見えるか……この闇のオーラが
俺はとある町の前に立っていた。
改めて自分の服装を見る。
ゆったりとした漆黒のローブに、漆黒のマント。我ながら惚れ惚れする格好だ。
これは俺が暗黒魔道士になった証だった。
俺――佐藤春太は死んだ……はずだった。
死因はともかく、気づいた時には神を名乗る老人の元にいたのだ。
神は俺に、新しい世界で生きるために職業を選ぶように言った。
いくつか掲示された候補の中で、真っ先に目についたのが暗黒魔道士だった。
「よりにもよって、暗黒魔道士を選ぶとはそなた正気か? 他にも戦士や神官、盗賊などのオーソドックスな職業もあるぞ。考え直してはどうだ?」
神は渋ったが、俺は強行した。
戦士(笑)、神官(笑)。名前からして時代遅れ。
盗賊(笑)に至ってはもはや単なる犯罪者だ。いずれも暗黒魔道士の圧倒的な格好良さとは、比較にもならない。
神が渋ったのは、暗黒魔道士がそれだけ恐ろしい職業だからだろう。なんせ、暗黒魔道士というほどだ。ひょっとしたら、宇宙の法則を乱すぐらいはできるかもしれない。
そうして、俺は神との交渉の末、暗黒魔道士としてこの世界に降り立ったのだった。
佐藤春太は死んだ。
俺は今一度、新しい人生を歩き出すのだ。
新しい人生の門出には、新しい名前が必要である。
しかし、悩む必要はない。
こんなこともあろうかと、俺は常日頃から真名を隠し持っていた。
ヴァルター・シャドウ――それこそが俺が名乗るべき新しい名だ。
*
町を少し歩く。
現代日本とは違う西洋ファンタジー的な町だ。
憧れのファンタジー世界に心が踊る。けれど、舞い上がってばかりではいられない。
まず必要なのは生計を立てる手段だ。
神が渡してくれたのは、鞄と最低限の食糧だ。金はない。神のクセにRPGの王様以下のケチな野郎だ。
ともあれ、すぐに手立てを講じる必要がある。
西洋ファンタジー風世界で、どうやって生計を立てるか。
決まっている。冒険者ギルドだ。
暗黒魔道士たる俺は冒険者として、華々しくデビュー。やがてはSSS級冒険者として、この世界で名を知られる存在となるのだ。
「ちょっとあんた、触らないでくれる!?」
「いいじゃねえかよ、姉ちゃん。ちょっと俺らと遊ばねえか」
と、その時、言い争う声が聞こえた。どうやら、神の恩寵でこの世界の言語も、認識できるようになっているらしい。
見れば、二人の少女にからむチンピラが二人。
やれやれ……。しょっぱなから型通りの展開に過ぎるな。
陳腐ではあるが、これ以上ないシチュエーションなのも確かだろう。暗黒魔法の標的としては不足だが、贅沢は言うまい。
本来、人助けなど暗黒魔道士の仕事ではない。
だが、この異世界に巣食うゴミ虫を駆除するのも悪くはなかろう。
まっ、ダークヒーローということで手を打ってやるか。
「さすが異世界だな。この町では豚が喋るのか」
最高にニヒルなセリフを放ちながら、俺は四人へと近づいた。
「なんだてめえは!」
俺に気づいたチンピラが、やはり陳腐なセリフで問うてくる。
「史上最強の暗黒魔道士――ヴァルター・シャドウだ」
俺が左手を振れば、漆黒のマントが颯爽と翻った。
「暗黒魔道士だと……!?」
「へっ、ビビんなよ。どうせはったりだ!」
小太りのチンピラが警戒する素振りを見せれば、ノッポのチンピラがそれを叱咤する。
「はったりだと思うか? ならば、刮目せよ!」
俺はダークオーラの魔法を発動させた。
ダークオーラ――全身から暗黒のオーラを発し、身体能力を飛躍的に上昇させる暗黒魔法だ。
体中から湧き上がる暗黒が、俺の体を包み込む。
対峙する相手には、俺が黒い炎に包まれたかのように見えているはずだ。
そして、俺の全身に力が湧き上がってくる。
「な、なんだ! 何をやりやがった!」
「や、やべえぞ! はったりじゃねえのかよ!?」
あまりの凄まじいオーラに、チンピラ共も恐怖しているようだ。
「見えるか……この闇のオーラが。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
俺は追い討ちをかけるように、決めゼリフを放った。
「ど、どういう意味だ!?」
「分からぬか? わが闇は深淵。すなわち、お前達は今、深淵のふちに立っているのだ」
「く……何言ってるかよく分からんが、やばそうだ」
「兄貴、やっぱり逃げたほうが!」
「い、いまさら逃げられるかよ! 男にはやらなきゃならねえ時があるんだ! やるしかねえんだよお!」
恐怖に駆られたノッポのチンピラが向かってきた。
愚かな……。わがダークオーラに生半可な攻撃が通じるとでも思っているのか?
だとしたら、随分となめられたも――
「ぐふおっ!?」
チンピラの拳が顔面に直撃し、俺の体が吹っ飛んだ。盛大に二メートルぐらい宙を舞った上で、後ろの壁に激突したのだ。
……あれ? 痛い。めっちゃ痛い。
ダークオーラの防御はどうなった。
ひょっとしてこれ、防御効果はそれほどでもないのか。
「あれ、普通に効いたぞ」
「さっすが兄貴!」
ノッポが自分の拳を見て不思議がる。子分らしき小太りのほうが喝采する。
「なんだ、大したことねえじゃねえか!」
「兄貴、やっちまおうぜ!」
勢いを取り戻したチンピラ二人が、倒れたままの俺の元へにじり寄ってくる。
殴られた衝撃で、既に闇のオーラは消え失せていた。
まずい、侮られている。
ここは暗黒っぽいセリフで持ち直すしかない。
俺はよろよろと起き上がり、それから口を開いた。
「ほう……。わが闇の衣を破る術を知っていようとはな。しかし、無駄なこと。さあ、わが腕の中でもがき苦しむがよい!」
完璧だ……! 今のセリフはかなり暗黒っぽかった。
どれぐらい暗黒っぽいかというと、弱点を突かれながらも余裕を見せる大魔王並に暗黒っぽい。
「ぎゃはは、何が闇の衣だ! 馬鹿じゃねえの! もう弱っちいのは分かってんだ! 今更、意気がっても遅えぜ!」
しかし、チンピラは調子に乗っていた。
一発入れたぐらいで増長するとは愚かな……。彼我の実力差も分からぬとはな……。
無論、ダークオーラが闇魔法の全てではない。
ゆえに俺は、ダークオーラを破られた程度で焦る必要はなかったのだ。
もう一つの魔法――その名はダークブリンガー。
闇の奔流で対象を飲み込む魔法だ。
名前を聞いただけで、震えが来るようなカッコいい魔法だ。強大で破壊力抜群の攻撃魔法に違いあるまい。
この程度の雑魚に使うのは、もったいないようにも思うが……。まあ、所詮は試し打ち。贅沢は言うまい。
「闇に飲まれよ――ダークブリンガー!」
向かってくる二人のチンピラに向かって、俺は大仰に手の平を広げて魔法を発動した。
闇の奔流が俺の手から吹き出される。一切の光を通さぬ漆黒の洪水が、チンピラ達の全身を飲み込んだ。
「――ふっ、他愛もない……」
きっと、連中は跡形も残らないに違いない。たかがチンピラ相手に大人気なかったかもしれんな。
「うわっ、なんだ!」
「前が見えねえ!」
ところが、闇に飲まれたはずのチンピラの声が聞こえた。
しばしの時間が経ち、闇が晴れればチンピラ達がこちらをにらみつけてくる。
「げほっ、げほっ……! びっくりさせやがって! そんな目つぶし効くかよ!」
「おい、挟み込むぞ!」
「了解だ、兄貴!」
チンピラ達が左右に別れて再び襲いかかってくる。
えっ、ちょっ!? ダメージとかないの!? 攻撃魔法じゃないのかよ!?
「だ、ダークブリンガー」
俺は再度のダークブリンガーを放った。小太りのチンピラが再び闇に飲まれて、動きを止める。
「くそっ、うぜえ!」
「喰らえっ、闇の左手!」
視界を失った男へと俺は左拳を叩き込んだ。不意を突かれたチンピラは、たまらず倒れ込んだ。
「てめえっ!」
だが、一人残ったノッポが突進してくる。
まずい。再度のダークブリンガーが間に合わない。このままではやられてしまう。
その時だった。
「ぐえっ!」
ノッポがこちらへ向かって吹き飛んできた。
俺が間一髪その体を避ければ、ノッポはそのままの勢いで後ろへと転がっていく。
一人の少女が男の背後から拳を喰らわせたのだ。
それも俺が助けようとした少女の片割れだ。茶色のショートカットで、体には武道着のようなものを着込んでいる。
もしかして、格闘の心得があったのだろうか。
「アカネちゃん、凄い! そんなに強かったんだ!」
もう一人の長髪の少女が称賛する。こちらはローブのようなものを着込んでいる。ただし、俺とは反対の白色だ。
「分かんない。あたしだって、驚いてるわよ」
しかし、アカネと呼ばれた少女は自分の拳を見て、怪訝そうな顔をする。
……ていうか、アカネ?
「――あんた、大丈夫?」
茶髪の少女がこちらに向かって歩み寄ってくる。
それに対して、俺は余裕の笑みを返した。
「ふっ、怪我はないか? この辺りは治安が悪い。今後は気をつけるのだな」
まあ、俺も今日来たばっかりなんだけど。
「怪我はないかって、こっちのセリフなんだけど――」
そう口にした少女は、突如目をいっぱいに開いて叫んだ。
「――わっ、もしかして佐藤!?」
「ほんとだ、佐藤君だ!」
長髪の少女がそれに続く。
「……赤江さん、水戸さん?」
俺は呆然とつぶやいた。
二人とも制服でなかったため、気づくのが遅れた。
生前のクラスメイトだった。