暗黒魔道士はブラック企業ではないからな
自立して動くようになったスケルトンロードナイト改めスケさんは、ますます戦闘での存在感を増していた。
特に俺の指示がなくとも、スケさんは的確な判断を行い光井達との連携を行う。
俺は『俺って別にいらなくね?』という湧き上がる疑念と戦わざるを得なかった。
*
スケさんを含めた五人で町を歩いていた時だった。いよいよ次の町への出発に備えて、俺達は市場で準備をしていたのだ。
買い物中のとある少女の姿が目に入った。
まだ、十代になったばかりだろうか。赤江や水戸よりも明らかに若かった。
買い物かごを片手に歩いているが、いかにも体が弱そうで足元がおぼつかない。一人で歩かせるのは見るからに不安だ。
「あれは……」
スケさんが呆然と少女の姿を凝視していた。仮面のせいで表情は分からないが、声の調子で感情は窺える。
「どうしたの、スケさん?」
水戸が怪訝そうに問う。
「い、いや、何でもないだぎゃ。何でもないだぎゃ……」
と、いかにも何でもありそうにスケさんが弁解した。
「ほう……。スケさん、貴様さてはロリコンだな?」
「あんたは黙ってなさい」
俺の鋭い推理を赤江は一蹴した。
「放ってはおけないな。……大丈夫かい?」
光井が少女のそばへ寄り、そっと声をかけた。
「相変わらずだな……。光井の奴は」
やれやれといった風に、俺もその後に続いていく。
「ふふっ、二人は幼馴染だもんね」
「まあな」
水戸がやわらかく微笑めば、俺も頷く。
「あれれ~おっかしいぞォ~。『佐藤春太は死んだ』って言ってたのに、幼馴染みなんだ?」
どこぞの名探偵の如く、白々しくからんできたのはもちろん赤江だ。面倒な女である。
もっとも、この俺につけ入る隙はない。当然、その程度の理論武装はしているのだ。
「この体のベースとなったのは佐藤春太だ。必然的にこのヴァルター・シャドウも彼の記憶を継承している。ゆえに矛盾はないと知れ」
「あっそ、設定作りごくろうさん」
……が、当の赤江はぞんざいに言い放った。やはり、この女とは相容れんようだ。
ともあれ、結局は俺達も少女の買い物に付き添い、彼女を自宅まで送ることになった。
途中、少女はスケさんのことを不審そうに何度も見ていた。スケさんはその度、困ったように視線をそらしていた。
*
「今日は本当にありがとうございました」
自宅の玄関にて、少女は俺達に向かって丁寧に頭を下げた。
「あまり立ち入ったことを聞くのはなんだけど、君はずっと一人暮らしなのかい?」
光井が少女に向かって優しく尋ねた。
「前までは兄と暮らしていたんです。ですが、もうずっと帰ってこなくって……。私の世話が重荷になったのかも……。ごほっ、ごほっ」
少女は咳き込みながら、不安そうな顔でつぶやいていた。
その後、光井達は慰めの言葉を口にしていたが、少女の表情が晴れることはなかった。
ここは日本でもなければ地球でもない。福祉制度も未発達な中世レベルの社会だ。地位も金も健康もない者が、生き延びるのが難しいのは想像に難くない。
一時は気休めの言葉が吐けても、根本的な解決などできるはずもなかった。
俺達はどこか重い足取りで帰路を歩くのだった。
*
「スケさんよ、あの子はお前のなんだ?」
宿のロビーに戻ったところで、俺はスケさんに尋ねた。今は五人全員で一つの卓を囲んでいる。
「我輩の妹だぎゃ」
「うっそ!?」
「まさかとは思ったけどな……」
赤江は驚愕していたが、光井は冷静だった。水戸も驚きを面に出さなかったため、察していたのかもしれない。
俺も頷いて。
「生前の記憶が残っていたのか?」
「直前までは忘れていただぎゃ。けれど、妹を見た瞬間、すぐに思い出しただぎゃよ」
そう言ってスケさんは語り出した。
元々、スケさんはそれなりに実力のある冒険者だったという。
彼は病弱な妹のため、薬を買う資金を貯めていたそうだ。妹は病弱とはいえ、定期的な薬の投与さえできれば、長生きも望めるという。
スケさんは単身で魔物討伐の依頼を引き受け、森に赴いていた。
不幸が起こったのはそんな時だった。
順調な成果に気を良くして、スケさんは欲張り過ぎたのだ。普段なら引き返すところで判断を見誤った。
油断した時には、スケさんは大勢の魔物に囲まれていた。
当時のスケさんには仲間がいなかった。自信があったのもあるが、何より少しでも取り分を多くするためだった。
結果、単身で全ての魔物を倒したはよいが力尽き、そこで死体と成り果てたのだという。
「そうして、気づいた時にはマスターのしもべ――というわけだぎゃ」
「ハルタ」
スケさんが語り終えるなり、光井が俺を呼ぶ。
「ああ、分かっている。やれやれ、お前の言う通りになったな……」
俺はスケさんに向かって、袋を手渡した。
「――妹に渡してやれ。お前の死体のそばにあったものだ。元々、そのために貯めていたのだろう?」
「これは……」
スケさんは袋の中身をじっくりと見ていたが。
「――吾輩が持っていた金貨は十枚だったはずだぎゃ。これはその倍もあるだぎゃよ」
「これまでの給料だ。暗黒魔道士はブラック企業ではないからな。働きには報いよう。今後も妹の治療費が欲しければ、精々俺のために尽くすことだな」
「マスター……! 感謝するだぎゃ!」
スケさんは感激と尊敬の目で俺を見ていた。いや、目はないので俺の想像だが。
「妹にどう説明するかはお前に任せる。付き添いが必要なら、俺達に頼むがいい」
「何から何までかたじけないだぎゃ」
スケさんは深々と頭を下げた。
「ふ~ん、あんたにしてはマシな行いじゃない。てっきり、頭がおかしくなると同時に、人の心をなくしたのかと思ってたわ」
じっと見守っていた赤江が、頬杖をつきながらつぶやいた。
「ふん、俺を何だと思っている。しもべの面倒を見るのは当然だ。そうでない者は死体を操る資格がない」
「ははっ、まるでペットを飼う云々みたいな言い方だな」
と、光井は苦笑する。
「ともあれ、迷惑をかけただぎゃ。次の町への旅では、みんなのために粉骨砕身で働くだぎゃよ。砕く身はないだぎゃけど」
「けどいいの? スケさんは妹さんのそばにいてあげなくて」
水戸が聞けば、スケさんはゆっくりと首を横に振る。
「馬鹿言っちゃいけないだぎゃ。吾輩のようなアンデッドがそばにいたら、妹だって怖がるだぎゃよ」
「スケさん……」
「吾輩はスケさんだぎゃ。マスターのしもべで、みんなの仲間だぎゃよ」
その後、スケさんは俺達と一緒に妹の元を訪れた。
スケさんは兄の友人の冒険者を名乗る形で、自らの死を妹に伝えた。そうして、兄の遺産として金貨を託したのだった。
「何があっても強く生きろだぎゃ。それがあいつからお前さんへの遺言だぎゃ」
「スケさんさん……。本当に、ありがとうございました! その……また会いに来てくださいますか。なんだか、あなたは他人とは思えなくって……」
「冒険者の身ゆえ、確約はできないだぎゃ。それでも、気が向いたら会いに来るだぎゃよ。あと、さんは一回でいいだぎゃ」
スケさんはそうして、妹と約束を交わしたのだった。
*
翌朝。
「佐藤!」
赤江が扉を蹴破らんばかりの勢いで、宿の部屋に入ってきた。
「……なんだ赤江朱音、騒々しいぞ」
眠い目をこすりながら、俺はベッドから上体を起こした。
「昨日、スケさんの妹にあげた金貨! あたしらの金貨じゃない! なに勝手にやってくれてんの!?」
「今更、何を言う。貴様も『マシな行い』などと宣っていたではないか?」
「ふざけんな、ボケェー!」
アッパー気味の腹パンが直撃し、俺の体は天井間近まで吹き飛んだ。
直後、俺は世界の引力に引かれて、床に叩きつけられた。
「ぐふっ……」
「お、おい、アカネ! 何も殴らなくたっていいじゃないか! 今回の件については、気づいてて言わなかった俺も悪かったし」
隣のベッドにいた光井が、騒ぎに覚醒する。
「そうだよ! 佐藤君だって、よかれと思ってやったことだし。私はむしろ、佐藤君に人並みの良心があった事実に感動したよ!」
赤江を追いかけてきた水戸が、手遅れながらたしなめようとする。……若干、言い方が気に障るが。
「アカネ殿! お金については、吾輩がいつか払うだぎゃ。だから、どうかマスターを許してやって欲しいだぎゃ」
座り込んでいたスケさんが、立ち上がって頭を下げた。
ちなみに、夜間の彼は置物と化して静かにしている。当初はどうしようもなく不気味だったが、俺も光井もすっかり慣れていた。
「ああいや、別にスケさんは悪くないわよ。こいつが許可も取らずに人の金をかっぱらうから、ちょっと腹立っただけ」
そこでようやく赤江もクールダウンする。俺のほうへと向き直って。
「――ふう……。まっ、許可を取らなかったのはあれだけど、そこは不問にしてやるわ。マシな行いなのは確かだし」
「殴っておいて、不問とは言わんぞ……」
俺は床に転がりながら、赤江を恨みがましくにらんだ。
「う~ん、それもそうねえ。あはは、じゃあ、今の一発はこの前の仕返しってことで」
赤江は晴れ晴れとした顔で笑い、崩れ落ちる俺を見下ろしていたのだった。
第二章 屍術編完です。
中編なので早くも最終章 冥竜編に突入します。
次回、ついに明かされる佐藤と光井の確執!




