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見下した目で俺を見るな!

「助かったのか……」


 重荷がなくなり、俺の体が自由となる。

 けれど、体の痛みは酷く、すぐには動けそうにない。

 どうにか首の向きを変えれば、まだ二匹のオークが立っていた。


 ぬか喜びかと落胆する俺だったが、次の瞬間――


 オークの一匹が真っ二つに割れた。もう一匹は炎に焼かれて黒焦げになった。


「大丈夫か、ハルタ!」


 そこには剣を握りしめた光井がいた。その横には白いローブをまとった水戸の姿もある。

 この二人にとっては、オークも大した相手ではないらしい。悔しいことにな。


「ケガはない、佐藤君? 治療するよ」


 倒れたままの俺に、水戸が手をかざす。

 体の痛みがみるみるうちに引いていく。ハッとした時には、俺は立ち上がれそうなほどに回復していた。


「佐藤、生きてる?」


 次に現れた赤江が俺の手をつかみ助け起こした。

 どうやら、俺の背中のオークを蹴飛ばしたのはこいつらしい。


 それはともかく、とてもカッコ悪い状況になっている気がする。この状況でどうやれば、暗黒魔道士っぽい威厳を保てるのか? これは難題だ。


「くっ……。貴様らに助けられるとはな。史上最強の暗黒魔道士の名は返上かもしれん……」

「むしろいつ史上最強だったのよ……」


 赤江が哀れむような眼差しでこちらを見た。


「ハルタ、無事でよかった!」


 光井が俺の肩をつかみながら叫んだ。本当に安心したような表情だった。


「畜生! 見下した目で俺を見るな!」


 しかし、あえて俺は逆ギレして、光井の腕を振り払った。

 ここで安易に『助けてくれてありがとう!』なんて言ってしまうのは、暗黒道ではない。

 第一、この先、奴らに引け目を感じながら生きていかねばならなくなってしまうだろう。

 そこでとっさの判断で繰り出した起死回生の一手が、逆ギレである。

 イメージとしては、主人公に助けられたプライドの高いライバルキャラだ。


「は……ハルタ。どうしたんだ……!?」


 予想通り、光井は俺の気迫に圧倒されたようだった。

 ふっ、先制攻撃は成功したようだな。この勢いで主導権をこちらに引き寄せる。


「光井陽一。貴様は俺を(わら)っているのだろう。オークすらまともに相手取れない俺をな……」

「いや、別に笑ってないが……。どうしたんだハルタ?」

「ウソをつくな! 貴様はそうやって善人面しているが、心の奥では他人を見下しているんだ!」


 対象を『俺』から『他人』へとさり気なくスケールアップさせた。素人には真似のできない高等話術だ。


「は……? どうしてそうなるんだ? お、落ち着けよハルタ」

「どうしてだと? この偽善者め! 勇者に選ばれた時、貴様は思ったはずだ。自分は特別な存在だと! 愚民どもの上に立つのが自分だと! そうして全てを見下す男――それがお前だ、光井陽一!」


 俺はビシッと光井を指差し、糾弾した。


「えっ、いや、俺……。なんでそこまで言われなきゃならないんだよ」


 光井は泣きそうな顔で後ずさり、赤江に助けを求めるような視線を向ける。


「――アカネ、こいつちょっとキャラ変わり過ぎなんだが……。転移したショックでおかしくなったんじゃないか?」

「でしょー!」

「正直、すげえやりづらい」

「あたしに言われても。幼馴染なんでしょ?」

「う、そうだな……」


 二人は何やら小声でやり取りする。

 そうして、光井は俺のほうに向き直り、困ったように眉根を寄せる。何かを言おうと口を開きかけたが、


「ねえ、佐藤君はなんでこの森にいたの? というか、光井君が勇者だってよく気づいたね」


 実際に口を開いたのは水戸だった。


「な、なぜかだと? 貴様達に語る理由などない!」


 まずい。復讐のために後を付けまわしていたことを知られてはならない。


「ひょっとして、私達のことが心配で追って来たんじゃないの?」

「何を馬鹿な」

「そうなのか、ハルタ! キャラは変わっても、やっぱりお前はいい奴なんだな」


 光井が嬉しそうな目で俺を見ていた。

 ふん、おめでたい奴だ。だが、復讐のためと知られるよりはマシだろう。


「お前達がそう思うなら、それでも構わん」

「ほんとかしらねえ……」


 赤江だけは疑うような視線を向けるが、


「ダメだよ、アカネちゃん! それよりほら、佐藤君が見つかったんだよ。ちゃんと言わないと」


 水戸がそれをたしなめた。


「いや、でもこんな奴に……」

「アカネちゃん」


 水戸が意外に鋭い語調で、赤江に畳みかける。


「言う! 言えばいいんでしょ! 佐藤!」

「ヴァルターだ」

「どっちでもいい! バカにして悪かったわよ! 曲がりなりにも助けてもらったのに、礼も言ってなかったし。知り合いと会えた安心感で、ちょっと舞い上がっちゃってさ。あたしも、あんたがそこまで気にしてるとは思わなかったし。だからさ――」


 そこで赤江は息を吸い込み、頭を下げた。


「――ごめん! それから助けてくれてありがとう!」


 水戸も同じようにそれに続く。


「私からもお礼を言うよ。助けてくれてありがとう!」

「ふん、力試しのついでにゴミ虫を消しただけだ。礼には及ばんよ」


 俺は暗黒魔道士にふさわしい態度で、二人の礼を受け流した。


「……やっぱり、なんか偉そうでむかつくわ。そもそも、さっき助けてもらっといて、どういう態度よ」

「アカネちゃん、抑えて抑えて」

「なあハルタ、俺達と一緒に来てくれないか?」


 と、そこで光井が思わぬ提案をしてくる。


「なんだと、俺は暗黒魔道士だぞ。なぜ、貴様らと一緒にいかねばならん」

「おいおい、なぜって俺達友達だろ」


 光井のあっけらかんとした態度に、俺は愕然(がくぜん)とする。


「友達……友達だと……!? 貴様が……! 貴様がそれを言うのか! あの夏の日、貴様が俺に何を言ったか、知らぬ存ぜぬとでも言うつもりか!」

「えっ、なんか言ったか俺」


 ところが、光井はきょとんとした目で俺を見た。心底から心当たりがないという表情だった。


「罪……。自らの罪を自覚せぬとは何たる罪! 光井陽一よ!」

「いや、分かんねえよ。ていうか、そのフルネーム呼びやめろよ……。俺達、幼馴染だろ。けっこう傷つくんだぜ……」

「佐藤君!」

 見かねた水戸が仲裁に走る。

「――光井君は佐藤君が心配でずっと探してたんだよ。何か事情があったのかもしれないけど、話を聞いて欲しいんだ」

「ふむ……。話だけは聞いてやろう」


 俺は(あご)に手を当てて、思慮深そうなポーズを取った。暗黒魔道士はインテリ枠でもあるからな。話を聞けと言われれば、聞かざるを得ない。


「お、おう、助かる。ハルタ、俺達はできれば他のみんなを探そうと思っている。お前にも協力して欲しい」


 困惑しながらも、光井が口を開いた。


「他のみんなとはクラスメイトのことか?」

「そうだ。ひょっとしたら、学校全体が巻き込まれているかもしれないけどな。それから、日本に戻れる方法もあるなら探したい」

「断る。他の奴がどうなろうが、俺の知ったことではない。日本に戻るつもりもない」

「ハルタ、そうは言っても、お前だって日本に未練があるはずだろ!?」

「未練などあるものか。貴様の知る佐藤春太はもはや死んだ。ここにいるのは、暗黒道に堕ちた男――ヴァルター・シャドウだ」


 いやまあ、実際は結構未練もあるんだけどね。ゲームとか漫画とかラノベとか。インターネットがないのも辛いところだ。

 しかし、俺は暗黒魔道士。弱みは見せられぬ。


「どうせ、そう言うだろうと思ったけど……」


 赤江がやれやれと溜息をつく。


「――けど、あんただっていつまでも一人ってわけにはいかないでしょ? さっきだって、あたしらが助けなかったら死んでたじゃん」

「ぐぬぬ……。俺は助けてくれなどと言った覚えはない」

「でも、死んでたじゃん。今頃、オークの下敷きでカエルみたく潰れてたんじゃない?」


 赤江が畳みかけてくる。


「ぬう……」

「頼む、ハルタ。お前の力が必要なんだ。ハルタは成績がよくて頭が回るからな。それに最後は危なかったけど、一人で何体ものオークを相手に立ち回ったのはさすがだった。もう一度言う、俺達にはお前の力が必要なんだ」


 ほう……なかなか殊勝ではないか。

 この俺が成績優秀で頭脳明晰なのは、言うまでもなく事実だ。遊び呆けていたリア充どもとは格が違う。なんせ話し相手がいない分、時には学校の休み時間に勉強をしていたほどだからな。


「ふむ、貴様がそういうなら力を貸してやらんでもない。貴様の真意はともかく、借りがあるのも事実だ」


 うむ、この辺で妥協しておこう。さすがに一人旅が危険なのは事実だからな。

 しかも、完全に助けられておきながら、どことなく俺が主導権を握っている。我ながら惚れ惚れするような逆転劇だ。

 こうなれば精々、こいつらを利用してやるとしよう。


「ありがとう、ハルタ!」


 光井が顔をほころばし、手を伸ばしてくる。俺はしぶしぶその手を握り返した。


「けどやっぱ、あいつ役に立たないと思うけど……」

「まあでも、さすがに放っておけないよ」


 赤江と水戸が何か小声で喋っていた。

第一章 黎明編完です。

第二章 屍術編に続きます。 

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