「もっと大切にすればよかったのに」
私はもう限界だった。
和泉とまともに話もできない日々が続き、その間、和泉の隣にはクソみたいな女が居座っている。
許せない。
あの女はまるで彼女だとでも言うような態度で、常に和泉の周りにいて和泉の自由を奪っている。
今この瞬間にも、和泉があの女に汚されているような気がして全身に鳥肌が立つ。
あぁダメだ。
もう本当にダメだ。
自分の大切なものを汚されているこの感覚に、もう耐えることができない。
いくら和泉と話をしようとしてもあの女に邪魔されてしまう。
今朝もきっとあの女がいたから、和泉は恐くてわざと私を拒絶したんだ。和泉と二人きりで話をすることができたら、絶対に和泉は私の手を取ってくれるはずなのに‼
なら、もう無理にでも和泉を連れ去るしかない‼
早く、早く和泉を取り返さなきゃ、和泉は私のものなんだから……
あの女、梓沢は私の忠告を無視している。和泉からまったく離れようとせず、常に和泉の傍にはあの女がいた。和泉の声、視線、笑顔。その全てをあの女が独占している。
邪魔、邪魔、邪魔、邪魔
邪魔邪魔邪魔邪魔
邪魔邪魔邪魔
邪魔邪魔
邪魔
あの女が邪魔。あそこは、和泉の隣は私の場所なのに、和泉の全ては私のものなのに、なんであの女がそこにいるの?
早く、和泉を助けてあげないといけない。
教室では梓沢や他の生徒が常に近くにいるせいで、スキがなく放課後になるまでチャンスは訪れなかった。
私は昇降口で二人を待ち伏せることにした。教室に乗り込むよりは他に邪魔される要素は少ないだろう。
和泉を連れ去るには、一番いいはずだ。
和泉と二人になることができれば、落ち着いて話ができる。そしたら、和泉は私の元に戻って来る。
昇降口の影に隠れて少し待っていると、あの女とふたりで出てくる和泉の姿が見えてくる。
私に背を向けて進んでいく和泉に素早く近づいていき、和泉の身体に私の手が届きそうになったとき……
「な⁉何してんの⁉和泉!大丈夫⁉」
またしても、邪魔者のせいで私の手は振り払われてしまった。
「え?あ、湊、先輩」
「和泉!早くその女から離れて!私の方に来て!」
私は必死になって和泉に呼びかけた。私の事が好きな和泉になら、私の必死の想いはきっと伝わるはずだから!
「な、なにを言ってるんですか⁉先輩?」
「和泉はその女に騙されてるの!」
「一体何が?」
「その女は最低の女だよ。ただ都合よく和泉を利用しようとしてるだけ、いらなくなったらまた小学校の時みたいに捨てられるよ」
「っ⁉……なんで先輩がそのことを?」
「その女のこといろいろ調べたの、和泉のために、ほら、和泉、私のところに来て、前みたいに私の隣で笑って?和泉は私のことが好きなんでしょ?」
「……」
私は手を差し伸べる。和泉は少しの間黙って俯いていたけどすぐに顔を上げて真っすぐに私を見つめてきた。その目には力がある。きっと私の呼びかけで、和泉も自分が騙されていることに気が付いたんだ。
「…先輩は、湊先輩は最低ですね」
「…え、っと和泉?」
「志穂さんとは、確かに疎遠だったけど、今では一番の僕の友達なんです。僕が人生で一番落ち込んだ時に寄り添ってくれた大切な人なんです。そんな僕の大切な人を侮辱するなんて、先輩は最低の人間です」
「待って!和泉!私はあなたのために⁉」
「五月蠅い‼」
今まで聞いたことがないような大声で和泉は怒鳴った。私はひるんでしまい前に踏み出そうとしていた足を動かせなかった。まだ放課後になって間もない時間、私たちの大声にいつの間にか周りには他の生徒たちが集まってきていた。
「先輩はそうやって平気で人のことを悪く言う人だったんだ!僕のことも普段からそうやって心の中でバカにしてたんだ‼」
「な⁉待って和泉、そんなことしてない、だって私は和泉のことを……」
「ちょっと前の放課後、先輩が姫野先輩に怒鳴ってたの聞きました」
「……あ」
和泉に聞かれていた?あの時のことを?
あの時、確かに私は一時の感情に任せて、和泉に対しても失礼なことを言っていたと思う。
でも!あれは本心じゃない!恥ずかしくて感情が高ぶってしまってつい、言ってしまっただけなのに⁉
「自覚あるでしょ、ホント最低な人。僕を騙してたのは先輩だよ。本心では迷惑なヤツだと思っているのにいい顔して、今も僕を騙そうとして大切な友達を悪く言ってる。あんたなんか……」
「ち、ちがう、あれは姫野のせいなの⁉姫野が悪いの‼姫野が変なことを言うから⁉」
「姫野先輩のことまでそんな風に言うんですね。仲のいい友達だったのに、先輩は他の人のことなんだと思ってるんですか?あんたなんか信用できない‼二度と近寄ってこないでください‼」
「…あ、そ、そんな、和泉……」
私はもう立っていられなくなって地面に膝をついた。
和泉の私を見る目はもう、これまでのものとは違っていた。好きだなんて気持ちは一切ない、憎しみを浮かべて私を見ていた。
跪く私を一瞥して和泉はその場を離れていく、私のことなんてもう何も気にしていないかのように……
「羽月先輩、私と和泉の過去の話、知ってるんですよね?」
「……梓沢」
跪く私の前にかがんで梓沢は静かに話す、とても小さな声、周りには聞こえないように……
「一時の感情でしたことで、壊れてしまうものって実際にあるんですよ。普段からどんなに大切にしててもその一回で失くしてしまう」
「……」
「ああいう時って頭に血が上ってるから、自分が思ってもないことを言っちゃうけど、後から冷静になると後悔することって多いんですよね」
「……」
「でもそれって実際に後悔する場面に遭遇した人じゃないと、なかなか気が付けることじゃなくて、後は誰かに教えてもらうくらいかな?」
「……」
「先輩も今回のことで学びました?私ももちろん身をもって体験したので知ってるんですけど、和泉には、今一時の感情で動いてる和泉には、私は教えるつもりはないんです。ずっと私の隣にいて欲しいから、だから諦めてください。もう先輩にチャンスなんてないですよ……」
梓沢がすっと立ち上がる。つられて私は顔を上げた。
「もっと大切にすればよかったのに、自分の気持ちを」
そう言って微笑んだ梓沢は和泉の隣に戻っていった。
私に見せつけるように和泉の手に指を絡める梓沢は、もうこの場所は自分のものだと、私だけでなくその場に集まっていた大勢の生徒たちにも知らしめているようだった。