表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

見えるか……この闇のオーラが

 俺はとある町の前に立っていた。

 改めて自分の服装を見る。

 ゆったりとした漆黒のローブに、漆黒のマント。我ながら惚れ惚れする格好だ。

 これは俺が暗黒魔道士になった証だった。


 俺――佐藤春太は死んだ……はずだった。

 死因はともかく、気づいた時には神を名乗る老人の元にいたのだ。

 神は俺に、新しい世界で生きるために職業を選ぶように言った。

 いくつか掲示された候補の中で、真っ先に目についたのが暗黒魔道士だった。


「よりにもよって、暗黒魔道士を選ぶとはそなた正気か? 他にも戦士や神官、盗賊などのオーソドックスな職業もあるぞ。考え直してはどうだ?」


 神は渋ったが、俺は強行した。

 戦士(笑)、神官(笑)。名前からして時代遅れ。

 盗賊(笑)に至ってはもはや単なる犯罪者だ。いずれも暗黒魔道士の圧倒的な格好良さとは、比較にもならない。

 神が渋ったのは、暗黒魔道士がそれだけ恐ろしい職業だからだろう。なんせ、暗黒魔道士というほどだ。ひょっとしたら、宇宙の法則を乱すぐらいはできるかもしれない。


 そうして、俺は神との交渉の末、暗黒魔道士としてこの世界に降り立ったのだった。


 佐藤春太は死んだ。

 俺は今一度、新しい人生を歩き出すのだ。

 新しい人生の門出には、新しい名前が必要である。

 しかし、悩む必要はない。

 こんなこともあろうかと、俺は常日頃から真名(まな)を隠し持っていた。

 ヴァルター・シャドウ――それこそが俺が名乗るべき新しい名だ。


 *


 町を少し歩く。

 現代日本とは違う西洋ファンタジー的な町だ。

 憧れのファンタジー世界に心が踊る。けれど、舞い上がってばかりではいられない。


 まず必要なのは生計を立てる手段だ。

 神が渡してくれたのは、(かばん)と最低限の食糧だ。金はない。神のクセにRPGの王様以下のケチな野郎だ。

 ともあれ、すぐに手立てを講じる必要がある。


 西洋ファンタジー風世界で、どうやって生計を立てるか。

 決まっている。冒険者ギルドだ。

 暗黒魔道士たる俺は冒険者として、華々しくデビュー。やがてはSSS級冒険者として、この世界で名を知られる存在となるのだ。


「ちょっとあんた、触らないでくれる!?」

「いいじゃねえかよ、姉ちゃん。ちょっと俺らと遊ばねえか」


 と、その時、言い争う声が聞こえた。どうやら、神の恩寵(おんちょう)でこの世界の言語も、認識できるようになっているらしい。


 見れば、二人の少女にからむチンピラが二人。

 やれやれ……。しょっぱなから型通りの展開に過ぎるな。

 陳腐ではあるが、これ以上ないシチュエーションなのも確かだろう。暗黒魔法の標的としては不足だが、贅沢は言うまい。


 本来、人助けなど暗黒魔道士の仕事ではない。

 だが、この異世界に巣食うゴミ虫を駆除するのも悪くはなかろう。

 まっ、ダークヒーローということで手を打ってやるか。


「さすが異世界だな。この町では豚が喋るのか」


 最高にニヒルなセリフを放ちながら、俺は四人へと近づいた。


「なんだてめえは!」


 俺に気づいたチンピラが、やはり陳腐なセリフで問うてくる。


「史上最強の暗黒魔道士――ヴァルター・シャドウだ」


 俺が左手を振れば、漆黒のマントが颯爽(さっそう)(ひるがえ)った。


「暗黒魔道士だと……!?」

「へっ、ビビんなよ。どうせはったりだ!」


 小太りのチンピラが警戒する素振りを見せれば、ノッポのチンピラがそれを叱咤(しった)する。


「はったりだと思うか? ならば、刮目(かつもく)せよ!」


 俺はダークオーラの魔法を発動させた。

 ダークオーラ――全身から暗黒のオーラを発し、身体能力を飛躍的に上昇させる暗黒魔法だ。

 体中から湧き上がる暗黒が、俺の体を包み込む。

 対峙する相手には、俺が黒い炎に包まれたかのように見えているはずだ。

 そして、俺の全身に力が湧き上がってくる。


「な、なんだ! 何をやりやがった!」

「や、やべえぞ! はったりじゃねえのかよ!?」


 あまりの凄まじいオーラに、チンピラ共も恐怖しているようだ。


「見えるか……この闇のオーラが。深淵(しんえん)を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」


 俺は追い討ちをかけるように、決めゼリフを放った。


「ど、どういう意味だ!?」

「分からぬか? わが闇は深淵。すなわち、お前達は今、深淵のふちに立っているのだ」

「く……何言ってるかよく分からんが、やばそうだ」

「兄貴、やっぱり逃げたほうが!」

「い、いまさら逃げられるかよ! 男にはやらなきゃならねえ時があるんだ! やるしかねえんだよお!」


 恐怖に駆られたノッポのチンピラが向かってきた。

 愚かな……。わがダークオーラに生半可な攻撃が通じるとでも思っているのか?

 だとしたら、随分となめられたも――


「ぐふおっ!?」


 チンピラの拳が顔面に直撃し、俺の体が吹っ飛んだ。盛大に二メートルぐらい宙を舞った上で、後ろの壁に激突したのだ。


 ……あれ? 痛い。めっちゃ痛い。

 ダークオーラの防御はどうなった。

 ひょっとしてこれ、防御効果はそれほどでもないのか。


「あれ、普通に効いたぞ」

「さっすが兄貴!」


 ノッポが自分の拳を見て不思議がる。子分らしき小太りのほうが喝采する。


「なんだ、大したことねえじゃねえか!」

「兄貴、やっちまおうぜ!」


 勢いを取り戻したチンピラ二人が、倒れたままの俺の元へにじり寄ってくる。

 殴られた衝撃で、既に闇のオーラは消え失せていた。


 まずい、(あなど)られている。

 ここは暗黒っぽいセリフで持ち直すしかない。


 俺はよろよろと起き上がり、それから口を開いた。


「ほう……。わが闇の衣を破る(すべ)を知っていようとはな。しかし、無駄なこと。さあ、わが腕の中でもがき苦しむがよい!」


 完璧だ……! 今のセリフはかなり暗黒っぽかった。

 どれぐらい暗黒っぽいかというと、弱点を突かれながらも余裕を見せる大魔王並に暗黒っぽい。


「ぎゃはは、何が闇の衣だ! 馬鹿じゃねえの! もう弱っちいのは分かってんだ! 今更、意気がっても遅えぜ!」


 しかし、チンピラは調子に乗っていた。

 一発入れたぐらいで増長するとは愚かな……。彼我(ひが)の実力差も分からぬとはな……。

 無論、ダークオーラが闇魔法の全てではない。

 ゆえに俺は、ダークオーラを破られた程度で焦る必要はなかったのだ。


 もう一つの魔法――その名はダークブリンガー。

 闇の奔流(ほんりゅう)で対象を飲み込む魔法だ。

 名前を聞いただけで、震えが来るようなカッコいい魔法だ。強大で破壊力抜群の攻撃魔法に違いあるまい。


 この程度の雑魚に使うのは、もったいないようにも思うが……。まあ、所詮は試し打ち。贅沢は言うまい。


「闇に飲まれよ――ダークブリンガー!」


 向かってくる二人のチンピラに向かって、俺は大仰に手の平を広げて魔法を発動した。

 闇の奔流が俺の手から吹き出される。一切の光を通さぬ漆黒の洪水が、チンピラ達の全身を飲み込んだ。


「――ふっ、他愛もない……」


 きっと、連中は跡形も残らないに違いない。たかがチンピラ相手に大人気(おとなげ)なかったかもしれんな。


「うわっ、なんだ!」

「前が見えねえ!」


 ところが、闇に飲まれたはずのチンピラの声が聞こえた。

 しばしの時間が経ち、闇が晴れればチンピラ達がこちらをにらみつけてくる。


「げほっ、げほっ……! びっくりさせやがって! そんな目つぶし効くかよ!」

「おい、挟み込むぞ!」

「了解だ、兄貴!」


 チンピラ達が左右に別れて再び襲いかかってくる。

 えっ、ちょっ!? ダメージとかないの!? 攻撃魔法じゃないのかよ!?


「だ、ダークブリンガー」


 俺は再度のダークブリンガーを放った。小太りのチンピラが再び闇に飲まれて、動きを止める。


「くそっ、うぜえ!」

「喰らえっ、闇の左手!」


 視界を失った男へと俺は左拳を叩き込んだ。不意を突かれたチンピラは、たまらず倒れ込んだ。


「てめえっ!」


 だが、一人残ったノッポが突進してくる。

 まずい。再度のダークブリンガーが間に合わない。このままではやられてしまう。


 その時だった。


「ぐえっ!」


 ノッポがこちらへ向かって吹き飛んできた。

 俺が間一髪その体を避ければ、ノッポはそのままの勢いで後ろへと転がっていく。


 一人の少女が男の背後から拳を喰らわせたのだ。

 それも俺が助けようとした少女の片割れだ。茶色のショートカットで、体には武道着のようなものを着込んでいる。

 もしかして、格闘の心得があったのだろうか。


「アカネちゃん、凄い! そんなに強かったんだ!」


 もう一人の長髪の少女が称賛する。こちらはローブのようなものを着込んでいる。ただし、俺とは反対の白色だ。


「分かんない。あたしだって、驚いてるわよ」


 しかし、アカネと呼ばれた少女は自分の拳を見て、怪訝(けげん)そうな顔をする。

 ……ていうか、アカネ?


「――あんた、大丈夫?」


 茶髪の少女がこちらに向かって歩み寄ってくる。

 それに対して、俺は余裕の笑みを返した。


「ふっ、怪我はないか? この辺りは治安が悪い。今後は気をつけるのだな」


 まあ、俺も今日来たばっかりなんだけど。


「怪我はないかって、こっちのセリフなんだけど――」


 そう口にした少女は、突如目をいっぱいに開いて叫んだ。


「――わっ、もしかして佐藤!?」

「ほんとだ、佐藤君だ!」


 長髪の少女がそれに続く。


「……赤江さん、水戸さん?」


 俺は呆然とつぶやいた。

 二人とも制服でなかったため、気づくのが遅れた。

 生前のクラスメイトだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ