わが声に応えよ! ネクロマンシー!
それからも、俺達は路銀を集めるためにギルドの仕事を続けた。
徐々に路銀も溜まり、新しい町への旅立ちも視野に入ってきた。
今日も俺達は町の近くの森で、魔物の討伐をしていた。
事が起こったのは、そんな時だった。
「きゃああああぁ!」
赤江が甲高い悲鳴を上げた。
この女は素早いため、よく独断気味に敵を追って先行する。そんな中で何かを見つけたらしかった。
「どうしたんだ、アカネ」
光井が駆け寄っていけば、俺と水戸もその後を遅れて追う。
赤江は木陰の一点を指差していた。それを見た光井は。
「――これは……。シズカは見ないほうがいいかもな」
そこにあったのは、白骨化していた死体だった。木陰に背をもたれさせ足を折り曲げている。
肉はない。恐らくは魔物や動物に食べられてしまったのだろう。かろうじて、服の残骸のようなものが付着していた。
すぐそばの地面には、折れた剣が落ちていた。死の間際まで、この剣で魔物と戦っていたのかもしれない。
「おえっ……」
俺は吐きそうになった。
「いや、あんたが吐くのかよ……」
青い顔をしながらも、赤江が呆れるように俺を見た。
「は、吐いてはいない。吐いてはいないぞ」
「これ本物だよね……」
警告を無視した水戸が、恐る恐る白骨死体を窺っていた。意外と肝が据わっているようだ。
光井は頷いて。
「ああ、さすがにキツいな……。冒険者ってのは、そんなものかもしれんが」
神によって力を与えられたこいつらは桁外れに強く、ゲームのように緊張感もなく魔物を退治できてしまう。
けれど、元来の冒険者は危険と隣り合わせ。当然、失敗すればそこには死が待っている。こいつらもそれをようやく実感したのだろう。
いや、それよりも重要なことは――
「よし! これでネクロマンシーが使えるぞ!」
「ハルタ、本気かよ……」
「ぶっちゃけ引くわ……」
「こればっかりは私も……」
光井、赤江、水戸がドン引きしていたが、そんなことで折れる俺ではない。
これぞ天の配剤である。今この時を見過ごしては、俺がネクロマンシーを使う機会は訪れぬであろう。
「気にすることはあるまい。この者は本来なら、ここで誰にも知られず朽ちていく運命だったのだ。それを俺が有効活用してやろうというのだ。この者も活躍の機会を得られて、草葉の陰から喜んでいることだろう」
理路整然と俺は語るが、
「最低だわ。どんだけ自分本位なのよ」
「佐藤君、ごめんだけど軽蔑するよ」
「ハルタ、よせよ。それは使っちゃいけない魔法だぜ。レベルが上がれば、そのうちもっといい魔法を覚えるかもしれないだろ」
三人の視線が冷たく突き刺さった。
「う、うるさい! 貴様らに何が分かる! 俺にはもうこの魔法しかないんだよ!」
俺は死体の前に走り寄った。
既に死臭はないため、その点では助かった。凝視するとまた吐きそうになるため、視線は外しておく。
俺は両手を広げ、詠唱を開始する。三人から突き刺さる視線なんぞは無視だ。
「この世に未練を残し、さまよう死霊よ! わが声に応えよ! ネクロマンシー!」
俺の両手から暗黒の霧が放たれた。霧は死体を包み込み、覆い隠していく。
「本当にやっちまった……」
「いや、でも、いくらファンタジー世界でも死体を動かすなんて無理でしょ……?」
「だといいけど……」
光井、赤江、水戸の三人もそれぞれ腰が引けた様子で見守る。
やがて、暗黒の霧が晴れた。
……が、白骨死体には何の変化も見られない。
「ほ、ほらね、現実はこんなもんよ」
安堵したように赤江が息を吐く。
その瞬間――カタカタっと骨が鳴った。白骨死体が動き出したのだ。
白骨死体は細い足で起き上がり、俺のほうへと歩き出した。
「――きゃああああぁぁぁ!」
赤江が大きな悲鳴を上げて逃げ出した。死体を見つけた時を上回る大声だった。
「うわ……。マジで動き出した」
「ちょっと怖いね……」
光井と水戸も後ずさる。
ついでに俺も後ずさる。……が、白骨死体は俺を追うように歩いてくる。
……ていうか、予想以上に気持ち悪い。赤江ほどじゃないけど、俺も逃げ出したい。
「ちょっ、来るなって……!?」
俺が思わず叫んだら、白骨死体の動きが止まった。直立不動でじっとこちらを窺っている。
ん……これは。もしかして俺が命令したから止まったのか?
「どうすんのよ、そいつ! あんたが責任取りなさいよね!」
木陰に隠れた赤江が叫んでくる。どうやら、かろうじて踏みとどまったらしい。
「う、うむ……」
実際、ここまでくれば俺はもう引き返せないのだ。こうなれば覚悟を決めるしかない。
俺は左手を振るい、マントを颯爽と翻した。
「――わが名はヴァルター・シャドウ。史上最強の暗黒魔道士にして、お前の主人だ。お前にスケルトンロードナイトの名を授ける。今後は俺のために忠義を尽くすがよい」
高々と言い放てば、白骨死体改めスケルトンロードナイトは俺に向かって頭を垂れたのだった。
「あーあ、ほんとに従えちゃったわよ……」
「気が重くなるな……」
赤江と光井が溜息をついていた。
「ねえ、あれって?」
その時、水戸が目ざとく何かに気づいた。スケルトンロードナイトが座っていた跡に袋が落ちていたのだ。
「うわっ、金貨じゃない!」
赤江が駆け寄って中身を確認すれば、水戸も頷く。
「この骨の人が持ってたお金かな?」
「俺のものは俺のもの、しもべのものは俺のもの。つまり、その金貨は俺のものだな」
俺は躊躇なく、その金貨袋を拾い上げた。
「ダメだ、ハルタ。回収するのはいいが、しばらくは使わずに置いておこう。もし、遺族が見つかれば、届けてあげたい」
光井の野郎……面倒だな。しかも、わりと目がマジなので、反抗しづらい。昔からこいつは、曲がったものが嫌いで正義感が強い男なのだ。
やむを得ん。ここはスケルトンロードナイトを従えただけで満足しておくとしよう。
「ふん、勇者殿はご立派なことだな。いいだろう。もっとも、現状は手がかりも何もない。遺族など見つかるとは思えんがな」
うむ、ちょっとニヒルでいい感じのセリフが吐けたぞ。
後々、時間が経ったら有耶無耶にして、自分のものにしてしまうとしよう。