後悔
小さい頃の私は臆病で泣き虫で、そのくせ、マセてる子供でプライドが強かった。
要はちょっと面倒くさい子だった。
優しい親、兄弟に大切に育てられたからかな、人からバカにされたり揶揄われるのが本当に嫌いで、そんなことをされたらすぐに泣きながら怒りだしたっけ……
あれは小学校一年の時だった。
この頃の男子なんてホントバカみたいだけど、女子と話をする方法を、だいたいは揶揄うことくらいしか知らない。
私もよく揶揄われたけど、バカにされることが嫌だった私は本当にそれが嫌で仕方なかった。男子なんてみんな死んでしまえばいいのに、なんて本気で考えてたかな。まぁ今でも一人以外はどうでもいいんだけど……
そんな小学生の頃、ある日私は登校中に道端で思いっきり転んでしまった。
幸い誰にも見られていなかったけど、地面にぶつけた膝からは血がダラダラと流れていてものすごく痛かった。
誰かに助けて欲しかったけど、バカにされたらと思うと恥ずかしくてそれもできず、痛みも段々と強くなってきたことで私は何もできなくなり、ただただ、座り込んで泣いていた。
「大丈夫?」
優しい声がした。声がした方を見ると同い年くらいの子がかがんで私を見ている。
バカみたいに泣いていたから目がかすんで顔はよく見えなかったけど、優し気な声と小柄な体型から私はその子も女の子だと初めは思っていた。
その子は私の膝を見ると、すぐに自分のハンカチを出して傷口を抑え血を止めようとしてくれた。
「ごめんね。消毒とかはもってなくて、学校に着いたら保健室に行こうね」
そのまま私が泣き止むまでその子は一緒にいてくれて、励ますように声をかけてくれ、あの時の私はその声でとても励まされたのを今でも覚えている。
そうして血が止まった頃に私はその子に支えてもらいながら学校に登校した。保健室で先生に事情を説明してくれるその子には、素直に感謝の気持ちしかなかったが、そこで衝撃の事実を私は知る。
「消毒とかは全然できてないんです。先生お願いします」
「ええ、後は先生に任せてね、ありがとう小清水君」
小清水君
君って……
「え、ちょっと男子なの?」
「え?そ、そうだけど」
「うそ!そんなに優しいのに⁉」
「そうかな、ありがとう?」
「いや!ありがとうは私のセリフだよ!」
こんな男の子もいるんだ!
これが、私と和泉の出会い。私にとっては衝撃的な出会いだった。後から教室に戻ると和泉がいて、同じクラスだったのかともっと驚いたのは別の話。
和泉は他の男子とは違って一切私を馬鹿にしたりせず、怪我を心配してくれて揶揄うようなことは一切しない、そんな和泉を私はすぐに気に入った。
「和泉、移動教室一緒に行こう」
「うん、いいよ」
「和泉、今日一緒に帰ろ!」
「わ、今から準備するから、ちょっと待ってね」
「和泉、今度の日曜日、私の家に遊びにきてよ」
「いいの?行ってみたいな」
「ねぇ和泉、今度和泉の家に行ってもいい?」
「もちろんだよ。何して遊ぶ?」
優しくて、一緒にいると落ち着くんだけど、すごく楽しくて、心がポカポカして、和泉、和泉って私はあの頃、和泉に本当にベッタリだった。
登下校を毎日一緒にするのは当たり前で、休み時間になったら、かならず和泉と話をしに行って、休みの日はお互いの家に何度も行った。
幼いながらに和泉の部屋に行った時は体の芯が熱くなってくる感じがしたのを今でも覚えている。さすがに、知識もないし何もしてないけどね。
和泉と一緒にいる時間はとても幸せで、これからもずっと和泉と一緒にいるんだと、そう思っていた……
けれど、その大切な時間を、幼い私は自分の手で壊してしまうことになる。
私は本当に所かまわず和泉にベッタリで、そんなに仲がいい男女がいたら、その年頃の男子がほっとくわけなくて、私と和泉はみんなの前で揶揄われることになってしまった。
「うわぁ~お前ら付き合ってんの?」
「お似合いだなぁ!ひゅーひゅー!」
「キスしてみろよ!はいキース!キース!」
「和泉みたいなひょろいのが好きとか、変わってる~」
「なぁ~全然カッコ良くないし、運動もできないのにな」
今思い出しても本当に鬱陶しい。虫と同じくらいの大きさの脳みそしか、あの頭には詰まっていなんじゃないかと思う。
まともに女の子と話をすることもできず、興味を引くためにそんなことしかできないカスと、カスとは違い優しくて私を助けてくれた和泉。
どちらが大切なのか、どちらを気にかけなきゃいけなかったのかなんて、わかりきっていることだったのに……
幼いバカな私は揶揄われることに耐えられなくて、一番最低の解決方法をとってしまった。
「はぁ~そんなわけないでしょ、なんで私が!やめてよね!」
その日は和泉が話しかけてきても無視。いつも一緒にいる休み時間も、下校も私は和泉を避けて無視して過ごした。
徹底して和泉に関わらないようにしたことで、私と和泉を揶揄っていた男子たちも徐々にだが、その日のうちに揶揄うのを止めていた。
これで安心だ。また明日から和泉と一緒に過ごせる。そう思っていた私だったけど……
次の日の朝、いつもの待ち合わせ場所に和泉が来なかったことは、私を冷静にするのに十分すぎる出来事だった。
いや、冷静にはなれていなかったと思う。
あるのは焦りと後悔、どうしてあんな酷いことを言ってしまったのだろうか、どうしてあんな酷いことをしてしまったのだろうか、自分を責めながらも私は走った。
和泉に謝るために、これからもずっと一緒にいたかったから……
「……あ」
「……」
学校で出会った和泉は、目も合わせることなく私の横を通り過ぎて行った。
ダメだった。
私は和泉に嫌われた。
当たり前だ。自分で和泉を拒絶したのだから、最低だ、ホント最低……
私はその場の恥ずかしさに負けて、一時の感情に任せて、大切な和泉を拒絶したんだ。
すれ違いざまに見えた和泉の横顔は悲しみと拒絶に染まっていて、自分が取り返しのつかないことをしてしまったと自覚するには充分で、私は自分が許せなくなった。
「梓沢ひで~和泉のこと無視じゃん」
「いや、和泉ってダサいことに気付いたんじゃね、オレたちのおかげじゃね」
「あぁなるほどな、おい梓沢、和泉と友達じゃないならオレたちと遊ぼうぜ」
「……うるさいよ、カスみたいな存在のくせに」
「……え?」
「カスみたいな存在のくせに話しかけんなって言ってんの」
そう言って睨みつけてやると、男子たちは何も言わなくなった。
あの日から私は変わったんだ。
あの日、私が大切なものを失ったのは、どうしようもなくバカで弱かった自分のせい。
周りの言うことを気にして、一時の感情に任せて取り返しのつかないことをした。
後悔してももう遅い、失くなってからはっきりと自覚する。
だから、もっと大切にすればよかったんだ、和泉と、自分の気持ちを……
和泉は私にとって大切な存在で、いつも一緒に居たいと思うほど、大好きだった。
私は強くなろうと誓った、自分にも他人にも負けず、二度とあんなことをしてしまわないように、そしていつの日か、和泉に許してもらえる日が来たら、その時は絶対に和泉を離さない、そう心に誓ったんだ……