教訓
数日間の間に羽月は随分と変わった。
和泉と引き離されたことで、心が崩れていくように自分を見失っていく彼女。
今はもう、真面目で実直な生徒会長の面影は見る影もない。
羽月の目にはもう、和泉しか写らなくなっているんだろう。
気持ちはわかる。
和泉から離れたくないよね。
でも、そのやり方じゃダメなんだ。
冷静に考えて、自分の感情は時には抑えないといけない。
それがわからない羽月は、結局は最もよくない手段に出てきた。
朝から待ち伏せをしてきたから警戒していたけど、放課後にも和泉を待ち伏せしていた羽月は、和泉を連れ去ろうとしたのだ。
すぐに気がついたからよかったが、よほど我を忘れているみたいだ。自分に迫る危機に気がついたのだろう。さすがに和泉も動揺を隠せていない。
「え?あ、湊、先輩」
「和泉!早くその女から離れて!私の方に来て!」
私に邪魔をされて、和泉から怯えられて、限界を迎えた羽月は癇癪を起こした子供のように喚き出す。
いや、子供そのものなんだ。
幼い頃に経験できなかったせいで、今の彼女は間違った方向に進もうとしている。
私はもう成り行きを見守ることにした。
「な、なにを言ってるんですか⁉先輩?」
「和泉はその女に騙されてるの!」
「一体何が?」
「その女は最低の女だよ。ただ都合よく和泉を利用しようとしてるだけ、いらなくなったらまた小学校の時みたいに捨てられるよ」
「っ⁉……なんで先輩がそのことを?」
「その女のこといろいろ調べたの、和泉のために、ほら、和泉、私のところに来て、前みたいに私の隣で笑って?和泉は私のことが好きなんでしょ?」
「……」
「…先輩は、湊先輩は最低ですね」
「…え、っと和泉?」
「志穂さんとは、確かに疎遠だったけど、今では一番の僕の友達なんです。僕が人生で一番落ち込んだ時に寄り添ってくれた大切な人なんです。そんな僕の大切な人を侮辱するなんて、先輩は最低の人間です」
「待って!和泉!私はあなたのために⁉」
「五月蠅い‼」
「先輩はそうやって平気で人のことを悪く言う人だったんだ!僕のことも普段からそうやって心の中でバカにしてたんだ‼」
「な⁉待って和泉、そんなことしてない、だって私は和泉のことを……」
「ちょっと前の放課後、先輩が姫野先輩に怒鳴ってたの聞きました」
「……あ」
「自覚あるでしょ、ホント最低な人。僕を騙してたのは先輩だよ。本心では迷惑なヤツだと思っているのにいい顔して、今も僕を騙そうとして大切な友達を悪く言ってる。あんたなんか……」
「ち、ちがう、あれは姫野のせいなの⁉姫野が悪いの‼姫野が変なことを言うから⁉」
「姫野先輩のことまでそんな風に言うんですね。仲のいい友達だったのに、先輩は他の人のことなんだと思ってるんですか?あんたなんか信用できない‼二度と近寄ってこないでください‼」
「…あ、そ、そんな、和泉……」
和泉から放たれた言葉は完璧な拒絶だった。
羽月は崩れ落ちる。
もう、彼女は立ち直れないかもしれない、念には念を入れるため私は最後に羽月に伝えることにした。
もう、あなたの居場所はないのだと、諦めてもらうために……
「先輩も今回のことで学びました?私ももちろん身をもって体験したので知ってるんですけど、和泉には、今一時の感情で動いてる和泉には、私は教えるつもりはないんです。ずっと私の隣にいて欲しいから、だから諦めてください。もう先輩にチャンスなんてないですよ……」
「もっと大切にすればよかったのに、自分の気持ちを」
一時の感情にまかせてしたことで、壊れてしまうものもある。
これは教訓。
幼いころに私が犯した過ち。
私はそれを知っていて、羽月はそれを知らなかった。
そして、それは和泉も同じ……
怒りに任せて、自分の大切にしていた気持ちを和泉は捨てた。
本当に、本当に大切にしていたこともすっかりと忘れている。
少し後から和泉を追いかけ、後ろからそっと手を握る。
振り向いた和泉に、私はどう見えているかな、うまく泣けているかな、悲しそうに見えるかな、
「志穂さん、泣かないで、あんな人の言うこと気にすることないよ!僕は志穂さんのこと……」
よかった。和泉が気付く必要はないの、これからは私に全てのあなたを向けていてね……