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正義の腹パンだ!

 二人の少女は、俺を佐藤と呼んだ。

 それは封印されし忌まわしき過去を象徴する名だった。


 ……ていうか、なにこの展開。

 いや、ちょっと洒落(しゃれ)にならんでしょ。

 俺の認識だと、これはオーソドックスな異世界転移ものだったはずだ。

 だからこそ、俺は心機一転、名をカッコよく変えて過去と決別。新しい人生を始めようとしたのだ。


 それがクラス転移ものだっただと……!?

 超気まずいだろうが……!


 整理してみよう。

 そもそも、俺はなぜ死んだんだ。


 確か、あの日は普通に高校に出席して、授業を受けていたはずだ。授業科目は英語だった気がするが、そこはもはやどうでもいい。

 重要なのは、そこで突然の激震があったことだ。


 地震かテロか爆発事故か。

 原因は不明だが、気がついたら俺は雲海の上。神とかいう奴の元にいた。

 神によれば、本来、俺は死ぬはずではなかったという。

 そのため、神は温情として俺にこの世界で新たな人生を生きるように取り計らったのだ。


 確かに記憶が正しければ、死んだのは俺一人じゃないはずだ。

 そこに至らなかったのは、死んだショックで頭が回らなくなっていたためだろう。俺としたことが失敗した。


 いやでも、あの自称神も教えてくれてよかったはずだ。

 確かに転移は俺一人だけかなんて、聞かなかったよ。でも、だからって黙ってるのは酷いでしょ。

 知ってたら、俺だってもうちょっと自重してたよ。

 今までのキャラを踏まえた上で、徐々に変えていくとかさ。


 くそっ、俺の異世界デビュー計画が早くも頓挫(とんざ)しかけている。

 どうする? 今からでも軌道修正するか?


『やあ僕、佐藤。君達も転移してたなんて驚いたよ。さっきのは君達を助けるための演技だから気にしないで。あはは!』


 みたいな感じでごまかせば、今からでも佐藤春太に戻れるかもしれない。

 だが、戻ってどうするというのだ。異世界に来ても俺は変われないのか……!?


 そんなのは嫌だ!

 俺は佐藤春太には戻りたくない! ならば、このままやるしかない!

 (さい)は投げられた! 今こそルビコン川を渡るのだ!


「なに黙ってんの、佐藤?」


 目まぐるしく頭脳を回転させる俺の仮初(かりそめ)の名を、少女が呼ぶ。

 茶髪でショートカットの少女――赤江朱音(あかえあかね)だ。赤江は転移前のクラスで俺の隣席にいた生徒でもある。


「人違いだ。俺は佐藤などという男ではない」


 俺は前世との決別を込めて、その言葉を口にした。

 ところが――


「いや、どう見ても佐藤じゃん。隣の席の佐藤春太じゃん。あたしらの名前呼んでたじゃん」


 赤江は全く取り合わなかった。じゃんじゃんじゃんとうるさく追求してくる。


「お前達の知る佐藤は死んだ。その名は捨てたのだ」

「じゃあ、何なの?」

「既に名乗りは済ませたはずだ。史上最強の暗黒魔道士――ヴァルター・シャドウだとな」

「バルター?」


 ぽつりと疑問の声を上げたのは黒髪ロングの少女だ。

 水戸静香(みとしずか)――転移前から赤江と仲が良かった記憶がある。

 いや、そんなことはどうでもいい。もっと大事なことがある。


「ヴァルターだ! BではなくV、覚えておくがよい」


 俺はヴァの発音を強調した。そこは譲れないところだった。

 しかし、水戸はそこにはこだわらず、また口を開いた。


「自称最強?」

「史上最強だ!」


 わざと言っているのかこの女……。


 ……ていうか、正直気まずい。早くこの場を立ち去りたい。なんとかその方向へ誘導しよう。


「――ふん、まあいい。お前達も命が惜しくば、今後、俺には近づかぬことだ」

「なんで?」


 と、水戸が首をかしげる。


「俺が暗黒道をゆく男だからだ。暗黒の力を持たぬ者が、暗黒道に近づけば命を落としかねん。ゆえに立ち去るがよい。俺がこの左手に眠る闇の力を抑えきれるうちにな」


 そんな感じに、自然な流れで二人のそばを立ち去ろうとした俺だったが――


「いや、てかなに。佐藤、そのキャラ……! ちょっ、まじウケるって!」


 突如、赤江が吹き出した。


「何がおかしい!」

「いやだって、佐藤だよ! 女子に話しかけられただけでキョドる佐藤が! ボッチで休み時間は寝るか、ラノベ読むか、スマホいじるかの佐藤が! あの便所飯の佐藤が! あは、あはは、腹痛い!」


 赤江は耳障りな声で笑い出す。


「ちょっと、笑ったらかわいそうだよ! ……えっと、私はそんなに悪くないと思うよ。ハルタを濁らせてヴァルターなんだよね」

「ヴァ……ヴァルター! あはははは! BではなくVって、ウに点々のヴかよ! なにそのどうでもいいこだわり! マジ片腹痛い!」


 水戸がたしなめるも、赤江は腹を押さえて笑い続ける。


 ……なんというか、腹パンしたい。

 相手が女でも腹パンしたい。

 相手が美少女でも腹パンしたい。


「ア、アカネちゃん! だから、笑ったらかわいそうだよ。佐藤君もきっと一生懸命に考えたんだから。……ひょっとして、シャドウっていうのも佐藤のもじりかな?」

「やめてよシズカ! シャドウとサトウ! いや、無理ありすぎでしょ! ひーひー、息が苦しいっ!」


 腹パンした。

 俺の左手――つまりダークオーラをまとった闇の左手が、奴の腹に炸裂したのだ。


 これはただの暴力ではない。正義の腹パンだ!

 この真名(まな)は、俺が中学二年の時に三日もかけて考え抜いたものだ。それを侮辱(ぶじょく)することは何人(なんぴと)たりと許されん。


「ぐはっ……! さ、佐藤! 何すんのよ!」

「だまれ、阿婆擦(あばず)れめ! ばか! あほー!」


 俺は豊富な語彙(ごい)で赤江を(ののし)った後、彼方(かなた)へ向かって走り出した。

 漆黒のマントが風を切ってなびく。

 これは逃走ではない。転進であり、戦略的撤退である。


「誰が阿婆擦れだぁ!」


 やばい追いかけてきた。

 赤江が地面を蹴れば、砂煙が派手に巻き起こる。

 恐ろしく速い。どう見ても人間の域を超えている。ひょっとして、あいつも何らかの能力を得たのだろうか。


 またたく間に距離を詰められる。


「だ、ダークブリンガー!」


 俺は振り向きざまに、魔法を放った。

 赤江の体が闇に包まれる。視界を失った奴は、たまらず足を止めた。


「覚えとけよ! ごらあぁ!」


 品性に欠ける怒鳴り声が後方から聞こえる。


「ちょっと、佐藤君! 待ってよー!」


 水戸が俺の仮初(かりそめ)の名を叫んでいたが、俺はそれを(かえり)みなかった。

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