トラウマ
「葉山君おはよー」
「あ、おはよう小清水!」
「葉山君は今日も元気だね」
「挨拶は元気よくした方が、された方も気持ちいいだろう」
教室に着いた僕は席に座りながら、隣の席の友人に挨拶をする。彼は葉山 要。このクラスのクラス委員長だ。眼鏡をかけたしっかり者、それが彼を見た第一印象。話してみると見た目通りの真面目な人だったけど、それでいて気さくで、僕も付き合いやすく気が合った。今は席も隣だし、こうしてよく話をしている。
ちなみに小清水っていうのが僕、小清水 和泉。
「今日は放課後、生徒会か?」
「うん、今日は会議があるからね」
「そうかぁ、たまには放課後遊びに行こうと思ったが、またの機会だな」
「それは今度、絶対行こうね!」
なんてふたりで話をしていると、ドッと教室が騒がしくなる。どうやら後ろの方の席で何人かのクラスメイトが盛り上がっているようだった。
大きな話声で、自然と会話が聞こえてくる。
「じゃあ今日の放課後決まりな!みんなでカラオケ!」
「女子たくさん集めてくれよ~」
「あんたらも男子ちゃんと集めてよね、あんたたちだけだったら行かないから!」
「ひで~、そうだ!梓沢誘って、梓沢!」
「お前は梓沢さん大好きね」
「だってカワイイだろ~マジで」
「志穂は誘うに決まってんじゃん。ま、あんたじゃ釣り合わないから諦めな」
「ひで~‼」
「はは、あいつらの方がいつも元気だな」
「…そうだね」
少し、制服を着崩して明るめの髪の色をしている何名かの男女。別に悪い人たちではない、話しだって普通にするし、明るくていい人たちだ。けれども、あの出来事を思い出してしまい僕は勝手に苦手意識を抱いてしまう。よくないことだけど……
そんなことを考えていると、後ろで盛り上がっていた中の男子が何名かがこちらに近づいてきた。
「なぁなぁ葉山に小清水!今日さ女子たちとカラオケ行くことになったんだけど一緒に行かね?」
「他にも行けそうなら誘おうと思ってんだけどさ」
誘ってもらえるのは嬉しいけど、あの集まりに入って行くのは僕には若干ハードルが高い。
「残念、俺も今遊びに誘ったんだけど小清水は今日、生徒会だ」
「うぉ、そっかぁ、じゃあ来れないな」
「うん、今日はごめんね」
「いいって、葉山は?」
「俺は行ける。美声を披露する。悪いな小清水」
「それこそいいって、僕も好きで生徒会やってるし」
「さすがやなぁ」
何気ない会話。
だけど、昔の僕にはこんな会話はできなかったと思う。昔の光景に重ねて、勝手に苦手意識を持つ、どうしようもない僕。
そんな性格を少しでも変えられたのはやっぱり、湊先輩のおかげだと思う。
恋は人を変えるんだ!なんて本気で思った。そんなことは恥ずかしいから口には出さないけどね。
放課後の話をするために葉山君と男子たちが後ろの席の方に戻って行く、僕は参加しないのでトイレにでも行っておこうと思い席を立った。
「今日行かないの?」
廊下にでた瞬間に横から声をかけられる。周りには聞こえない小さい声、最低限の用件だけを問うその声は誰の声かすぐにわかった。
「あ、ぁ、梓沢さん」
「……」
彼女、梓沢 志穂さんは少し離れた所に立ちこちらを睨むようにじっと見つめていた。
フワッと肩まで伸びた明るい茶色の髪に、短いスカートからのびる健康的な脚、校則では指定されていない色の派手なカーディガンがとても目立っている。
僕の苦手な人。
「で、どうなの?放課後、来るの?」
「あ、いや、生徒会があるから」
「そっか、引き止めてごめん」
そう素っ気なく言って梓沢さんは教室に戻って行く、僕も踵を返して教室から離れていく、たぶん彼女は僕が参加しないことを確認したかったんだと思う。
普段はとても明るく、男女問わず、たくさんの友達に囲まれている彼女が、一切の笑顔なく用件があるときだけ、必要最低限の会話をする。そんなに嫌われているのはこの学校でも僕だけだろう。
彼女も誘われていて、だけど僕が来るのは嫌で、僕が参加しないとわかった今、正式に参加することをみんなに伝えに行ったのだろう。
僕の想像通り、もうだいぶ離れた教室からは、男子の叫ぶような声が聞こえてきた。梓沢さんは男子から人気があるから、みんな喜んでいるんだろう。
梓沢さんは僕が嫌いで、僕も彼女が苦手。
だって、彼女は小学生の時、僕が怪我の手当をした子で、その後、拒絶された子だから……