闇属性ってなんなんだろうな……
この世界に転移したのは俺だけではなかった。どうやら、クラスメイトが転移しているらしい。
恐らくはあの二人以外にもいるはずだ。
となればどうするか?
決まっている。一刻も早くこの町を離れ、俺を知る者のいない新天地へと向かうのだ。
そしてそこで、今度こそ俺はヴァルター・シャドウとしての新しい人生を歩み出す。
だが、そのためには先立つものがいる。
幸い、この町には冒険者ギルドがあった。そこで依頼をこなしながら、旅立ちに備えて路銀を貯め込むのだ。
それまではこの町に留まるのもやむを得ない。あの二人と出会わないように気をつけるしかなかった。
*
そうして、俺はギルドの依頼を受けながら稼ぎに精を出していた。
といっても、簡単なことではなかった。
例によって、この世界には魔物がいる。
冒険者の仕事の多くは、魔物退治、魔物からの護衛、アイテム採取といったものだ。
アイテム採取とは、魔物がいる森や洞窟から、何かを取ってくる仕事である。
つまり、ほとんどの仕事は魔物を避けられないのだ。
そして、暗黒魔法に攻撃能力がないのは知っての通りだ。
では、どうしたか?
そこで役に立ったのはダークオーラの魔法だ。
この世界では頭の中で念じれば、魔法の基本的な効果を知ることができる。それによれば、これは身体能力を飛躍的に上昇させる魔法なのだそうだ。
実際に試したところ、確かに上昇していた。効果はあったのだ。
おおよそ二割。走る速さや殴る強さといった身体能力が上昇する。
例えば、100mを10秒で走れる陸上選手がいたとしよう。彼がダークオーラを使えば、8秒までタイムを短縮できる。
五輪の金メダルはおろか、圧倒的な世界記録保持者として歴史にその名を刻み込めるだろう。
そういう意味では飛躍的というのもウソではない。
しかしながら、俺の身体能力は高校男子の平均を下回る。二割上昇したところで、常人の域を出ないのが現実だ。
……そりゃ、チンピラに殴られたら痛いはずだ。
けれど、この魔法の真価はそれだけではない。
ダークオーラにはなんと、魔物を寄せつけない効果があったのだ。
魔物の目から見ても、あのダークオーラは恐ろしいのだろう。本能的に恐怖した結果、忌避するらしい。さすが魔物は見る目がある。
一応、ダークブリンガーでも戦えないことはない。
目つぶしは地味に強力だからな。
問題は、その後でとどめを刺さねばならないことだ。
一度、ダークブリンガーで不意を突いて、ゴブリンを仕留めたことがある。
さすが俺。本気を出せばやればできるのだ。
……が、しかし問題は他にあった。
ゴブリンってのは、小さな人型に近い魔物だ。それを殺す情景を想像して欲しい。
ナイフで頭を刺したら、血がどばっと出て気持ち悪かった。狂ったように叫び苦しむゴブリンを、何度か突き刺してとどめを刺したのだ。
その後、吐きそうになった。
というか、吐いた。
それ以来、スライムぐらいしか倒せていない。
あれは刺せばプシューって潰れるが、そこまで気持ち悪くはない。生物感は薄いからな。
もっとも、スライムなんぞ倒しても討伐報酬はたかが知れている。当てにできるはずもなかった。
それもこれも、暗黒魔法に攻撃力があれば、こんなに悩む必要もなかったのだ。俺は徐々にであるが、暗黒魔法の微妙さを実感せざるを得なかった。
ふと思ったけどさ、闇属性ってなんなんだろうな……。
炎は熱く、最も王道な攻撃手段だ。これには誰であれ異論の余地はない。
氷は冷気であると同時に、鋭い凶器となって攻撃する。氷柱が刺されば痛い。ドライアイスを触れば、凍傷になる。
光は一見して攻撃には見えないが、それは素人の意見だ。光とはエネルギーそのもの。虫眼鏡で太陽光を集め、紙を焼いた経験がある者もいるだろう。
風や土、水や雷についても、いちいち説明する必要はない。全て皆、強力な攻撃となるのだ。
翻って闇、暗黒。
暗黒の力でどうやって攻撃するというのだ。
暗かったからどうだというのだ。
それでもこれがゲームなら、闇のエネルギー的なものが敵にぶつかりダメージを与えてくれるかもしれない。
プレイヤーもそこは心中で突っ込みながら、そういうものだと受け入れるだろう。
ところがどっこい。ここはゲームにあらず、現実である。
俺のダークブリンガーは本当の意味で闇をもたらすだけだ。目つぶし程度にしか役に立ちやしない。
*
閑話休題。
そんなわけで、俺は薬草採取などの地味な仕事をこなしながら稼いでいた。
あれから彼女達には会っていない。
しかしながら、同じ町にいるはずなのだから、会う可能性は常につきまとう。
そして、その時が来た。
俺は町の冒険者ギルドに、採取依頼の成功報告に向かうところだった。
鉢合わせを避けられたのは、俺が警戒していたからだ。
遭遇するとすれば、ギルドのような人が集まる場所だと予想していたからな。なんという、俺の危機回避能力。
ともあれ、ギルドのテーブルを囲み、話に講じている赤江と水戸の姿を発見したのだ。
いや、二人だけではない。男が一緒だ。
「なっ……光井陽一だと!?」
俺の小学校時代からの幼馴染。それでありながら、イケメン高身長かつバスケ部のエース。当然のようにリア充街道を突き進む男だ。
その時点で察せられると思うが、基本的にはロクでもない人間である。
俺と奴はとある事情があって、袂を分かった間柄でもあった。奴が以前、言い放った言葉を俺は生涯忘れないだろう。
それにしても、女二人連れとは、とんだハーレム野郎だ。
腹が立った俺は、物陰に隠れて奴らの話を盗み聞きすることにした。
「でも、光井君に会えて本当によかったよ。私達二人だけだと、さすがに心細くて……。その前に見つけた佐藤君は、ああなっちゃうし」
水戸が光井の顔を見ながら言う。
「俺だってお前達と会えてよかったぜ。知り合いゼロってのは、堪えるからな。それよか、本当にハルタだったんだよな? あいつ影薄いから、お前らもそこまで顔はよく覚えてないだろ?」
連中が話題にしていたのは、よりにもよって俺だった。
「さすがに隣の席だったし間違えないよ。呼びかけたら、あたしらの名前つぶやいてたし。ただ、色々と変だったけど」
赤江が口をとがらせて言い返す。
「変ってどんなふうにだ?」
「なんか変わった名前名乗ってたよ。俺は佐藤じゃない、バルなんとかだって」
これには水戸が答えた。
というか、あれだけ言ったのに記憶してないのか。この女も大概アレだな。
「バルなんとか? あっ、ひょっとしてヴァルターか!」
光井がポンと手を打てば、赤江が頷く。
「たぶんそう。ってか、なんであんたが知ってんの?」
「昔、そこそこ仲良かったからさ。あいつが、ゲームキャラにそういう名前付けてた覚えがある」
「ふ~ん」
「昔のゲームって、名前が四文字しか入らなかったり、ヴが使えなかったりするだろ。それで結局、ぶつくさ文句言いながら、ハ行のバルターで妥協したりな。そんな記憶があるよ」
光井は昔をなつかしむように語った。そういえばそんなこともあったな――と、俺も少しだけ郷愁にひたる。
「凄いどうでもいい情報ね……。ってか、ゲームキャラって……。あいつ、現実とゲームの区別ついてないんじゃないの? 少なくとも、この世界は現実じゃん」
「いや、いくらなんでもそんなはずは……。ははは……」
クソ、馬鹿にしやがって。
この世界はゲームじゃない、現実に決まってるだろ。だからこそ、俺は新たな人生を歩み出すつもりだったんだ。その夢をぶち壊したのは赤江――貴様ではないか。
「それより、佐藤君を早く探さないとね」
と、水戸が言い出せば、光井が頷く。
「だな。遠くには行ってないと思うんだけどな。いくらあいつがボッチ慣れしていても、一人で隣の町まで行くのは厳しいだろうし」
俺はボッチじゃない。孤高またはソロ充と呼べ。
……いや、それよりもあいつら俺を探しているのか? なんのためにだ。
「別にあいつなんてどうだっていいよ。面倒臭いし」
「そういうわけにはいかないよ、アカネ。さすがに放ってはおけないだろ」
赤江が投げやりに言い放てば、光井が首を横に振る。
「ヨーイチがそういうならいいけどさ。まあ、一発殴られた分はやり返さないとな」
「アカネちゃん、怖いよ……」
なっ……! まさか、復讐のためか!?
「はははっ、その意気だ」
しかも、光井がそれを応援しているではないか。
クソ、あいつ! 異世界においても、俺を追い詰める気なのか。
「――アカネ、シズカ、とにかくハルタを探そうぜ。この町を拠点に冒険していれば、そのうち見つかるかもしれん」
おまけに女子を下の名前で呼んでやがるとは……。光井の奴、なんてハレンチな野郎だ……!
光井陽一許すまじ!
だが俺は、先日までの俺ではない。
こうなれば、赤江もろとも返り討ちにしてくれる。復讐するのは我こそだ。わが暗黒魔法のサビとなるがよい。
……とは言ったものの、暗黒魔法に攻撃力がないのは周知の事実だ。そこは奴らの後を付け回し、隙を見つけることで補うとしよう。
こうしてしばらくの間、俺は光井達を付け回すことにしたのだった。