今の日常
アラームの音で目を覚ます。
身体はジトっと嫌な汗をかいていた。
またあの日の夢を見た。
これは戒めだ。
後悔してもしきれない、あの日の事。
だけど、私が後悔していても和泉には何の役にも立たない、今日も学校だ。気持ちを切り替えないと、私はシャワーを浴びるためにベッドから立ち上がる。
どちらにしろ、これだけ汗をかいていたら、恥ずかしくて和泉と同じ教室にいるなんて無理だ。
たとえ和泉と一言も話をしなくても、たとえ和泉に一度も見られることがなくても、それは別の話、好きな人の近くにいるのに、こんな状態だと恥ずかしすぎる。
机に飾っている写真立てを手に取る。
飾っているのは、あの頃、お互いの家に行き来して遊んでいた頃の私と和泉の写真。
和泉の隣に写っていた私は切り刻んで捨てた。
能天気に笑い、自分がこの時どれだけ幸せなのかを自覚せずに過ごしていたあの頃の自分。見ているだけで吐き気がした。
今写真立てに入っているのは和泉の姿だけ、私は和泉に朝の口付けをする。その後は大切に保管しているアルバムを開く、一ページごとに入っている和泉に私は日課の挨拶をする。
「ふふ、おはよう和泉。今日も私が見守っているからね」
「あ、志穂きた~」
「おはよう志穂!」
「加奈、杏おはよ~」
いつもつるんでいる友達と挨拶を交わしながら和泉より少し後に教室にはいる。少し先に着いた和泉は隣の席の男子と会話していた。
友人と話をする和泉は笑っていて、元気そうだった。
よかった。
今朝もいつも通りの時間に出発して、だいたいこの時間に登校している和泉の後姿を見守りながら登校してきた。
登校中、危険がないようにしっかりと見ていたけど後ろ姿だけ、こうして和泉の元気そうな顔を見るとやっぱり安心する。
「……でさ、志穂どうする?」
「んぁ、なに?ごめん、聞いてなかったわ」
「まだ眠いん?今日の放課後男子誘って遊びに行こうって話」
「これからみんなに声かけるけど、志穂も行かない?」
「ん~男子もかぁ、とりあえずメンバー決まったら教えてよ」
「お!珍しぃ、志穂こういのあんま興味ないのに」
「まぁ~ね」
「じゃあちょっと話してくんね」
そう言って加奈と杏は男子たちに声をかけにいった。
クラスの男子を誘って遊びに行くなんて正直ホントに興味ないけど、和泉が来ることになるなら話は別だ。和泉が参加するのかどうか、私はしばらく成り行きを見守ることにした。
加奈と杏が話をしていた男子たちが動き始める。
それぞれ散って他の男子に声をかけるようだ。
その中の二人が和泉たちのもとに向かっている。
いつもならさりげなく止めていたと思う。
和泉はうまく隠しているけど、今でも派手目な恰好をしている奴らが苦手だ。そういう人たちと話をしていると若干震えているのがわかる。
きっと、あの時のことを今でも思い出しているんだと思う。
私は、それだけ和泉に傷をつけてしまったんだ。だから、私が和泉を守ってあげないと、いつも、どんな時でも……
今回はどんな話になるかわかるから、和泉の交友関係を妨げるような事はしないつもりだ。
「志穂!結構男子も集まりそうよ」
「杏、いきなり抱き着かないでよ」
「ごめ~ん、それより男子が志穂も誘ってってうるさくてさぁ」
そんな話をしているうちに和泉の方はもう話が済んでしまったようで、教室を出て行こうとしていた。
大事なことを杏に気を取られて聞いていなかった。和泉が行くか行かないかだけでも確認しないと……
「杏、ちょっとごめん!」
「あ、志穂~?」
私は素早く和泉を追いかける。
私なんかが話しかけるなんておこがましいかもしれないけど、これまでも必要最低限の会話を心がけてきた。
今も和泉の邪魔をしないように、必要なことだけ聞けばいい……
「今日行かないの?」
「あ、ぁ、梓沢さん」
「……」
和泉から返ってきたのは想像通りの反応だった。
戸惑い、驚き、怯え、これが今の和泉が私に抱いている感情だ。
私がしてしまったことの報いだ。今の私には受け入れるしかない。
「で、どうなの?放課後、来るの?」
「あ、いや、生徒会があるから」
「そっか、引き止めてごめん」
それだけ言うと和泉はすぐに私から離れて行こうとする。
その和泉との距離感に寂しさを感じる。
とりあえず放課後の件に和泉が参加しないことはわかった。それなら私も参加する意味がない。
私は今日の誘いを断るべく教室の中に戻った。
「あ、志穂~急にどうしたの?」
「ごめん、別に何でもない、それより今日の放課後、やっぱり私パス」
「え~⁉梓沢さん来ないの⁉」
放課後遊びに行くメンバーだろう、私たちの会話を近くで聞いていた男子が叫ぶ、本当に鬱陶しい、和泉がいない所に私が行くわけがない。
「ごめ~ん、用事あったわ」
「それなら仕方ないね、男子もそんな騒ぐな!」
その場は加奈が男子を黙らせて収束した。
私は話しを合わせていたけど、さっき少しだけ話をした和泉の顔が頭から離れなかった。
あの頃、いつも一緒に遊んでいた頃とは、まったく違う。あれが今の私に対する和泉の反応。
あの出来事があってから一切変わりのない和泉。
あんな状態の和泉にただ謝ったところで、まともに話を聞いてくるとは思えない。けれど私は諦めない、いつか必ず……
そう考えていた私にチャンスは意外と早くやってきた。