冒険者のシリス5
プロンと名乗った白銀の騎士もとい、白銀の少女。
彼女の言う頼みとは、私に同行させて欲しいという内容だった。
より詳しく理由を聞いてみると、プロンも子供たちが行方不明となった話をギルドで耳にしてから、私たちより先に捜索へ向かったそうだ。
死霊対策としては白銀の甲冑が効果的のようで危険はないと判断したみたいだけど、しかし慣れない森と山道に苦労していた。
そこで土地勘がある私たちと遭遇し、頼ったというわけだ。
要するに迷子である。
下手をしたら彼女まで遭難していただろう。自信があったとはいえ、山を舐めては危険だ。今後は気をつけて貰いたい。
とはいえ、この申し出は私にとっても非常にありがたかった。
なぜならプロンが死霊を容易に払えるのは、二度も目にした通りだからだ。
例え囲まれても打開できるだろうし、断る理由が見当たらない。
そうして私が道案内、プロンが露払いの役割分担をすることで合意する。
上級冒険者の面々もプロンの実力を目撃していたので、外見だけは少女二人だったので心配していたけど最後は納得して見送ってくれた。
実のところ、もしプロンがいなければ私も捜索を断念していただろう。
というのも私ひとりではジンを抱えて歩くのに精一杯で、死霊に襲われたら対処できないからだ。
そこへ現れた彼女は、迷子の救世主なのだった。
私とプロンは周りに注意を払いながら川岸を歩いて下る。
ケインの記憶違いでなければ、ジンは下流の湖方面へ向かった。
だけど途中で身動きが取れなくなっている可能性も考えると、その道中を無視して行くわけにはいかないだろう。
効率は悪いけど、少しずつジンの足取りを追う形で進むしかない。
「あ、ここ滑るから注意してね」
「ご忠告、感謝します」
似たようなやり取りを何度か交わすが、どうも事務的な対応ばかり目立つ。
もうちょっと打ち解けてくれてもいいと思うんだけどな……。
ここは私から色々と話題を振ってみよう。
「プロンって、やっぱり教会関係者だったりするの?」
「……なぜ、そう思ったのでしょう?」
「なんでって、死霊に対抗できるのなんて教会が真っ先に思い付くし、その甲冑も聖騎士っぽいからかな」
「そうですか」
あまり触れられたくない話だったのだろうか。
心配していると、今度はプロンから口を開いてくれた。
「教会の関係者という意味では正しいですが、聖騎士ではありません」
「まあ、甲冑がそれっぽいってだけで、プロンが騎士だとは思ってないよ」
身長も私と変わらないか、高いくらいだし。同い年かな。
「そういえばプロンっていくつ? 私は十四歳だけど」
「十三になります」
「え……あ、そうなんだ」
年下だった。
ということはメルと同い年だけど、それで私より身長高い?
すでにメルには僅差で負けているのに、プロンにまで負けたら私はいったい。
だ、大丈夫。これからまだ大きくなるはず……きっと!
思わぬところで地味にダメージを受けてしまう私だった。
しばらく川岸を歩いていると段々と幅が狭くなり、道が途絶えてしまった。
厳密には岩や木々が遮っているだけなので頑張れば通れなくはないけど、飛び移ったり張り付いたりと険しい道程で、ジンがここを通るとは思えなかった。
迂回するのが自然と考え、よく探してみると獣道を発見する。
ここを進んだ保証はなかったけど可能性としては高い。
プロンにも意見を聞いてみたら『任せます』と返るだけだった。
任せると言えば聞こえはいいけど、要するに丸投げじゃないか。
まあ、道案内は私の役割だから文句はないけどさ。
あまり自信はないので、全面的に信用されるのも困ってしまうんだよね。
とはいえ他に道もないし、このまま進むことにしよう。
一方、プロンは自分の役割をきっちり果たしていた。
かなり見通しが悪いので先導する私が警戒するも、彼女は死霊がどこにいるのか知っているかのように前へ出る。
そして少し大きい幅広のブロードソードを、まるで重さを感じていないのか軽々と片手で振るうと、茂みに潜んでいた死霊にぶっ刺していた。
その際、剣の刀身が発光していたのを見逃さない。
あれは間違いなく魔法の剣だと思う。
魔法の剣、などと呼んでも色々あるので一概に言えないけど、総じて使用者の魔力を糧として、秘められた奇跡を行使するものだ。
一般的に『魔法』とされているものとは違うらしいけど、その辺は私も詳しくないし、別にどうでもいい。
重要なのはプロンの魔力が尽きれば、剣の効果は失われるという点だ。
「プロン、その剣は魔法の剣だと思うけど魔力の残りは大丈夫なの?」
「この程度であれば心配いりません。ですが、もし広範囲の浄化魔法を期待されているのでしたら申し訳ありません。あれは一日に二度も使えないのです」
広範囲の浄化とは、恐らく銀光の槍を降らせる魔法だろう。
素人目に見ても、あれが凄まじい魔力を消費すると理解できるくらいだ。
そんな切り札を使ってくれたなんて……素っ気ないように見えるけど、とても優しい子なんだとわかった。
というか私は、昨日もそれで助けられていたんだよね。
うん、無事に戻ったら諸々をまとめてお礼をしないと。
「それに私の魔力が尽きても――」
「シッ……ごめん、でもあれ見て」
続けてなにか言いかけたプロンを止めたのは、道が開けた場所に出たからだ。
現れたのは広大な湖と……死霊の大群。
予想していた通り、この大きな水場に集まっていたようだ。
幸いまだ気付かれていないけど、さすがにこれだけの数が相手ではプロンがいても苦労しそうである。
「シリスさん。どうしますか?」
「うーん……」
この湖は山間部にあるため、上から眺めれば一望できた。
だから存在は広く知られていたけど、実際に行こうとすれば切り立った崖や滝に阻まれてしまい、かなり面倒な地形となる。
私たちが偶然にも見つけたようなルートを知らない限り、わざわざ近寄ろうとする者はいない程度に秘境なのだ。
そのため、この辺りの情報が一切なかった。
私の経験と知識も役に立たないという意味だ。
かといって引き返しても仕方ないし……そもそもジンがここまで来たのだとしたら、どこへ行ったんだ?
悩んでいたらプロンに肩をつつかれた。
「あれはどうでしょうか」
指差された方向を見れば……。
「まさか、城?」
湖の岸辺、そそり立つ崖の陰に隠れるようにして寂れた古城が建っていた。
崩れた外壁や屋根が遠目にもわかるほど朽ちており、恐らく放棄されてから百年以上は経過しているのだろう。
規模としては小さめだけど、こんなところに城を用意しても周辺国では労力に見合わない。とすれば、かつてはこの辺りに小国があったのかもしれない。
これまで発見されなかったのは、上からだとちょうど死角になる位置を計算されているからか。
「疲れたジンがあれを見つけたとすれば、誰か住んでいると考えたか……でも、これじゃ近付くのは難しいかな」
「方法はあります」
「え?」
不意にプロンが私の腕を取ると密着し、盾を前面に構える。
すると透明な布のような物を頭から被せられた気がした。
「これは?」
「一定時間ですが死霊に気付かれなくなります。私から離れたり、大きな音を出しても効果が失われるので注意してください」
なんと、これも魔法の盾だったのか。
この分だと甲冑にも不思議な力がありそうだ。
できたら先に教えておいてほしかったけど、まだ心を許していないのだろう。
特に魔法の道具は希少価値も高くて狙われやすいから、そう気楽に教えられるものでもないからね。
まあ、いずれということで。
ようやく城の前に辿り着いた頃、山の向こうで陽が沈みかけていた。
走れば音が出るし、死霊に触れてもダメというので、余計に時間がかかってしまったのだ。
開け放たれたままの城門をくぐると、隅まで行って私は腰を下ろした。
「はぁ……さすがに、疲れた……」
「大丈夫ですか?」
昼前から歩き通しだったし、なにより昼食を抜いていた。
飲み水は川でいくらでも調達できたけど、食べ物を探している余裕なんてなかったのだ。
今は緊張感で紛れているから耐えられるけど、いざという時に空腹で力が出ないなんて笑い話にもならない。
そこで、私は非常用として常備している焼き固めたパンを取り出した。
「うん……お腹が空いてても変わらないね」
味と食感はともかく、空腹の足しにはなる。
できればあまり食べたくはない、本当に非常用だった。
あと口の中がパッサパサになるので水分は必須である。
携帯用の水袋を手にして、ふとプロンの視線に気付いた。
「あ、よかったらどう?」
うっかり自分だけ食べていたけど、彼女だってお腹が空いているはずだ。
重装備にも関わらず涼しい顔をしているので気付くのが遅れた。
「いえ、私は結構です」
「遠慮しなくてもいいって。まだ三枚あるし。それに死霊もなぜか城に近寄らないみたいだから、今のうちに休んでおかないと」
半分ずつにすれば、ひとり二枚まで食べられる。
急場しのぎにしては十分だ。
「でしたら、ひとつだけ……」
そう言って本当にひとつだけ摘むと、私の正面に正座して両手で齧り始めた。
森で見かける小動物を思い出す。
「……お、おいしい、デス」
「いや、そんな小刻みに震えてまでお世辞を言わなくてもいいよ」
「口のなかふぁ、乾燥して、飲み込めまふぇん」
「水は持ってないの?」
こくりと頷いたので私が自分の水袋を差し出すと、勢いよく飲み始めた。
「……ぷぁ、ありがとうございます。あと、すみません。水がなくなりました」
「いいよ、後でまた汲んでおくから」
私は思わず顔を綻ばせてしまう。
口調は礼儀正しく、性格も大人びているし、死霊相手でも恐れず頼りになるからわかりにくいけど、プロンにも年相応の一面があるようだ。
まるで孤児院の仲間が……新しい妹ができたような気分だった。
本人に言ったら、失礼だと怒るかもしれないけどね。
「そういえば遅くなったけど、昨日はありがとう」
「昨日ですか?」
「さっきみたいに森で死霊に囲まれてたのを助けてくれたでしょ」
「あれはシリスさんだったのですか」
気付いてなかったのか。
まあ茂みの奥にいたし、私も白銀の甲冑が辛うじて確認できたくらいだから仕方ないのかな。
「あれ、でもなんでプロンは森にいたの?」
今日のことだったらジンたちの捜索に参加したというのはわかる。
だけど、昨日は死霊が出た情報すら街に伝わっていない時点で、すでに彼女は森に入っていたことになる。
「あ、冒険者ギルドにいたんだから依頼に決まってるか。ごめんね、変な話して」
「いえ……その」
なにかを言い淀むプロンに、私は黙って先を促す。
だけど続きを聞く前に、私の耳へ微かに届いたのは子供の泣き声だった。
「今の聞こえた?」
「はい」
聞き間違いではなさそうだ。
短くやり取りを終えて、すぐに立ち上がる。
僅かな間の休息だったけど、体はずいぶんと軽くなっていた。
薄暗い城内は見事な装飾で彩られており、かつては栄華を誇っていたのだろう。
今は埃や塵に塗れて、見る影もなかった。
そんな汚れた床に、くっきりと小さな足跡が点々と続いている。
奥へ進むほど暗くなるかと思いきや、どこかの天井が崩落しているのか、むしろ明るくなっている。好都合だけど急に瓦礫が降って来ないか心配だ。
夕暮れの光が差し込む、半びらきの扉にゆっくりと手をかける。
錆び付いた鉄扉を押し開けば、そこは大広間だとわかった。
やはり風化したのか、空が丸見えの吹き抜け状態になっている。
「シリスさん、あれを」
「うん、わかってる」
部屋の中央に子供が倒れていた。
顔が見えないけど記憶にある髪や体格、服装から間違いなくジンだろう。
その更に奥、ジンを見下ろす人影があった。
いや、正確には人の形をしたなにかだ。
「あれは死霊騎士です」
初めて耳にする言葉に私は聞き返した。
「騎士の強靭な精神と遺志が死霊へと変じたものです。あのように生前の鎧を纏っているのが特徴的ですね。強さも生前と同じか、それ以上だと聞きます」
「つまり、普通の死霊じゃないってことか」
その名の通り、色褪せた灰色の甲冑を白い影が纏っているようだ。
手にはあちこち錆びているものの刃の鋭さは失われていないロングソードと、半身を覆い隠すほど大きな鋼鉄製の盾。
全体的に無骨なデザインからも、古い時代の騎士なのだと推察できた。
なんであれ、邪魔をするのなら排除するまでだ。
「ちなみに勝てそう?」
「問題ありません。ただ……いいえ、やはり後にします」
ただでさえ強敵の死霊が武装し、騎士の剣技を身に着けているのだから並大抵の強さではないはずだけど、彼女にとっては脅威に当たらないようだ。
プロンが抜剣して前へ出たので任せ、私は横へと回り込む。
いざとなれば助太刀に入るけど別に倒す必要はなかった。
隙を突いてジンを救出できたら、あとは逃げればいいだけだからね。
この城がなにかは気になるけど調査は別の誰かに任せよう。
ゆっくりとプロンが歩み寄ると、死霊騎士は腕を上げて剣を正面に立てる。
次の瞬間、死霊騎士の剣は銀色の光に弾かれた。
さらに光は兜まで貫くと、首を失くした騎士はガシャリと崩れ落ちる。
遅れてひしゃげた兜が空虚な音を響かせた。
「え、今のは?」
「限定的な浄化魔法です」
見ればプロンは左膝を曲げて腰を落とし、両手で握った剣の切っ先を死霊騎士に向け、腕を限界まで伸ばした態勢で止まっていた。
あの剣から、例の銀光の槍を放ったということだろうか。
で、ほんの一撃で倒してしまったと。
まあ……死霊に対して有効な攻撃ができるのだから当然なんだろうけど、もうちょっと激しく剣戟を響かせる戦いを予想していた。
もちろん楽勝なのは、いいことなんだけどね。
「おっと、それどころじゃない」
あまりにあっさり終わったので呆けてしまったが、ここへ来た目的はジンの捜索である。あんな騎士なんてどうでもいい。
急いで倒れたままのジンに駆け寄ろうとするが。
「待ってください」
なぜかプロンが立ち塞がった。
彼女の剣は未だに散乱した死霊騎士の鎧へ向けられ……いや、まさか。
「どうしてジンに剣を向けているの?」
「安全が確認されていないからです」
とても嫌な予感がした。
それを肯定するかのように、プロンは続ける。
「あの死霊騎士は、なぜ生きた人間を前にして黙って見ていたのか。その答えを私はひとつしか知りません」
「それって、つまり……」
「恐らく、すでに死霊に取り憑かれています」
死霊に憑かれた人間は、屍人となる。
そんな噂話が脳裏を掠めた。
「まさか屍人になるってこと?」
「私も見たことはありませんが事実のようです。そして対処法はひとつ……」
言い終わる前に剣を振り上げると、まっすぐジンの首元を目掛け――。
「なにをするんですか?」
「それは、こっちのセリフだよ!」
私は間一髪、二本の剣で受け止めていた。
死霊に対してあれだけ強かったプロンだけど、剣から伝わる衝撃は思いのほか弱く、少し力を込めればあっけなく押し返せてしまう。
「うっ……」
勢い余って後ろに転び、尻餅を突くプロンに今度は私が剣を突きつける。
こんな状況でも表情は変わらず、プラチナの瞳はしっかりと私を捉えていた。
「やめてくださいシリスさん」
「それも、私が言いたいんだけど……」
「もうすぐ夜になります。死霊がもっとも力を発揮する時間です。このままだと屍人になるだけでなく、彼自身も死霊になってしまいます。その前に命を断つしかありません」
淡々と語るプロンは、まるで命を奪うのになんとも思っていないかのようだ。
そんなはずがないのに。
「まだ生きているんだ……なにか方法はないの?」
「私は知りません。シリスさんは知っていますか?」
どちらも知らない。
だからって、こんな結果は認められない。認めたくなかった。
『邪魔ヲ……スルナ……』
突如として何者かの声が聞こえた。
いったいどこからと見回すも、周囲には誰もいない。
「シリスさん、あちらです」
言われて気付いた。
それはジンが発していた言葉なのだと。
依然として横になったまま、顔だけをこちらへ向けている。
虚ろな表情からは、まるで生気を感じられない。
『我ラ……再ビ……我ラ……再ビ……』
前に聞いたジンの声とは、似ても似つかない掠れた声に寒気が走る。
「なんだ、いったいなにが言いたいんだ!」
「ダメですシリスさん、死霊に話しかけては」
『新タナ……肉体ヲ……オ守リ……果タス……』
要領を得ない言葉に苛立つけど、ひとつ確実なのはジンの肉体で蘇ろうとしているってことだ。
とっくに終わった過去の者だっていうのに傍迷惑なやつらめ。
だけど、それなら方法を思い付いた。
かなり運に任せるけど他に考えも浮かばないし、時間もなさそうだ。
「死霊の力が強まっています。もう陽が落ちますよ」
「プロン」
手を差し出して立たせると、私は今のうちに謝っておく。
「乱暴にしてごめんね。ケガはしてない?」
「私は大丈夫です。それより早く……」
「ねえプロン、もしもの時はよろしく。頼んだよ」
「え、シリスさん?」
初めて戸惑っている顔を見た気がして、思わず笑みを浮かべながら離れると、私は手にしていた二振りの剣を手放した。
「よく聞け死霊! お前に私の体をくれてやる! そっちの子よりもずっと強くて頑丈な肉体だ! 欲しければチャンスは今しかないぞ! わかったらその子は諦めて、さっさと出て来い!」
言い切った途端にジンの体から白い影が飛び出し、プロンがなにかを叫んで手を伸ばしている光景を最後に……私の意識は途切れた。