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№0003

 


「ねえ、この子………よく見ていて」

「どれ?」


 少女に言われて少年は、この虫をまじまじと見つめた。

 すると、虫の全身が大きく痙攣した。


「へっ」

 少年はその唐突な動きにギョッとして、背筋を反らした。


 しかし彼女は虫を撫でる指先の動きを止めようとはしない。それどころか、より激しく、より強く、虫を撫でまわしている。

「あっ」


 少年は、声を上げた。


 それは虫が中腹から伸ばしている突起物からいきなり、乳白色のジェル状の液体が飛び出したからだった。


 その液体は少女の手に飛散してから、人差し指を流れ、地面にポトリと落ちた。少年の思考が停止した。


 その停止したままの頭で思いつくのは、男ならだれでも気が付くアの反応だ。



「ああ、これって大丈夫なの?」

「大丈夫。これはいつもの反応よ」

「いつもの反応……それって、まさか」

「射精だよ。男の子なら、分かるでしょ」



 その言葉を聞いて少年の脈拍はいきなり上昇した。顔に血液が登って足は自然と震えた。口の中は乾いて、上手く言葉がしゃべれなくなった。


「あっ……えっと…それって………」

 彼は言葉を失ったのだ。

「びっくりした?」


 少女の無垢な、とても純粋な瞳がこちらを覗き込んでいる。そのあまりにも深い瞳の奥に吸い込まれそうになって、少しだけ恐怖を感じた。


「気持ちがいいんだって」

「なんで、それが分かるの?」

「この子たちが教えてくれるの。嬉しいって……」


 そんな事を言いつつ、彼女はまたしても虫を触り続けている。


「私ね。この子を作り出した日から、毎晩これを続けているの」

「これって?」

「この子を指で可愛がってあげる事よ」


 少年は固唾をのみ込んだ。少女の妖しく輝く瞳を見て、目の前が大きく回転し始めた。


 少年の胸の鼓動がさらに強くなっていく。ときめいたのではない。この艶めかしい少女の感性に、異常な恐怖を感じたからである。


「毎日?」

 彼は聞き返した。


「ええ。これからも毎日、毎晩、ずうっと、ずうっとこうやって可愛がってあげるの」


 少年は、目の前の女の子に、どう言葉を投げかければ良いのか分からなかった。彼は自分の顔が引きつっていく事に気が付いた。


 そうして「可哀そうだとは、思わないの?」と聞いてしまった。

「可哀そう? どうして? 気持ちいいんだよ。とっても」

「……はは。あははは」


 というような、どこから出ているか分からない笑い声が、少年の内から発せられた。


「可笑しい? そんなにおかしいの?」


 少女に聞かれて、まるで自分が咎められているかのような感覚に陥った。


「いや。ただ、ただ凄いなあって思って」

「そう。なら良かった」

 彼女は、少し安心したような表情になって、それからまた少年の目を見つめながら尋ねる。



「じゃあ、アナタも、この子みたいにしてあげる」


 彼女の声のトーンが一瞬変わった。

 その一言を聞いて、少年はハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。


 その衝撃が、数秒後も糸を引いて彼は失神しそうになった。でも、目の前の可憐な少女のたった一言が原因で意識を失うなんていう馬鹿げた事はなかった。


 だから鮮明に、華奢な少女の危険な言葉も、眼差しも、彼の意識の内へ入り込んでくるのだ。


「うふふ。冗談だよ」

「えっ。そうなんだ。なら良かった」

 なんだ、冗談か。と彼は思った。


 この狂乱の声は、少年の脳裏を何度も刺激してくる。その刺激は彼にとって非常に心地の良い物だった。


 目の前の女神から放たれて自分の心を打ち抜いてくるような恐怖。それらはいつしか快楽と変わっていたのだ。


 今まで異常な事態を見てきた少年は、彼女の冗談を可愛いらしく思っていたのだ。


「そうだ。こっちの子にも同じことをしてあけよう」


 流れ作業のような手つきで、別の個体を取り出した。

「この子はロゴスという名前なの」


 先ほどの虫と同じ虫。同じ邪悪な光沢を放つ、あまりにも凄惨な表情の虫。二匹目も一匹目を見た時と同じような気持ち悪さがあった。



 少女は先ほどと全く同じ手つきで、虫の突起物をさすった。この清らかな指先は、幾度となく虫を触っても穢れる事はなかった。

 虫の反応は凄かった。


 全身に張り巡らされた血管を思わすような細い管は、以前の個体よりも激しく脈打って、虫の精液は虫かごの下に敷き詰められたバーミキュライトにポトリと落ちた。



 その光景を見て彼は、逃げ出したいくら強い衝撃に襲われた。彼が感じた衝撃は、喜びでも快楽でも陶酔でも、まして美しさや性的な興奮ですらもない。


 だだ、それらを超越した、壮絶なナニカが彼の心をかき乱して、錯乱状態にさせて、この場から逃げ出さないと命は無いような感覚させたのだ。その感覚もつかの間だった。


 彼女は虫かごの中へ今まで触っていた虫をぽとりと落とすと、その下に敷かれていたバーミキュライトを無造作に救い上げた。


 この白い手の中で、金色の光沢と精液のべたつきが、密に絡まっていく。


 グロと凄惨の残骸を大切に拾い上げた少女は、それを口元に持っていったのだ。少年はまさか、彼女がこれを食べるのではないかと感じて問いかけた。



「……何をするの?」


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