決め、僕は一人、気合を入れるのだった。
「すいません、生徒会の小清水っていいます。会長はいますか?」
放課後、精神統一をして覚悟を決め、僕は湊先輩を呼び出すために先輩の教室を訪ねていた。
「あぁ、羽月の後輩君。羽月に用事?」
いきなり上級生の教室を訪ねるのはかなり勇気が必要だったが、運よく人のよさそうな先輩が対応してくれた。
「はい、あの、まだいらっしゃいますか?」
「羽月ね、さっき出て行っちゃったんだけど、まだ生徒会室にいるんじゃないかな」
「生徒会室ですか?」
「なんか会議ないけど、やることあるからって言ってたよ」
「そうなんですね、すいません、ありがとうございました」
「いいっていいって」
親切な先輩にお礼を伝えて先輩の教室を後にする。
覚悟を決めていただけに少し拍子抜けする展開だが、よくよく考えると他に人のいない生徒会室の方が告白には都合がいいかもしれない。
先輩が帰ってしまわないように僕は早足で生徒会室に向かった。
生徒会室は特別教室棟にあり、放課後は生徒がほとんどいないため静かだった。先輩が帰ってしまっていないか心配だったが、生徒会室が近くなってくると中から話声が聞こえてきて、まだ残っていてくれたことに安堵する。
「……」
そのままノックしようとした手を僕は一旦止める。
話をしているということは、湊先輩の他にも誰かがいるということだ。
二人きりですぐに告白はできないかもしれない。
少し止まっていると声から中にいる人がわかった。どうやら湊先輩と姫野先輩もいるみたいだ。躊躇しているとそのまま二人の会話が聞こえてくる。
「んで~どうなの湊?」
「何が?」
「決まってんじゃん!和泉のこと!」
自分の名前が出て驚く、余計に入っていけなそうな感じになってしまった。
「…和泉がなに?」
「だから、もう付き合ってるの?」
「付き合ってないよ」
「うっそだ~、あんなに和泉グイグイ来てるのに」
「嘘じゃないよ」
「ホントは?ホントのところどうなの?」
「だから、付き合ってないって」
「和泉ってほとんとわかりやすいよね、湊が好きって感じがにじみ出てるもん」
「……」
「結構噂になってるよ湊、今日も学食で一緒にいたんだって?お暑いですなぁ」
「……」
「羨ましいなぁ彼氏、もうキスとかしてたり?」
「…だから」
「先輩と後輩の恋愛!いいなぁ、普段真面目な湊が年下に手を出してたなんて!」
「だから‼付き合ってなんかないって言ってるでしょ‼」
今の声が湊先輩の声だなんて、信じられない。それほどに普段の先輩からはかけ離れたイラついた怒鳴り声だった。
そのままの声で湊先輩は怒鳴り続ける。聞き耳なんて立てなくても一言一句聞こえてくる。
「さっきから五月蠅いんだよ!付き合ってないって何度言えばわかるの⁉」
「だいたい、私がなんで和泉なんかと付き合うわけ⁉」
「いつもいつも向こうから寄って来るだけで、私は何もしてないでしょ!」
「そうやって色んな所で噂されて!もうほんっと迷惑!やめてくんない!」
「勝手に寄って来る和泉も!そうやって無責任に噂するあんたも!私には迷惑なの‼」
「ハァハァ…、わかったらもう止めてくれない」
扉の向こうから「ご、ごめん湊」なんて困惑しているような姫野先輩の声が聞こえた所で僕はその場から離れた。
家に帰ろうとは思ったが、うまく思考が働かない。
頭の中には湊先輩の言葉が繰り返されている。
「和泉なんか」「勝手に寄って来る」「迷惑」
僕は湊先輩にとって、勝手に寄って来る迷惑な存在。
僕は勝手に寄って来る迷惑な存在。
僕は勝手に寄って来る迷惑な存在。
僕は勝手に寄って来る迷惑な存在。
僕は勝手に寄って来る迷惑な存在。
僕は迷惑な存在なんだ……